第222話

「放せ、降ろしてくれ!」


 アイザックの右肩に担がれたノーマンが叫ぶが、この大男は全くの無反応であった。いかに右腕が強化義肢とはいえ暴れる男を抑え込み、残る片腕でバイクを操る筋力とバランス感覚は恐るべきものである。


 ルールーが死んでしまう、ホルストの死体を残しては行けないと訴えるが、やはりアイザックは冷徹な表情のまま走り続けた。


 業を煮やしたノーマンが手探りで腰から拳銃を引き抜き、アイザックの頭に突き付けた。


「止めろ。俺を降ろさないと撃つぞ!」


 アイザックは止まらない。ただ低く感情のない声で応えた。


「いいぜ、撃てよ」


「なんだと……?」


「ひとりで生き残ることにも疲れた。ここで死ぬならそれはそれで楽でいい」


 投げやりとも達観とも取れる言葉にノーマンは、


(ああ、こいつも俺と同じだ……)


 と、感じ取り全身から力が抜けていった。右手から拳銃がするりと抜け落ち、はるか後方へと消えていく。


「どうした、らないのか」


「殺れねえよ……」


「そうか」


 通信機がガリガリと音を立てながら新たな情報を伝えた。どうやら最後に残った地竜の塊も倒されたようだ。


 最後は報告を聞いただけ。地竜が死んだという実感がまるでない。荒野のひび割れから黒い液体が湧いて出てくるのではないかという漠然ばくぜんとした不安だけが残った。


(馬鹿々々しい。子供がお化けを怖がるようなものだ)


 機動要塞が見えてきた。ここに入り込めばひとまず安心といったところだろう。


「これで終わったんだな……」


「ああ、マルコ博士は街に予備兵力を全て吐き出すよう要請したそうだ。まだまだ時間はかかるだろうが、小型、中型をしらみ潰しにしてそれでおしまいだ」


「大勢は決した、ということか」


 勝利という言葉に痛みが伴う。勝った、勝ちが決まる寸前だった。

 何故、ルールーとホルストは死なねばならなかったのだろうか。


 意味など無い。ここが戦場だからだ。運が悪かったから、そしてノーマンをかばったからだ。


 バイクが雑に急停止し、ノーマンの息が一瞬詰まる。


 乱暴な運転だと思ったのはノーマンだけで、アイザックの様子を見る限り彼にとっては当たり前のことのようだ。


 荷物を扱うように肩から降ろされ、顔を上げるとそこには機動要塞の巨体が広がっていた。後部の非常用ハッチが開いている。あそこから戦えなくなったハンターを収用しているのだろう。


 アイザックがクイとあごを向けて見せた。行けよ、そういう意味だろう。


「あんたはこれからどうするんだ?」


「俺か? また戻って小型をぶった斬りながら、負傷者や遭難者がいたら回収だな」


「元気な野郎だ。……死ぬなよ。あんたにまで死なれたら俺は哭くかもしれん」


「へっ、男の泣き顔なんて見たくねぇよ」


 お互い、疲れた顔に笑顔を浮かべて見せる。言葉はもう何も出てこなかった。


 戦場へと舞い戻るアイザックを見送り、その姿が見えなくなってようやくノーマンは機動要塞へとおぼつかぬ足取りで歩き出した。


 機動要塞はノーマンたち、ロベルト一族の家だ。父も姉も居ない、他人が我が物顔でのさばっているが、自分たちの家であることに変わりはないはずだ。


 迷わず兵舎へと向かい、汗染みも乾かぬ三段ベッドへと倒れこんだ。


(姉さんの作った、肉団子スープが食べたい……)


 決して叶わぬ夢を想いながら、深い眠りの中へと落ちていった。




 モニタールームにて、ドクは拳をコンソールへと振り下ろした。


「ふざけるな!」


 二度、三度と繰り返し叩きつける。それでも怒りは収まらずワインボトルを握りしめ叩き割った。


 椅子を蹴り飛ばし、荒く息をつき肩を上下させながらモニターを睨み付ける。そこに二体のドラゴンはもういない。代わりに映るものはじわじわと押し返されるミュータントたちの姿であった。


「強大なドラゴンを前に必死に抗い、それでも力及ばず散っていくというのが絵になる死に様というものだろうが! ああ、白けた、失望した! 道化の役すらこなせぬ三流どもが!」


 最速の竜と最強の竜。この二体が揃って負ける要素は皆無のはずであった。それが自爆などという泥臭い方法で敗北したのだ。ドクにしてみればほとんど反則に近い。


「人類の滅びを見届けるという私の使命、存在意義を貴様らごとき野蛮人に否定されるというのか……ッ!」


 怒りに任せ椅子を持ち上げ、モニターに投げつけて破壊した。液晶画面は大きくひび割れ、パチパチと火花を散らす。モニターはひどく歪な形で人類とミュータントとの戦いを映し続けていた。


 馬鹿なことをしてしまったという微かな後悔と共に、ようやく落ち着きを取り戻した。


 この地方ではダメだった、というだけの話だ。世界中にはまだまだミュータント生産施設や人格転送装置が残っている。そこに居を移して人類の観察を続ければいい。


 この鬱陶しい街の連中は数十年後か数百年後に戻って来て、改めて滅ぼしてやればよいのだ。


「勝利のご褒美だ、見逃してやるよ。せいぜい短い人生を楽しむがいい」


 吐き捨てるように言いながらコンソールに手を伸ばす。


 ミュータントを生み出すための資材が尽きているとはいえ、その技術を野蛮人どもに渡すわけにはいかない。これは選ばれし者が管理してこその技術だ。


(それが出来なかったから、世界は滅びた……)


 データを全て消去し、自爆装置も作動させた。これは敵に占拠されそうになったときや、施設内でミュータントが暴走したときに備えて作られたものだが、意外なところで役に立つものだとドクはひとりで納得していた。


 方針は決まった、後始末も済んだ。さて帰ろうかと数歩進んだところでドクの足がピタリと止まる。


 ミュータントに襲われることがないとはいえ本拠地まで車で移動しなければならない。その程度のことすら、今はひどく億劫おっくうであった。


 ドクは慣れた手つきで拳銃を取り出し、銃口を頭に押し付けた。


 ここで死ねば、新たに得た記憶は全て本拠地の研究室に転送され、改めてクローン体に人格がインストールされる。


(そっちのほうが手っ取り早いな)


 何の躊躇ちゅうちょもなくドクは引き金を引いた。破裂音、どさりと倒れる音。静寂の中に機械の低い唸りだけが残された。


 この戦場でもっとも安く、気軽な死であった。




 日が沈んでも戦いは終わらなかった。


 凶暴化したミュータントと街からの援軍が激闘を繰り広げる。照明弾や赤外線センサーを駆使して戦うのだが、やはり闇のなかでの集団戦闘は難しく誰も経験したことのないものであった。


 ミュータントは死角から襲いかかり、味方からの誤射も増える。精神を病んで離脱する者も多数出た。


 夜明けを迎える頃にようやくミュータントを駆逐できた。白い朝日が照らし出すものは鋼鉄の残骸と、肉という命の脱け殻。それらが無限に広がる光景だ。参加者の七割が死ぬという、勝ったと口にすることすらはばかられるような結果であった。


 それでも一般向けの資料にはこう記されるであろう。


 大勝利、と。

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