第216話

 再び始まるハンターたちの猛攻。


 最初の一撃とは違い、砲弾が命中すれば地竜の身体は弾け、触手のような腕が千切れ飛ぶ。物理的なエネルギーを無効化するほど非常識な存在ではないようで、マルコは胸を撫で下ろした。


 戦車砲の直撃を食らえばその生物は甚大な損害を受ける。そんな当然のことすら、


(ひょっとしたら…)


 という疑心暗鬼に捕らわれてしまいそうだった。


 攻撃は通る。だが問題は山積みだ。こちらが与えるダメージと地竜の再生速度がほぼ同じなのである。こうしている間にも敵はじりじりと街へ近づいている。再生と成長に限度があるのかどうかはわからないが、戦車の燃料と弾薬には限りがある。停滞、拮抗は人類側に不利であった。


 距離を取って戦うことを徹底したため、どうしても消極的になってしまう。強引に攻めたところで一時的にダメージ量が上回るかもしれないが、戦車が取り込まれてしまっては目も当てられない。



 

 地竜にばかり気を取られていた一輌の戦車が中型ミュータントの体当たりで横転した。サイ型のミュータントだ。身体中にいくつもの人間の顔、それも子供の顔がついて、どれもが苦痛に歪んでいた。


 再度、戦車に突撃し装甲がひしゃげる。二度、三度と繰り返し戦車から鉄屑へと変貌した。隙間からオイルに混じって血が流れ落ちる。乗組員がどうなったかはあまり考えないほうがよさそうだ。


 鋼鉄の塊に突撃を繰り返すミュータントもただでは済まなかった。角は折れ、皮が剥がれて肉が削げ落ちる。ところどころ骨が露出するが、それでも突撃を止めようとはしなかった。


 狙いすました一撃か、あるいは流れ弾か。飛来する徹甲弾がミュータントの胴体を貫き、心臓を破裂させた。


 サイ型ミュータントはうめき声も呪詛を吐くこともなく、その場で膝を折り静かに息を引き取った。まるで悪い夢から解放されたかのように。


 これはハンターとミュータントにとって儚く、残酷で、そしてよくある光景でもあった。



 

 中央、大型モニターに浮かび上がるいくつもの小窓。そのうちのひとつに映る小さな悲劇にマルコは何の感傷も抱かなかった。


 彼の頭を占める問題は、地竜の進路に戦車の残骸とミュータントの新鮮な死体が撒かれたことだけであった。


(何か、この状況は打開する切っ掛けはないのか。このままじゃあじり貧だ……)


 その時、地竜の顔面が破裂した。


「……はぇッ!?」


 ずっとモニターを見ていたマルコにさえ、何が何だかわからない。映像を停止、巻き戻し、スロー再生にカメラ切り替え。そこまでやってようやく状況を把握した。


 地竜の真正面にいたのはTD号、ノーマンたちの戦車だ。美学、芸術性すら感じる一撃。軽い弧を描く榴弾砲が地竜の顔面に突き刺さり爆発したのだった。


(やってくれるじゃないか……ッ)


 マルコの表情が歓喜に歪む。これは偶然の一撃ではあるまい。ノーマンなりに最悪の状況を打破するためにどうすればよいか、考えて行った結果だろう。地竜に大ダメージを与えたこともさることながら、地竜に真剣に立ち向かう同志が居たということが何よりも頼もしかった。


 これで地竜はどうなったか。


 倒せたとは思わないが、出来れば有利に働いて欲しい。頭部を破壊しておきながら、これで終わりだと全く信じていないことにマルコは自嘲した。


 潰れた顔の奥からもごもごと肉のようなものが盛り上がり、元通りになってしまった。時間が数分前に戻ってしまったかのように、地竜はまた歩き出す。


 再生能力。臓物戦車や肉の巨人を相手に散々見せられた光景だ。マルコはそれほど失望はしなかった。頭の片隅で『ああ、やっぱりな』という感情が湧き上がる。


「博士……。すみません」


 ノーマンからの通信だ。声から不安が滲み出ている。よほど自信のある必殺の一撃であったのだろう。それが効果なしとなれば、もうどうすればよいのかわからない。


 ノーマンが弱気を見せたことで、マルコは逆に冷静さを取り戻した。ここは大人がしっかりとしなければならない場面だろう、と。


 ネクタイの結び目を軽く直してから、マルコは努めて明るい声を出した。


「気にするな。いや、むしろよくやってくれた。明確な目的を持った実験に失敗というものは無い!」


「実験、ですか……」


「そうとも。頭を吹っ飛ばした、すぐに再生した。つまりはこの方法ではダメだということがわかったんだ。これは大きな前進だよ」


「そういうもんですか」


「そういうもんだ。次にどうすればいいかこっちでも考えるから、引き続き奴に攻撃し続けてくれ。放置して無制限に成長させることだけは避けたい」


「……わかりました。よろしくお願いします」


 頭から信じた訳ではないが、今は任せるしかない。そうした空気を残しつつノーマンは通信を切った。


(さぁてどうしたもんか。若者の前で格好つけるというのも難しいものだなぁ……)


 大見得を切った以上はマルコとしても、何も思いつきませんでしたでは話にならない。眼鏡を白衣の裾で磨きながら思考を巡らせる。


(あれが竜であるという考えは一度捨てよう。細胞が集まってひとつの生物となった、いわば生命の粘土細工。恐らくは頭部だけでなく、心臓などを狙ったところで効果は無いだろう。臓器と呼べる物があるのかどうかも疑わしい)


 周囲の音が聞こえなくなるほどに思考がクリアになっていく。ここが戦場であるということすら、いっとき忘れた。


(ありがたいことに攻撃は通じる。問題は奴の再生速度……。いや、成長速度が拮抗しているということだ。これを突破するために必要なのは戦車砲のような一点突破の力でなく、奴の身体を粉微塵に吹き飛ばす大爆発……)


 オペレーターのひとりが遠慮がちに声をかける。マルコ博士の思考を中断してはならない、という工場でのルールなど守ってはいられない。ここは戦場だ。


 マルコも一瞬、殺気を込めた視線を向けたが、彼は自分の役目を果たしただけだとすぐに思い直し、首を振りながら両手の平を向けて見せた。


「すまない、えぇと、何だって?」


「整備班長が軽トラックですぐそこまで来て、乗車許可を求めています」


 軽トラックくらいなら後部扉を開けてスロープを出してやればそのまま機動要塞に乗り込むことが出来る。それはいいのだが、後方で整備補給を担当している男が何の用だろうか。


「……ま、いいか。入れてやって」


 本来ならば怒鳴って持ち場に帰らせるべき場面だろうか。しかしこの時、マルコはパズルのピースが一枚加わったような、そんな感情を抱いていた。

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