第228話

 道中は平和そのものであった。


 中型ミュータントは現れず、小型ミュータントは武装した集団を見るとそそくさと逃げていく。


 ミュータントの大群を一網打尽にし、生産施設も破壊された効果が確実に現れているようだ。


 それ自体は悪くない。ミュータントを絶滅させるために戦ってきたのだから喜ぶべきことだろう。しかしそれはハンターの時代が終わったことを意味し、自分たちがもう世界から必要とされない存在となった、少なくとも価値が下がったのだということがたまらなく寂しかった。


 敵がいない、同業者も見当たらない景色はなんと荒涼こうりょうとしたものだろうか。


 ディアスは代わり映えのしないレーダーを操作しながらぼんやりと考えていた。


 これから先、ハンター協会と兵器工場の扱いが悪くなるだろう。事実として中央議会内でマルコは窓際へ追いやられている。


 また、大雑把に言ってしまえばハンターとは貧乏人が手っ取り早く稼ぐ手段でもあった。ハンターとなってかてを得るという道が閉ざされた後、貧民街に住む人々の生活はどうなってしまうのか。


 いつか彼らは思うかもしれない、ミュータントがいた時代の方が良かったと。


 人が人を支配し、人と人とが争う時代がやってくる。


 外敵は残すべきなのか、ドクを殺すべきではないのだろうか?


 そんな考えが浮かんできたが、ディアスはこれをすぐに否定した。


 あの会戦で人類が勝利できたのはあくまで奇跡に奇跡を上乗せした結果だ。人類が団結するために外敵を残して、結果として滅ぼされたのでは本末転倒である。


 また、ミュータントによって傷つけられ、死んでいった者たちを想えばミュータント必要論など絶対に認められるものではない。


 カーディルの位置からはディアスの後頭部しか見えない。だが彼が悩んでいることくらいわからぬはずがなかった。放っておけば何でもかんでもひとりで抱え込んでしまう、そういう男だ。


「また何か考えごと?」


「え? ああ、俺たちがドクを倒した後、街はどうなるのかな、って」


「なるようにしかならないんじゃないの」


「それはそうだが……」


 呆然とするディアスに、カーディルはさらに続けた。


「別に適当とか投げやりとか自暴自棄で言っているわけじゃないのよ。私たちは出来る限りのことをやってきた。後はもう、人類が世界をより良い方向へ導いてくれると信じる他はないじゃない」


「信じる、か。そうだな」


 思えば他人を信じるということをあまりしてこなかった。どうも物事を悪い方へ悪い方へと考えてしまう癖があるという自覚がある。常にそばに居て、支え導いてくれる存在のなんとありがたいことか。


「……ありがとう、カーディル」


「何よ突然?」


「さて、なんとなく言いたくなったのさ」


「よくわからないけど、素直に受け取っておくわ」


 少しだけ空気が和み、肩の力が抜けた。


 ちょっとしたリラックスが出来るかどうか。生死の境目とはそんなところにあるのかもしれない。


 そうこうしているうちに遺跡が見えてきた。数百年もの間、風雨に曝されなおも直立し続ける文明の残骸。


 鈍足の機動要塞を使わなかったことが功を奏したか、500キロメートルの道のりを一泊するだけで走破することが出来た。


 このまま何事もなく遺跡の探索に入れるのではないか、誰もがそんな淡い期待を抱きかけたとき、ディアスが通信機に向かって叫んだ。


「前方、大型金属反応!」


 言い終わるか終わらないかといったタイミングで真っ直ぐに砲弾が飛来する。23号を正面から貫くコースであったが、これをカーディルは咄嗟とっさにかわした。びりびりと振動が伝わるほどの紙一重の回避であった。


「よく避けたものだ。いやぁ、偉いえらい。もっとも、今のは挨拶代わりのようなものだが」


 通信機から漏れ出す不快な声。他人を見下していることを隠そうともしない、傲慢極まりない男のものだ。


 忘れるはずもない、ドクだ。ディアスたちはこの男を殺すために来たのだ。


「挨拶くらいまともにしなさいよ。それともアンタの田舎じゃ、こんにちはって言いながら戦車砲をぶっ放すのがトレンドなわけ?」


 カーディルが言い返すが、ドクは不気味な含み笑いをするのみであった。


 光学カメラに映し出される巨大戦車。プラエドの街で生産している戦車よりもどこか近未来的と言うべきか、シャープなシルエットであった。


(嫌な戦車だ……)


 と、ディアスは眉をひそめた。


 戦車とは大なり小なりどれも人殺しの道具であり、良いも悪いもない。それを差し引いてなお、あの戦車は他者を威圧し蹂躙するために存在するのだとしか思えなかった。


「マルコ博士は後退を! アイザック、ノーマン、援護を頼む!」


 返事も聞かずに23号は唸りをあげて突撃していった。




「ディアスちゃんてば、張り切っちゃってまぁ……」


 アイザックが呆れて呟いた。指図されることが不快なわけではない。この面子で強敵が現れればディアスたちが中心となって戦うのは当然の流れだ。大将がやる気を出してくれたのであればむしろありがたい。


 ディアスがここまで闘志を剥き出しにするということが珍しく思えたのだ。


 彼の本質はどちらかと言えば受け身。ミュータントが目の前に現れたから倒す、討伐依頼が入ったから倒しに行く、そうしたものではなかったか。後続に影を踏ませぬほどの輝かしい実績に対してどこか頼りなさが漂うのは、やる気があるのかないのかよくわからない普段の態度にあった。


「そうだ忘れてた。あいつトップハンターだった」


 アイザックは笑いながら使い捨ての対戦車ロケットを肩に乗せた。これがあと三個、バイクにくくりつけられている。


(23号が正面から行くなら、俺は側面に回り込もう。ぶんぶんとうるさく飛び回ってやるさ)


 アクセルを吹かし突き進む。


 ちなみにアイザックは知らぬことではあるが、ディアスが殺意と怒りを表に出して戦うことはこれが初めてではない。過去に一度、かつての仲間が大型ミュータントとなって暴れていたときもそうであった。


 その男がどのような末路をたどったかを知れば、アイザックは戦慄するのか笑うのか。恐らくは両方であろう。

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