第207話
遥か上空から降り注ぐ超高速の火炎弾。
頭上からは燃え盛る鉄塊、地上にはひしめくミュータント。カーディルは全方位に集中しながら避け続けた。神経接続式なればこその動きだ。そうでなければ上か下か、どちらかに潰されていただろう。
赤竜が連続で火弾を放ってくるというのが厄介だ。複数の戦車に射程外から一方的に撃たれているようなものである。
集中力が途切れたわけではない、どこかでミスを犯したわけでもない。選択肢のなかに正解がない時もある。右側面に激しい衝撃。直撃こそ避けたものの火弾が命中し、右側の対空機銃とガトリングガン、そしていくらかのセンサー類が潰された。
「くっ……、ごめん!」
「気にするな、この程度の被害は想定内だ。それよりも、そろそろ敵の弾が尽きるぞ!」
激しく揺れる戦車、ミュータントをガトリングガンで薙ぎ倒しながらも、ディアスは敵の放った火弾の数をカウントしていたらしい。鉄を補給してから四十発前後、それが限界のようだ。
赤竜は23号へ追撃の火弾を二、三度放つがこれは
(やはり俺たちとはまともに戦うつもりはないということか。ふん、プライドばかり高くて臆病な奴め)
遠距離から攻撃を続け、弱らせてから狩ろうという方針なのだろう。事実、火弾が23号へ命中し戦力が大幅に低下したところだ。
この戦い方は効果があると知られてしまった。いつまでも当たらないことに苛立って突撃してくる、などという展開は期待できそうにない。ドラゴンの世界ではどうだかわからないが、ハンターの倫理観に照らせば卑怯と臆病は誉め言葉だ。
「23号より全車へ。赤竜が補給に向かった。着地点を狙え!」
ディアスが通信機を握りしめて叫んだ。攻撃のチャンスはそこだけにしかなく、ディアスたちは遠すぎて参加できない。赤竜が降りた地点に、たまたま近くにいた戦車が撃つしかないのだ。なんとも頼りないことではある。
赤竜が燃え盛る戦車を見つけ降りようとした。
射程内にいて、大型ミュータントを倒したという名誉と賞金に飛び付いたのは三輌。赤竜が獲物にのし掛かった瞬間、三方向から徹甲弾が放たれた。
しかし、これは読まれていた。赤竜は戦車を食らうつもりはなく、砲塔を蹴飛ばしてすぐに飛び上がった。竜殺しの矢は虚しく空を切る。
「あの野郎、舐めやがって!」
悪態をつきながら後退しようとする一輌の戦車に火弾が迫る。
「なっ……」
正面、速すぎる。
対応も、覚悟を決める時間もなく閃光が貫いた。一瞬遅れて誘爆。ドン、と戦車が大きく跳ねて炎上した。
怖じ気づき脱兎のごとく逃げ出すハンターたち。赤竜は戦車の尻を楽しげに眺めながら、悠々と餌を食らい始めた。
「やられたな……」
ディアスの声は落胆半分、もう半分は、
(ああ、やっぱりな)
という納得であった。期待しなければならなかった状況であっただけで、本心から期待していたわけではない。
どれか一輌だけでも狙いを少しだけ上に付けていれば一矢報いることが出来ただろうか?
ここでも連携が取れていないという弱点が露呈した。赤竜はその点も理解した上であんなからかい方をしたのかもしれない。
問題は他のハンターたちが赤竜討伐に二の足を踏むであろうということだ。カウンターを食らって消し炭になった連中を間抜けと笑いながら、ああはなりたくないと考えるのが当然の心情であった。
23号単機では赤竜に致命傷を与えることは出来ない。攻撃を引き付けて避けることは出来るが、いつまでもというわけにはいかない。
頭のなかで組かけたパズルがバラバラに砕けた。また新たな形で組み直さねばならない。この極限の緊張状態のなかで。
ショートしかけるディアスの頭に、カーディルの声が響き染み渡る。
「ねえディアス。何か、変な車が近づいて来るというか、なんかうろついているんだけど……」
「変な車輌?」
すぐにレーダーを確認した。金属反応があるが、小さい。戦車ではないようだ。
(はて……?)
最前線に出るのは戦車だけで、装甲車や戦闘用バイクなどは後方に控え、ミュータントが街へと抜けていかないように押さえるのが役目のはずだ。迷い込んだにしては方向音痴が過ぎる。
やがて光学カメラでも確認出来る位置に来た。見覚えのある装甲ジープだ。
鬼気迫る表情で運転する少女を見ても、それがチサトだと気付くのにしばらくかかった。髪の右半分にべっとりと血が付いて固まりかけていた。
そして、助手席には首なし死体。
ディアスとカーディルは鉄球を飲み込んだような息苦しさを覚えた。何が起きているのか、彼女は何をしようとしているのか、まるでわからない。
ディアスが通信機を取ろうとするが、
「赤竜が向かって来るわ!」
カーディルの叫びにより中断させられてしまった。
わからない。
何が起きているのか。どうすればいいのか。
何もわからない。
それでも戦い続けねばならない。
手を止めれば死ぬだけ。それだけは確実だ。
「もう、この辺でいいかな……」
チサトはゆっくりとブレーキを踏み、ジープを停めた。
周囲にはミュータントがいて、戦車が走り、悲鳴と砲弾が飛び交っている。それら全てが遠い別世界のもののように感じられた。
戦場のど真ん中で彼女は孤独であった。
ハンドルから手を放し隣に顔を向ける。物言わぬ親友の姿がそこにあった。
チサトは優しく微笑み語りかけた。
「ありがとう、いつも一緒に居てくれて」
ジープには爆弾が満載してある。これを赤竜が食ってくれれば大爆発を起こしてダメージを与えられるだろう。それがチサトの計画であった。
ただし赤竜には知能がある。ほぼ無傷で無人のジープが放置されていれば罠と警戒されるかもしれない。
だからこそクーの死体が必要だった。これは戦場で乗員が死んだから止まったのだというアピールのためだ。
「それだけ。本当にそれだけのために、私はあなたを利用するの……」
語りながら拳銃を抜き、こめかみに押し当てた。
「仲間が目の前で殺されて、私は絶望して自殺した。これはそういう車。赤竜はきっと私たちを
後悔が無いわけがない。やり残したことばかりだ。
それでも、もう、どうしようもないことだ。
「ごめん。ありがとう。愛している」
少女の祈りと破裂音が、戦場の喧騒にかき消された。
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