ほの暗い闇の底から

第214話

 ノーマンたちは戦いながら地竜の監視を続けていた。相変わらず地竜は動かない。

このまま動かないでいてくれと願い、地竜が身じろぎする度に、びくりと肩を震わせるほどの恐怖を覚える。そんな自分が、たまらなく情けなくもあった。


 ノーマンはモニターを確認しながら眉根を寄せた。


(動かないでくれ、とは我ながらどういうことだ。動き出したら俺たちが倒す、それだけの話だろうが。時間を稼いでいればそのうちディアスたちが来てなんとかしてくれるだろうと期待しているのか俺は、クソッ!)


 姉は戦いの指導者となるマルコを庇って死んだ。父は戦いのために強引に改革を進め、全ての恨みを背負って死のうとしている。この戦場で多くのハンターたちが死んでいった。


 自分は、彼らに対して誇れる人間だろうか?


 誰かがなんとかしてくれるだろう、という精神的な依存から抜けきれていないことが、死んでいった者たちへの裏切りではないかとすら思えてきた。


 ピー、と甲高い電子音。うおっ、という声が危うく漏れるところであった。やはり精神的な余裕がないことを自嘲しながら通信機を取る。通信先は機動要塞、マルコであった。


「やあノーマン。そっちの様子はどうだい?」


 マルコが笑っているのか怒っているのかよくわからない声で言った。


「相変わらずですよ。こんなうるせえ場所でよく寝られるもんだ」


「そうか。ところで良い知らせと悪い知らせがあるんだが、どっちから聞きたい?」


「こっちは忙しいんで、さっさと言ってください」


「悲しいなぁ。ベテランたちならこういう時は軽い冗談に付き合ってくれるぞ。心に余裕が無いんじゃあないか」


 ノーマンからすれば、どんな絶望的な状況でも冗談を言いあえる連中のほうがおかしい。絶対におかしい。心に余裕が無いという点は自分自身も認めているところなので反論のしようがなかった。


「まず良いニュースだ。赤竜を倒した。残る大型はそっちの間抜け面だけだ」


 ノーマンの正面に座る操縦手のルールー、砲手のホルストからも安心した雰囲気が伝わってくる。きっと俺も同じような顔をしているのだろうな、とノーマンの心境は複雑であった。


 いずれにせよ事態が好転したことは素直に喜ばしい。はずだった。


「で、悪いニュース。カーディルくんが倒れて23号は撤退した」


「倒れた!? まさか、死んだとか……?」


「いや、それは大丈夫。過労で意識を失っただけだと整備班長からも聞いた」


 カーディルの容態が落ち着いたことを確認すると、ディアスはカーディルとひとりの少女を23号に乗せて街へと戻ったらしい。


 マルコの知る限り、ディアスたちが愛車に他人を乗せるのは神経接続式戦車のテスト時にマルコを同乗させたくらいで、それ以降はなかったはずだ。


 くだんの少女がよほど気に入ったのか、どういった関係なのか気になったが、今はそれを追及している時間はない。


「ディアスくんが暴走して敵味方構わず撃ちまくるような事態にはならないという意味では良いニュースかな。ははは」


 マルコが乾いた笑いを漏らすが、ただ空気が白けただけであった。どんな時でも冗談と余裕を忘れないことと、それが笑えるかどうかは別問題のようだ。


「博士。ちょっとシャレになっていなくて、笑えません」


「ごめん。まあなんだ、言いたいことはアレだよ。地竜のお相手は残った面子でやらなきゃならないってことさ。戦車を数十ばかりそっちに向かわせて、それから一斉攻撃を仕掛ける。もう少しだけ監視を続けてくれ」


「わかりました。お任せください」


 ノーマンの返事があまりにも堂々としたもので、マルコは少し遊び心を出して意地悪く言った。


「任せろ、なんて言っちゃっていいのかい? 地竜を倒すことまで期待しちゃうよ」


「そのために、俺たちはここにいます」


 淀みなく言い放つノーマン。マルコは一瞬、ディアスと話しているかのような錯覚に囚われた。


(さすがにそれは考えすぎだろうが……)


 彼らを頼ってみよう、そう思えたことは事実である。


「わかった、よろしく頼む。死ぬなよ」


 マルコは普段の軽い口調を取り去り、真摯に言ってから通信を終えた。


 TD号内に残された沈黙。ホルストが青白い顔で振り向いた。


「ノーマン、地竜を倒すとかマジで? 離れたところから援護とかじゃあなくて?」


「悪いなホルスト、俺は本気だ」


「ジーザス! 正気とは思えねえ!」


「ハンターが戦場で正気でいようなどと、贅沢な考えは止めろ」


「何? 何なの? 俺が悪いのッ!?」


 悲哀に叫ぶホルストを無視して、ノーマンはもうひとりの仲間を見やる。


「ルールーはどうだ?」


 するとルールーは強張っているが確かな笑顔を向けてくれた。


「いいんじゃない? ノーマンくんがやる気ビンビンなら、私も付き合っちゃうよ」


「……と、いうわけだホルスト。腹を括ってくれ。大型殺しの称号、獲りに行くぞ」


「わかった、わかったよ畜生め! 街に戻ればモッテモテだな、おい!」


「股間が乾く暇もないぞ」


「ワンダフル! 素晴らしいな! 言ってる奴が童貞で何の説得力もない点を除けばな!」


「あ、すまん。お店で済ませた」


「誘われていないんですけどぉ!?」


 意識してやっていたわけではないが、馬鹿話が緊張を少しほぐしてくれた。これならば行ける、そんな気力が沸いてくる。


 マルコはどんなニンジンをぶら下げたのか、周囲に戦車が続々と集まって来た。


「全車両、配置に付いてくれ。号令と共に一斉攻撃を仕掛ける」


 機動要塞からの全体通信。ルールーが射程内で味方の射線を避ける絶妙な位置に着けた。ノーマンの片頬が笑みで吊り上がる。頼れる仲間と強敵に立ち向かう快感がそこにあった。


(よし、行ける。行けるぞ……ッ)


 息苦しくなるくらいに心臓が激しく鼓動する。


 少し気負いすぎかとも思ったが、萎縮するよりはよほど良し。そう自分に言い聞かせた。




 ピシリ、と乾いた音を立てて地竜の鱗が一枚、ヒビが入り剥がれ落ちた。隙間に見えるのは光を通さぬ漆黒。


 数百名のハンターが地竜を睨みながら号令を今か今かと待ちわびているが、深淵に覗かれていると気付く者は誰もいない。

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