第204話

 漆黒の戦車と、深紅の竜が射程内で対峙した。


 決定的な有効打を与えるにはまだ少し遠い。


(だが、相手の出方を見るためには……)


 ミュータントの群れ、その隙間を通すように高速徹甲弾が放たれた。


『針の穴を通すことは物理的に無理だが、1㎞先の針を破壊することはできる』


 と、豪語するディアスの正確無比な一撃だ。


 安定翼を分離し、一条の流星と化した徹甲弾は赤竜の胴体を貫くコースに乗った。これで倒せるのでは、と心の片隅で期待してしまうような完璧な射撃であった。


赤竜は翼を大きく広げ、その先端に付いた手で中型ミュータントの頭を鷲掴みにした。タコのように足がいくつも生えて、かえって動きづらくなった白猿だ。


 役立たずを前方に放り投げると、その身体と流星が空中で激突した。


 白猿の胸に深々と突き刺さる徹甲弾。白猿は血煙をあげながら回転し、ふわりと浮かび上がる。そして、地に叩きつけられた。


 カーディルは端整な顔を呆れと嫌悪で歪ませながら言った。


「厄介ね。知能があるタイプだわ」


「品性があるかどうかは疑わしいがな。美しく誇り高い生き物というイメージは捨てたほうがよさそうだ」


 赤竜も23号を視認したようだ。脅威ではなく、活きのいい獲物、あるいは玩具として。


 常に怯えと怒りを胸に生きてきたカーディルは他人からの悪意に敏感である。もとより竜の顔から感情を読み取ることなど出来はしないが、この時ばかりはハッキリと理解した。舐められている、と。


「……ああいう高慢ちきな野郎を地に這いつくばらせたら、私はきっとハンターをやっていてよかったと思えるでしょうね」


「わかった。力ずくで土下座させてやろう」


 カーディルの少々物騒な話に、ディアスは素直に頷いた。彼女は熱くなっても動きが雑になるわけではないという信頼があった。いつどんなタイミングで心が折れるかもわからぬ地獄の釜底のような戦場で、闘志を燃やせるならばそれはそれで結構だ。


 再び赤竜へと主砲を向けるが、それよりも早く赤竜は翼を大きく広げ飛び上がった。衝撃で周囲の小型ミュータントが数体吹き飛ばされる。


(飛ぶんじゃないかとは思っていたが、やはり飛ぶかぁ……)


 ディアスは心のなかで舌打ちした。あの翼はただの飾りではないか、そうであって欲しいという期待はあっさりと否定された。


 前後左右に動く相手にはいくらでも対応できる。しかし、戦車というものは上下に跳び跳ねたり空を飛んだりする相手には無力なものである。攻撃手段が限られてしまうのだ。


 23号には一応、対空機銃が用意されているが、他の戦車で空への攻撃手段を持つ者は少ないだろう。つまり赤竜を地に落とすまでは援護を期待できず、23号単独でやらねばならないということだ。


 以前戦ったミュータントのなかで、蝿蛙はえがえるなども上下に跳び、滑空するといったトリッキーな動きをするタイプであったが、耐久性に問題があった。あれは肉食蝿を詰め込むだけの肉袋であり、狙撃銃で撃ち落とせるような相手だった。


 では、赤竜についてはどうか。全身を覆う赤黒い鱗がベニヤ板製でもない限り、耐久力もそれなりにあるだろう。


 考えれば考えるほどに悪い条件ばかりが出てくるが、もとよりディアスとカーディルに逃げ出すという選択肢は無い。


(状況は最悪。まあ、つまりいつも通りってことだ)


 覚悟を極めたというよりも、開き直りに近い感覚であった。


 空に翼を叩きつけるようなダイナミックな羽ばたき。赤竜は高く、高く上昇し、狂ったミュータントと狂った人間どもを見下ろしながらその凶悪な顎を開いた。息を吸い、一拍の沈黙。そして火球が放たれた。


(やっぱりそう来たかぁ!)


 炎を吐き出すタイプだろうと予想し身構えていたカーディルであったが、予想を越える火球の速度には胆を冷やした。高速徹甲弾にも劣らぬ速度で火球が襲いかかる。


 驚きはしたが呆けている暇はない。戦車と舞踏という本来は相容れぬはずの組み合わせが、今は正しい表現だ。23号は滑るように回避、コンマ数秒前まで居た場所へ火球が抉り込まれた。


 爆発、巻き上がる砂煙。これはただの火の球ではない。表面がどろどろに溶けた鉄塊が激しく炎上したものである。以前戦った、炎を撒き散らしていた巨人とはまったくの別ものだ。こんなもので車体を貫かれれば、中の人間は一瞬で消し炭となるだろう。骨が残るかどうかも疑わしい。


 赤竜の溶鉱炉にも似た胃から半固形の鉄が喉を昇り、第二、第三の矢となって炎をまとい放たれた。これはもう、火の球というよりも火の弾だ。


(連続射撃ぃ!?)


 カーディルは息を止め、全神経を集中して回避に専念した。


(こっちは一発撃つごとに装填が必要だっていうのに、不公平じゃないの!)


 言ってもせんなきことである。理不尽、不条理、非常識。その体現者がミュータントというものだ。


 隙をついてディアスが対空機銃を放つ。確かに命中したように見えたが、鱗に阻まれ効果は薄いようだ。出血すらしていない。せいぜい赤竜を苛立たせたくらいの効果である。


 翼に当たれば穴が空くのではないか、という目論みも外れてしまった。


「やはり主砲をぶち当てるしか勝機はないか……」


「でもどうやって? 頭上をブンブン飛び回られていちゃあどうにもならないわよ!?」


「恐らく、だが……、奴が地上に降りるタイミングがある。そこを狙い撃ちにするしかあるまい」


 詳しくは聞かない、そんな暇もない。ディアスがそう言うのであればと、カーディルは気合いを入れ直した。


 降り注ぐ火弾、防戦一方の23号。ディアスは呼吸を整え、発射桿を握りしめながら考えていた。


 同じ大型ミュータントという分類とはいえ、赤竜は炎の巨人ほど大きくはない。体内に備蓄している燃料にも限りがあるはずだ。しかも赤竜は鉄塊までも飲み込んでいる。戦車砲を乱射するような攻撃がいつまでも続くはずはない。


 撃ち尽くしたら撤退してくれるだろうか?


 さすがにそれは考えが甘すぎるだろうが、何らかの方法で補給をしなければならないはずだ。


 どのような方法で? それはわからない。今はただ耐えるしかないのだ。何も聞かずに付き合ってくれるカーディルには感謝しかない。


 降り注ぐ火弾。避ける23号。そのリズムが突如、ドンという衝撃によって阻まれた。反射的に外部カメラを確認する。何者かに車体の後部を掴まれているようだ。


 それは頭が逆さまに付いた熊であった。力の限りを尽くして戦車を押さえつけているのだろう。意味不明な唸り声をあげながら血の混じった泡を吹き、鼻や眼に垂れて落ちる。


 カーディルは己の迂闊うかつさを悔いた。赤竜と一対一で戦っているわけではない。ここは鉄と肉の入り乱れる地獄だ。


 全身から粘りつくような汗が滲み出る。


 動きを止められた23号へ、狙いすませた竜の火弾が放たれた。

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