第209話

「ディアス、生きてるかッ!?」


 アイザックがバイクに備え付けの小型通信機に向かって叫ぶ。


 通信機からガリガリと砂を噛むような音。ややあってから、ディアスの気だるげな声が聞こえた。


「今、来客中だ。後にしろ」


「まあ話だけでも聞いてくれよ。可愛い女の子からお前にプレゼントだってよ。飛び上がって喜べ!」


「俺の人生にはあまり縁のなかった話だな」


 そんなふたりの会話をチサトは半ば呆れながら聞いていた。


 ベテランのハンターは心に余裕を保つためにどんなときでも軽口を絶やさないとは聞いていたが、まさかこんな状況でもお構いなしとは思ってもみなった。しかも、実質剛健を絵にかいたようなディアスまでもだ。


 ひとしきり笑って満足したか、アイザックは気持ちを切り替え緊張感を含んだ声で言った。


「放置されたジープが見えるか? あれに爆弾を満載している。赤竜が食らいつくように誘導してくれ。こっちで起爆する」


 そんなに都合よくいくか、こっちは避けるだけで精一杯だ。言おうとした半開きの唇が止まり、ディアスは口をつぐんだ。


 ジープの助手席に乗せられたままの首なし死体、その意味を理解したからだ。


 罠の匂いを隠す、棄てられた車であるという擬態。パートナーの死を差し出して少女チサトは言う、赤竜を殺せと。


(女が覚悟を示した、男は逃げ出しました。……では、話にならんよなぁ)


 希望と呼ぶにはあまりにも小さい光明。だが、なんの手だてもなく逃げ回っているより遥かにマシだ。


 赤竜は一度の補給で四十発前後、火弾を放つことが出来る。

 かなり派手に乱射するので撃ち尽くすまでにかかる時間は十五分程度。

 補給のために離脱する時は基本的に後方へと下がる。10㎞ほど退いて手近な廃車へ食らいつく。


 今までに集めた様々な情報がディアスの脳内で高速でかき回された。


「……一度で上手く行くとは思わないでくれよ」


 難しいがやってみる。そうした意味の答えであり、アイザックもそれを正しく理解した。




「やってくれるってさぁ!」


 向かい風に負けぬよう、大声で話すアイザック。相変わらず口調は気楽そのもの。友達がゲームを貸してくれたよ、というノリでディアスが赤竜を誘導することを承知したと告げた。


 通信機を置き、アイザックは再び長刀を抜いた。赤竜かジープに食らいつくまで生き延びねばならない。それは何十分後、何時間後に出来るという保証はない。


 チサトもバイクのスピードに慣れてきたか、拳銃を抜いて迫り来るミュータントに応戦する。


(これは自決用の銃だったんだけど……)


 脳裡によぎった言葉をすぐに打ち消した。今は生きることだけを考えねばならない。ミュータントに捕まり生きたまま食われるような事になっても、己に対する罰として受け入れねばならない、と。


 狙いを付ける必要があるのか疑問を感じるほどに敵が溢れている。拳銃の弾はすぐに尽きた。


 チサトは舌打ちしてタマ無しの役立たずを犬型のミュータントに投げつけた。額に命中、凶悪な顔のミュータントは、キャインと可愛らしい声をあげて逃げ去った。

いきなりやることがなくなってしまった。己の無力さを痛感させられる。


 アイザックは走りながら誰かの落とし物、十中八九は遺品であろう自動小銃を長刀の先に引っかけ器用に拾い上げた。それを後ろ手にチサトへ渡す。チサトは戸惑いながらも、しっかりと自動小銃を受け取った。


 手の中でズシリと重い。それが力強さを感じさせ、勇気を与えてくれた。


「使い方はわかるかッ!?」


「引き金を引くと弾が出ます! 弾に当たると敵が死にます!」


「よし、完璧だ!」


 何がよし、なのかよくわからない。少々ヤケになって叫ぶふたりであった。


 チサトは理解した。そして順当に染まっていった。無理にでもテンションを上げていかなければ、疲労と恐怖と緊張感で押し潰されてしまいそうだ。


 猿型ミュータントが大口を開けて飛びかかる。チサトはその咥内に銃口を向けた。フルオートで連続発射された弾丸がミュータントの頭部をずたずたに引き裂いた。


 頭部を破壊されたミュータントはその場に着地し、わけもわからず前方へと走り去った。


(ああ、これが私たちの敵。ミュータントなんだ……)


 恐るべき生命力である。


 戦慄せんりつを覚えると共に、徹底的に殺し尽くさねばならぬと覚悟を決め直しチサトはグリップを強く握った。銃口が次の生け贄を求めて左右に揺れた。


 見事な戦いぶりにアイザックは感嘆かんたんし、ピュウと口笛を鳴らした。……つもりだったが、これは向かい風に阻まれて何も聞こえなかった。


(腹を括った女は怖いねぇ)


 楽しげに笑いながら再び長刀で落ちた銃を引っかけた。


「まだいるかい?」


「ドンドン! 遠慮なく! お願いします!」


 チサトは残弾数の心もとなくなった銃を惜しげもなく放り投げて、アイザックから新たな銃を受け取った。誰のものかもわからぬ肉片がこびりついていたが、もうそれを気にする素振りもない。


 信頼できる仲間に背中を預けて戦うとは、なんと頼もしく心地よいものだろうか。このままいつまででも戦い続けられそうだ。


 アイザックは左手でハンドルを操り、右の鉄腕が長刀を自在に振るう。怯んだミュータントにチサトが容赦なく銃弾を浴びせた。


 それは小規模ながらも、戦場に現れたひとつの暴風であった。

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