第224話

 ロベルト商会の敷地内に新しく建てられた一軒家。ロベルトはそこにひとりで暮らしていた。護衛が付くことも家政婦が出入りすることもない。


 ある日、深夜になっても寝付けず寝室で先だっての大戦の報告書を読んでいると、廊下から複数人のいささか無遠慮な足音が聞こえてきた。


 ドアが開かれる、男が三人。彼らはロベルトが起きていたこと、まるで刺客が来ることを待っていたかのような落ち着きぶりに困惑していたが、すぐに気を取り直して銃を突き付けた。殺してしまえば同じことだ、と。


「ひとつ、聞きたいことがあるのだが……」


 ロベルトは報告書をサイドテーブルに置きながら言った。やはりその表情に恐怖や緊張の色はなく、それどころかいたずらを企んだ子供のような、にやにやとした笑いを浮かべていた。侵入者たちからすれば不気味としか言いようがない。


「こいつは誰の差し金だ?」


「ふん、心当たりがないとでもいうのか?」


「ありすぎてわかんねぇんだよなあ」


 そう言ってロベルトは楽しげに笑いだした。対して侵入者たちの顔は不快感に歪んでいく。


「悪いな。冥土の土産に、なんてやるほど悪趣味じゃねえんだ」


「そいつは残念。ジャジャーン、実は黒幕はマルコでしたぁ! なんてオチなら面白かったんだが。……無いな、動機が無さすぎる。俺が死んだら面倒事がさらに増えるだけだ。あいつにゃ悪いことしちまったなぁ」


 ワインボトルを開けてグラスに注ぎ始めた。その余裕ぶった態度に、先頭の男の苛立ちは頂点に達した。


「おい貴様! 俺が撃てないとでも思っているのか!?」


「さっさとやらないからこうして時間を潰しているんだろうが。ま、なんだ。君たちにはご同情申しあげるよ」


 ロベルトはグラスを目の高さまで持ち上げた。グラス越しに見る男たちの姿は血に染まったようでもあった。


 彼らは暗殺者としては少々騒がしすぎるが、腕が悪いわけではなかった。先頭の男が放った三発の弾丸は全てロベルトの心臓に吸い込まれ、血しぶきをあげながら椅子から転げ落ちた。


 派手に落ちたためにロベルトの、


「ああ、やっちゃったなぁ……」


 という最期の呟きを聞いた者はいなかった。


 ミュータントに対抗するためには街が一丸となって立ち向かうしかない。そのためには強引な手段を取ってでも権力を握るしかなかった。


 しかし、暴力によって議長の椅子に座ることが許されてよいはずがない。その前例を作ってはならない。故に、自分は粛清されねばならないのだ。


 ……それはそれとして、自分を殺した奴をただで帰すのもシャクである。ロベルトとはそういう男であった。


 ロベルトの心臓が止まった瞬間、その動きに連動していた家中に仕掛けられた爆弾が一斉に起動した。ロベルトの遺体と、報酬の皮算用を始めていた侵入者たちは光に包まれた。


 爆発と轟音。屋根は吹き飛び窓ガラスは砕け散る。家は炎に包まれ、天を焦がし闇夜を照らした。


 大きな騒ぎになったが消火活動などは行われず、家は燃え崩れるままに任せていた。全てロベルトの遺言状によるものである。


『俺の葬式なんかやっているヒマがあるなら、さっさとドクを殺しに行け。家ごと火葬にしてくれりゃあ、それで十分だ』


 快男児ロベルトの、彼らしいと言えばらしい最期であった。




 ロベルト商会の使者から報告を聞いた後でマルコは大きくため息をついた。


「……最近は爆死が流行っているのか?」


「はい?」


 使者が怪訝けげんな表情を浮かべるが、マルコはお構いなしに話を続けた。


「地獄に行ったらあいつら絶対にマウント取ってくるぞ。えぇ、お前の死因は爆死じゃないのかぁ? ……なんて」


 独り言のつもりであったが、使者が妙な物を見る顔をしているのに気が付き、マルコは話題を変えることにした。


「ロベルト商会総帥の後釜は決まっているのかい?」


「総帥代理を務めておられたスティーヴン氏から、代理の二文字を取ることになっております。これはロベルト様の遺言状にも書かれていたことであり、重役一同はロベルト様の生前より聞かされて納得していることでもあります」


「納得、ね。拳でわからせることを納得と呼べるのであればそうだろうな」


 冗談のつもりで言ったのだが使者が苦笑を浮かべているところを見ると、どうやら当たらずとも遠からずといったところらしい。


 死んだ後までろくでもないエピソードに事欠かぬおっさんである。


「ノーマン君はどうしたんだ? 血筋からすれば彼にこそ家を継ぐ正統性があるだろう。彼は納得しているのか?」


「我々もその点を危惧し、スティーヴン氏の次に総帥の座につくということでどうかと提案したのですが……」


「うん。一族の血統も守られることだし、ノーマン君が経営を学ぶ時間も与えられる。何ら問題は無いと思うが」


「当のご本人が、自分は総帥になる器ではない、血筋に関わらずロベルト商会と街のためになる人材を据えて欲しい、と」


 確かに彼には商人や政治家というのは向いていないかもしれない。しかし富と名声が転がり込んでくる機会をあっさりと手放してしまうことが少々意外でもあった。


(初めて会った頃は、『具体案は何もないけどいつかビッグになってやるぜ』系の薄っぺらい奴だったからなぁ)


 思い返して吹き出してしまった。たまらなくおかしく、嬉しくもあった。


 話は終わった、そうした空気を感じ取り使者が立ち上がる。


「ノーマン様は次の遠征にも参加するおつもりです。あの方のこと、どうかよろしくお願いします」


「その、よろしくっていうのが必ず生きて帰せということなら保証しかねる。戦車を完璧に整備してくれという話ならばこの丸子マルコ、責任を持って請け負おう」


 それで十分だと使者は頷き、一礼して去って行った。


 ひとり残された所長室でふと考える。そういえばノーマンの戦車は壊れて捨ててきたのだったな、と。


(仕方ない、こっちで用意してやるか)


 新型の戦車がある。乗組員についても心当たりがある。このチームが結成すればなかなか面白いことになるのではないかと、マルコはいつまでも笑っていた。

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