第212話

「ようやく終わったか……」


 モニターのなかで燃え盛る赤竜を見ながら、ディアスは肺腑はいふの空気を全て絞り出すような深いため息をついた。


 自分でも驚くくらいに勝利の喜びというものが湧いてこない。そこにあるものはようやく解放されたという安堵感と、泥のなかに頭まで漬かるような疲労感だけだ。


 一刻も早く補給所に戻りたいところだが、その前に少しやるべきことがある。


(一言、礼くらい言っておくべきだろうな……)


 通信機を操作すると、待っていましたとばかりにアイザックが即座に反応した。


「おう、ディアス! やったな! うん、その、やりやがったな!」


「落ち着けアイザック。興奮しすぎて語彙力ごいりょくが貧相になっているぞ」


「そうは言うがな、相手はドラゴンだぞ。ドラゴンキラー達成だ、嬉しくて頭がパーにもなるってもんさ!」


 がはは、と豪快に笑い続けるアイザックであった。


 ディアスは、まだもう一体居るんだぞと言おうとしたが、すぐに考えを改めた。今は水を差すよりも勢いに乗るべき場面だろう。また、今回は仲間の働きを讃えるために話しかけたのだ。ケチを付けるようなこともしたくはない。


「チサトはそこにいるか? 代わってくれ」


「あいよ」


 しばしの沈黙。呼び出しておきながら、何と声をかけたものか決めていなかった。考えがまとまらぬうちに通信機からチサトの躊躇ためらいがちな声が聞こえた。


「あの、通信代わりました。チサトです」


「ディアスだ。なんというか、一言礼を言いたくてな」


「お礼、ですか……?」


「君たちのおかげで赤竜を倒すことが出来た。ありがとう」


 君たち、とディアスは言った。

 それはチサトとアイザックという意味ではないだろう。


 後悔はいくらでもある。心が完全に救われたわけでもない。しかし、あの戦いとパートナーの死に確かな意味があったのだと、トップハンターが直々に声をかけて認めてくれたという事実が、少しだけチサトの重荷を軽くしてくれた。


 ディアスの不器用な優しさがスッとチサトの心に染み入り、数秒だけ眼を閉じて涙をこらえてから答えた。


「身に余る光栄です。クーも喜んでいます」


 チサトの物言いに、ディアスは軽い違和感を覚えた。


 喜んでいると思います、ではなく、います。現在進行形の断定。まるでそこに生きて会話したかのようではないか。


 気にはなったが深く考える時間はなく、背後から声がかかる。


「ディアスごめん。少し、寝るわ……」


「カーディル?」


 カーディルの絞り出すような声。そのまま彼女はすぐに気を失ってしまった。


 神経接続式戦車という心身共に負担の大きい操縦方で朝からずっと戦い続けてきたのだ。しかも赤竜が現れてからは高速の火弾を連続で避ける緊張を強いられてきたのだ。むしろよく今まで持ってくれたと言うべきであろう。


 このまま目を覚まさないのではないかという不安がディアスの中に一気に広がった。彼女が死ねば自分も死のうとは前から決めている事だが、こうしてカーディルに死の影が迫るとたまらなく恐ろしくなる。


 いかなる強敵を前にしても常に抑え飲み込んできた恐怖という感情が今、ディアスを支配した。


「すまん、礼についてはまた改めて!」


 通信を一方的に打ち切り、操縦を手動に切り替えて簡易補給所へ走り出す。あそこにはちょっとした医療施設もあったはずだ。


 地面を抉り砂利を弾き飛ばし23号は補給所へと一直線に、最短距離で突き進む。


 進路上のミュータントは弾丸を全て使いきる勢いでガトリングガンを食らわせ、体当たりで潰した。時には味方の戦車を脅して道を開けさせた。


 カーディルの大胆かつ繊細な動きから、繊細さだけを取り払ったような走り。今や23号は弾丸を撒き散らしながら時速80㎞で疾走する巨大な鉄塊であり、敵味方どちらにとってもはた迷惑な存在であった。

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