第217話

「や、どうも皆さんお揃いで」


 勝手知ったる他人の家。機動要塞の整備にも関わってきたベンジャミンは迷うことなく艦橋へと上がってきた。


 ひげヅラに満面の笑顔を浮かべて見せるが、対して周囲から彼に向けられる視線は、


(こいつ何をしに来たんだ……?)


 という冷めた異物感であった。


「それで、一体どうしたんだい」


 マルコが代表して聞くと、ベンジャミンはいたずらが露見ろけんした子供のようなバツの悪そうな顔をして、


「いえ、何と言いますか……。暇で」


「ひまぁ!?」


 分厚いレンズの奥でマルコの目が鋭く細められたことに気付き、ベンジャミンは慌てて手を振った。


「や、や、失礼。今のは言い方が悪かったですね。こんな状況ですから、後ろでじっとしているのも辛いんですよ」


 それならばわかる、とマルコは突きつけていた指を引っ込めた。前線に出ているとはいえ、分厚い走行に守られたまに戦車砲を発射するだけで、交戦しているとは言いがたい状況ですらマルコは居心地悪く感じているくらいだ。


 目の前でハンターたちが戦い、傷つき、時には命を落とす。自分だけが無傷でいることを申し訳ないとすら感じてしまうのだ。


 無論、彼には全体を見渡し指示を出すという重要な役目があり、下手に交戦して指揮がおろそかになってはそれこそハンターたちにとって都合が悪い。


 居心地が悪いと感じてしまうこと自体が、指揮官としての未熟さの証明であると自覚しているだけに、ベンジャミンへ強く出るわけにはいかなかった。


「しかしね班長、ここに居たってやることはないだろうが、後方でやるべきことはいくらでもあるだろう? 今さら整備と補給の重要性がわからんとは言わせないぞ」


「そこらへんは部下に任せておけば大丈夫ですよ。あいつら優秀ですから」


 なんという無責任な発言か。


 こいつぶん殴ってやろうかとマルコが本気で考えていると、ベンジャミンはタイミングを計ったように顔から薄笑いを消して頷いて見せた。


「俺に相談事とかあるんじゃあないかと思いまして」


 マルコは突き出しかけた指を、置き所に困ったように迷いながら引っ込めた。


 確かにベンジャミンの言うとおりである。こちらから呼び出そうかと考えていたところに、向こうからやって来たのでむしろ都合が良い。


 これは偶然だろうか。否。彼もまた罪悪感にさいなまれながら、この状況を打破する方法を探りここまで来たのだろう。


(嫌な野郎だ……)


 そう思いつつも、マルコの口元には薄く笑みが浮かんでいた。


 マルコは改めて人差し指をまっすぐ伸ばし、モニターに突きつけた。そこに映るのは光すら飲み込む漆黒のミュータント。


「奴を倒す方法はあのお嬢ちゃん……、ええと、何て名前だっけ。君やディアス君たちのお気に入り」


「チサトです。可愛いもんですよ、覚悟の決まった若いもんというのは」


「若者に期待するのは結構だが、僕も君も隠居が許されるような歳でもないだろう?」


「少なくとも、このゴタゴタが収まるまでは」


「うん、話を戻そうか。基本方針は罠を仕掛けて爆薬で吹っ飛ばす。だが火竜と全く同じというわけにはいかないね。ちょいと工夫が必要だ」


 言いながらマルコは眼鏡を外し、袖で拭ってまたかけ直した。レンズが汚れていたわけではない、一呼吸置くための儀式のようなものだ。長い付き合いでそれがわかっていたベンジャミンは何も言わず、次の言葉を待った。


「まず火竜と地竜では耐久力が違う。火竜はいわゆるスピードタイプで、飛行能力を持つ代わりに耐久力は低い。機銃は弾くが主砲で貫くことが出来たため、せいぜい戦車と同程度といったところだろう」


 戦車程度。少し感覚が麻痺しているらしいなと苦笑しながらマルコは続けた。


「対して地竜に飛行能力は無い。動きも鈍い。まるで巨大なナメクジだ。……決めつけるのはあまりよくないことだが、火竜に比べて知能も低そうだ。頭に脳みそが入っていないことだけは先程確認したがね」


「しかし……」


「そう、しかしだ。奴には欠点を補って余りある力がある。再生と吸収。それだけと言えばそれだけのものが、まっすぐ街へと向かっているんだ。このクソ野郎と唾を吐きかけたくなるようなスケールでね」


