第213話
「ああ、もったいない……」
その呟きに、周囲のオペレーターたちが聞き間違いだろうかと怪訝な顔をして振り返った。
大型モニターを眺めていたマルコが四方から突き刺さる視線に気付くと、軽く笑って肩をすくめてみせた。
「機銃の通らない鱗とかさ、どうなっているのかなと思っただけさ」
「そうですか……」
「もっと気になるのは胃袋と燃料だな! ドラゴンの身体を燃やし尽くす燃料はどういった成分なのか。それらを包んで無事でいる胃の内壁はどうなっているのか!? これらを解析すれば最強の火炎放射器と最高の耐火装甲が作れるんじゃあないかと、そう思っちゃうには仕方ないことだよ、なぁ!?」
興奮してひとりでまくし立てるマルコであった。
恐ろしい敵を倒して、まず出てくる感想がそれか。そんな空気が漂っていた。この場の誰もが思い出す、やはりこの人はマルコ司令ではなくマルコ博士なのだと。
無論、悪い意味で。
「僕は今までミュータントを知ることに金と努力を惜しまなかったつもりだが、ミュータントを利用することに熱心ではなかったかもなぁ。アイザックのサムライブレードがあれだけ活躍しているのだから、もっと早くそこに思い至るべきだったな、うん」
今までに出会ったミュータントのなかで使えそうな物はないだろうか。次から次へとアイデアが沸きだし恍惚としていたマルコであったが、己の使命を完全に忘れたわけではないようで、やがてハッと思い出したように顔をあげた。
「いや、いかんいかん。まだ大型が一体残っているんだった。ディアスくんたちはどうしてる?」
「補給所へ向かっているようです。ですが、何か様子がおかしいですね」
「おかしい?」
「急いでいるというか、何かこう走り方が雑です」
オペレーターの報告に首をかしげながらカメラを23号へと向けさせる。戦車に顔があるわけではないが、この時ばかりは焦っているということがハッキリと伝わった。
回線を繋ぐよう指示すると、すぐにディアスの苛立った声が聞こえた。
「はい、こちら23号!」
用があるならさっさと言え、というニュアンスを含んだ物言いだ。
激戦をくぐり抜けた直後のハンターの気が立っているのはよくあることだが、ディアスがこうまで苛立ちを露にすることは珍しい。
さすがに長い付き合いである。ディアスが我を忘れる条件にすぐ思い当たった。
「カーディルくんに、何かあったのか?」
「赤竜を倒した直後に意識を失ないました。もう、限界です」
げぇ、という声が無意識に喉をせりあがってきた。
「少し休めば治るようなものかい?」
マルコの質問はつまり、地竜との戦いに参加させられるかという意味だろう。ディアスは相手に見えていないと知りつつ、首を振ってから答えた。
「たまには俺たち抜きでなんとかしてください」
それは痛烈な非難であり、切実な願いでもあった。
誰よりも強いのだから大型と戦うには最適である、というのがいつの間にか大型を倒す義務があるかのように扱われてきた。
街の安全、人類の存続が大事だというのであれば、なおさらハンターたちが一丸となって戦うべきだろう。いつまでもカーディルの小さな身体に責任を背負わせようとはしないでもらいたい。
英雄、トップハンターなどという肩書きが嫌いだった。赤の他人から勝手に押し付けられた理想に潰されたくはなかった。
ディアスは後ろを振り返り、戦車に繋がれたままぐったりと頭を垂れるカーディルに微笑みかけた。
(俺たちだって生きるだけで精一杯だ。そのなかでやるべきことはやってきた。俺は君を誇りに思うし、誰にも非難させはしない)
パチリ、と音を立てて通信機がオフにされた。それから23号が呼びかけに応じることはなかった。
「あの野郎……」
マルコはマイクを握りしめて、苦いものでも吐き出すように言った。
結局、あの男の価値観や優先順位が変わることはなかった。世界はカーディルと、その他もろもろで構成されている。それだけだ。
今すぐ23号に乗り込んで殴り付けてやりたいところだが、マルコのなかの科学者の部分が冷静に言う。稼働時間に限界があるなど最初からわかっていたことだと。
神経接続式は負担が大きいことは知っている。あの戦車を作ったのは自分だ。
カーディルの体が徐々に弱ってきていることも知っている。診察しているのは自分と、直属のサイバネ医師たちだ。
文句を言おうとすればそれら全てが自分に跳ね返ってくるとわかっているので、言葉が続かなかった。
むしろ当初の予定からすれば、赤竜を倒すまでよく持ってくれたと讃えるべきなのだろうか。あの女は線が細いようで意外に根性の塊だ。
離脱しなければならないことは理解出来る、納得は出来なかったが。この戦場を預かる責任者としては、
(何もこんな場面で……)
と、愚痴のひとつも言いたくなった。
せっかく赤竜を倒して全体の士気が上がっているところで23号の離脱である。差し引きゼロどころかマイナスにもなりかねない。
対大型ミュータントの切り札であった彼らの存在は、彼ら自身が考えるよりもずっと大きい。ただのハンターでいたいなどという贅沢が許される立場ではないのだ。
いっそのこと、カーディルに覚せい剤でも打ち込んで無理やり走らせるかとも考えたが、精神はともかく今の衰弱した体がついてこれるか定かではない。
下手をすれば心臓が止まり死ぬことだって十分に考えられるし、そうなった場合ディアスにどんな目に遭わされるかは想像に難くない。まともな形で葬式が出せないことだけは確実だろう。
(カーディルくんを薬で強引に起こすという時点で彼は納得しないだろうけどね)
カメラを切り替えてさせ、モニターに地竜を大写しにする。相変わらず寝ているのか起きているのかわからない。
見た目通りの間抜けであってくれればいいのだが、地竜を見ていると胸の奥からぞわぞわと言い知れぬ不安が込み上げてくる。
長年ミュータントと付き合って
配られたカードで勝負をするしかない。そんな使い古された言葉が頭に浮かんだ。カードを地面に叩きつけて帰りたいところだが、それが出来れば苦労はしない。
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