第225話
(まるで戦車の墓場だな……)
格納庫を訪れたノーマンが最初に抱いた感想がそれであった。
人が居ないわけではない。物音がしないわけでもない。ただ、以前に比べてあまりにも活気が無かった。
停められている戦車は少なく、整備士も以前に比べ半分近く減ってしまった。戦場で散った者と、その後で辞めてしまった者がいる。
足が自然と契約していた駐車場へと向かっていた。ここに愛車を停めて、仲間や整備士たちと馬鹿話をして、ミュータント狩りに出発していた。今はもう何もない。鉄板の上に白線が引かれただけの空間だ。
ノーマンはその場に座り込んだ。何故そうしたのか自分でもよくわからない。そのまま立ち上がることが出来なかった。立ち上がる理由が見つからなかった。
父、ロベルトが死んだ。暗殺者を巻き込んで爆死したと聞いたときは、
(あの人らしいなぁ……)
と、不謹慎かもしれないがどこか嬉しくも感じたものだ。死に至る最期の瞬間まで父は己を貫き通した。善人とか立派な人だとは口が裂けても言えないが、その破天荒なところに爽やかさのようなものを感じていた。いずれにせよ自分の死を
ミュータントの大群を退けることが出来たが、友と家族を失った。ついでに戦車も壊れて棄てた。これから平和が訪れるのは結構なことだが、ノーマンの心にはポッカリと穴が空いたままだ。
どれだけの時間座ったままでいただろうか。突如として派手な音を立ててシャッターが開き戦車が入ってきた。
茶色の
胸のうちに広がる微かな不快感。
(そこは俺たちが使っていた場所なんだよ! もう忘れられたのか? 用済みか!?赤の他人が取って変わるの早すぎだろ! 他にスペースはいくらでもあるんだから別の所に行け、別の!)
その怒りが理不尽なものであるという自覚があるだけに言葉には出来なかった。何を吠えたところで戦車が無いという事実の前にはどうしようもない。
整備士が数名、小走りで戦車に寄ってきた。この場に無関係なのは自分の方だという疎外感が強くなる。
せめて中にいる奴のツラを拝んでやろうと数歩離れた所から睨み付けていた。そしてハッチが開いたとき、ノーマンは目を見開き
出てきたのは金髪の美しい女性だった。薄暗い格納庫で瞳がきらきらと光っている。小鳥が枝に止まるように、ふわりと床に降り立った。
(可憐だ……ッ!)
間抜けヅラで棒立ちになる男に気づいたか、女は軽く手を振って見せた。
「ノーマンさん、ですよね? お久しぶりです」
ノーマンは反応に困った。久しぶりとはどういうことだろう。自慢ではないが美人は一目見れば忘れないはずだ。
ああ、うん、と曖昧な言葉を口にしながら時間を稼いで記憶を辿っていると、ハッチから続けて男が出てきた。美女ではないがよく知っている。ディアスだ。
「どうした、クラリッサ?」
「いやぁ……、やっぱりゴーグルを外すと皆さん私だってわかってもらえないようで」
「そうだろうな。印象がまるで違う」
「ふふん。私、綺麗になりましたか?」
「この街で二番目にな」
クラリッサ。その名を聞いてようやく思い出した。生来盲目であり、マルコ博士の義眼開発に協力していた女だ。
ノーマンも射撃訓練場で何度か言葉を交わしたことがある。若い女だとは知っていたが、顔の半分を覆うゴーグルのせいで顔つきなどはさっぱりわからなかった。
瞳が輝いているというのもノーマンのロマンチックな部分が見せた幻覚でないようだ。今もクラリッサの両目はうすぼんやりと光を放っている。新型の義眼が完成したということだろうか。射撃訓練場で会ったときよりもテンションがやたらと高いように思えた。
ハッチから三人目。居るだろうなとは予想していた、カーディルが顔を出した。
「ノーマン、あなたそんな所で何をやってるの?」
戦車に乗っていた三人と整備士たちの視線がノーマンに集中する。なんとなく気まずい思いをしながらノーマンは答えた。
「俺は、マルコ博士が戦車をくれるって言うから来たんだが……」
ディアスたちが顔を見合わせ、頷く。クラリッサが戦車を軽く叩きながら言った。
「ノーマンさん、私と一緒にこの戦車に乗りませんか?」
「あんたと?」
ノーマンは戦車、クラリッサへと交互に視線を動かす。急といえば急な話だ。
まず戦車の性能がわからない。クラリッサに至ってはハンターですらない。ポンコツとド素人を抱えてドクと戦うなどまっぴらだ。
ディアスにはノーマンが何を危惧しているのかよくわかった。むしろハンターとして戦車、人員の質を考慮しない方がどうかしている。
「俺が保証しよう」
「ディアス……?」
「武装はTD号と同様。エンジンパワーは二割増し。自動装填装置の性能が上がり、装填速度が速くなった。前の奴とほとんど同じ感覚で動かせるだろう」
遠征が間近に迫った今、
問題は人員である。
「クラリッサは優秀な砲手だ。それも確かめた」
師匠に誉められクラリッサは照れ臭そうに頭を掻いているが、ディアスの表情は至って真面目である。お世辞やその場しのぎではなく、本気で言っているのだろう。
そうなると新たな疑問が湧いてくる。クラリッサが射撃訓練場でディアスの指導を受けていたことは知っているが、ハンターとしての経験は無く戦車に乗り始めたのもつい最近であろう女が優秀とはどういうことだろうか。
天才。そんな言葉で片づけてしまう夢想家はこの場に居ない。
「神経接続式の応用だ」
「……何だって?」
「クラリッサの視覚を照準機と連動させ、正確な射撃を可能としているらしい。どういった感覚なのか俺にはわからんが、命中精度が高いことだけは確かだ」
クラリッサが戦力として数えられるカラクリは理解した。実戦経験の無さという不安材料は残るが、そもそもノーマン自身が他人に完璧を要求できるほど立派な人間ではない。その程度の自覚はある。不安があるならばサポートしてやればいい、それが仲間だ。
死んだ魚のようなノーマンの瞳に力が宿った。戦車がある、仲間がいる、俺はもう一度戦える。胸の内の闘志が燃える、その熱さを確かに感じていた。
「よしわかった。男、ノーマン! 必ずドクの首を捻じ切って親父の墓前に据えてやる! これからよろしくな、クラリッサ!」
「はい、よろしくお願いします!」
ぺこりと素直に頭を下げるクラリッサ。若者たちが意気投合する様を見て、カーディルは満足気に頷いていた。完全に保護者の目線である。
「私が砲手で、ノーマンさんが車長兼、操縦手ということになりますか?」
「んん……、出来ればもうひとり、操縦手は専門の奴が欲しいな」
真剣に話し合うふたりにディアスは一枚のメモ用紙を差し出した。
「会ってみるといい、腕のいい操縦手だ。先日の大戦で車と仲間を失ったのだが、このまま腕を腐らせるには惜しい」
それだけ言ってメモを押しつけると、ディアスはカーディルに肩を貸してさっさと医務室へ行ってしまった。カーディルはまだ本調子ではないらしい。
整備士たちは戦車にかかりきりであり、ノーマンとクラリッサはその場に取り残されたような形となった。
「どうしますか、それ?」
クラリッサがノーマンの手の中を覗き込みながら聞いた。
「とりあえず会ってみよう。考えるのはそれからだ」
ノーマンはにぃっと笑って見せた。幾多の死線をくぐり抜けてきた男が見せた、余裕と闘志にあふれた笑顔であった。
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