「ジープにプラスチック爆弾を満載した程度ではどうにもなりませんな。ちなみに、いかほど必要で?」


 ふむ、と唸ってマルコはしばし黙り込んだ。あんな変態生物の正確な耐久力などわかるはずもない。必要な爆薬はとにかく沢山だ。


(では具体的にどうするか。ああ、考えるだけで頭が痛い。だがやらないわけにはいかないんだ。金額の計算などは後でやろう。今は望んで馬鹿になるべきだ)


 体内に溜まった暗い感情が排出されることを期待して、マルコは大きくため息をついた。


「まず、簡易補給所は解体しよう」


「よろしいので?」


「戦闘も佳境に入った。構わないさ。班長は部下と一緒にトレーラーを転がして街に戻ってくれ。僕はロベルトさんに連絡して爆薬を用意してもらう。それこそ、工場の一つや二つ吹っ飛ばせるような量をね」


「そいつをトレーラーに満載して戻ってこい、ということですね」


 マルコは静かに頷いた。さて、他に何か聞くことは無いかとベンジャミンが考えていると思い当たることがあったのか、あっと声を上げた。


「博士、まさか俺にその爆弾トレーラーに乗ったまま突っ込めって言うんじゃないでしょうね?」


「そんなことは言わないよ。……一番確実な方法ではあるけどね」


「ちょっとぉ……」


 死んでいった者たちに申し訳ないとは思うが、自分が死にたいわけではない。


「冗談だよ。奴は一直線に街へと向かっている。進路上に置いて、簡単な起爆装置を作って遠隔操作すればいい」


 それならば、とベンジャミンは納得した。

 ……納得したのだと、自らに言い聞かせていた。


 確かに地竜は今までずっと一直線に進んできた。だがこれからもそうであるという保証があるだろうか?


 もしも地竜が急にコースを変えた場合はどうするのか。そうした疑念はあったが、口にすることははばかられた。


 敵が予想外の行動を取ってきたときはどうすればよいか。そんなものを何パターンも考えていたのではきりが無く、結局は何も出来なくなってしまうからだ。完璧な作戦など、土壇場どたんばで考えるようなものではない。


 都合の良い、甘い夢でもいい。今は現実など見ている余裕は無いのだ。


(敵がコースを外れたらどうするかって? どうにかするしかねぇだろう)


 覚悟とも投げやりともつかぬ表情でベンジャミンが背を向けると、


「班長……」


 と、暗い声が投げかけられた。


 地の底から響くような声。一瞬それが誰のものかわからなかった。振り返れば当然そこにはマルコしかいない。


 どこを見ているのかわからない、感情の無い顔でマルコは言った。


「班長。僕はこの戦いが終わったら、大量破壊兵器の作成に取りかかるぞ」


「そいつは……」


 ベンジャミンは言葉に詰まった。マルコはどこまで想定しているのだろうか、と。


 大量破壊兵器というだけではあまりにもイメージがぼんやりとしすぎている。単に大型の爆弾か。長距離ミサイルか。あるいは核というところまで考えているのか。


 この戦闘が始まる前にそういった兵器があればずいぶんと楽になっただろう。最初に一撃食らわせて半壊したところに戦車隊を突撃させれば良かった。地竜や火竜といった大型ミュータントですら爆発に巻き込みあっさりと倒せていたかもしれない。


 ミュータントの侵攻に備えるという意味では、マルコの懸念はもっともなことだ。


 しかし、そうした力を持つということは同時に、他の街への攻撃能力を有するということだ。


 不快、不安に思われるだろう。ミュータントに対抗するためだという説明は何の意味も成さない。


 他の街もこぞってミサイルなどの研究に取りかかるだろう、『ミュータントに備える』ために、だ。


 それはマルコたちの住む街、プラエドも射程圏に収め人間同士が疑い合い対立する時代が始まる。


 最悪のリスクを背負ってまでマルコは強行しようというのか。人類がミュータントに怯え、隠れ住む世界が許せないのか。


 しばし、ふたりは無言で視線を向け合う。やがてベンジャミンは、負けたよ、といった風に首を振ってみせた。


「ま、いいでしょう。やるというなら地獄の底までお付き合いしますよ。無論、この戦いに勝てばの話ですが」


 そういって右手をひらひらと振りながら機動要塞を後にした。マルコは相変わらずの無表情でその背を見送る。


 すっかり癖になったのか、マルコは指先でネクタイを弄びながら何も無い天井へ視線を向けた。


「後世、僕の名は英雄として讃えられるか、大悪党として罵られるのかどっちかな……」


 戦争を愚かな行為と知りつつも、人は戦うことを止められなかった。


 歴史の大きな波に飲み込まれているのだという自覚がありながら、もう抜け出すことは出来ない。

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