DRAGON SLAYER

第203話

「ディアスくん、どっちから行く?」


 機動要塞から23号へと入った通信。マルコの物言いは主語がなく、ひどく曖昧あいまいなものだが、今回に限っては誤解のしようもなかった。


 ディアスは照準器から目を離さず少しだけ考えて、


「赤竜からですね」


 と、答えた。


 マルコはディアスがドラゴンに対して怯える様子もなく、奴らを倒すのが当然だといった態度に満足しながら聞いた。


「ふぅん。いずれにせよ両方殺らなきゃならないが、そっちを先に選んだことに理由はあるのかい?」


「派手で目障めざわりだからです」


「なんと」


「冗談です。見た目で選んだことは確かですが。なんというか、炎とか吐きそうじゃないですか」


「ああ……」


 納得した。炎を吐く大型ミュータントと戦ったことはまだ記憶に新しい。強敵であった、被害も尋常じんじょうではなかった。


 戦車とはいわば鋼鉄の棺桶かんおけであり火薬庫である。炎の中を突っ切ることは出来るが留まることは出来ない。この混乱した戦場で炎をばらまかれては今でさえ目を覆いたくなるような被害が、さらなる惨状をもたらすことだろう。


 火竜は見た目からしてスマートで、いかにも神話の中から飛び出してきたようなドラゴンだ。一方で地竜は動作も鈍く、角と羽の生えたサンショウウオといったところである。地竜がどのような能力を持っているのか気にならない訳ではないが、今は地に伏して動かず、まるで寝ているようにも見える。


「それにしても君はこんな時でも変わらないな。なんか安心するよ」


「と、いうと?」


「他の連中はさ、ドラゴンが現れたことでどこか浮き足立っているようなところがあるじゃないか。君はよくそんなに落ち着いていられるな」


「博士、こと暴力の行使という点において人間よりも悪辣な生物は存在しません」


「うん?」


「奴らも神話の中で眠っていれば恥をかくこともなかったでしょうに。哀れなことです」


 人間の方がよほどろくでなしなのだから慌てることはない、とはいかにもディアスらしい物言いだ。


 そうかもしれないなと思いつつ、素直に納得もできないような論調である。マルコはただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。ディアスに関わるといつもこんな顔をさせられているような気になり、声を出して笑いたくなった。


「……ああ。敵が寄ってきたので、これで通信を切ります」


「わかった、よろしく頼む」


 マルコはしばし、モニターをぼんやりと眺めていた。そこに映るのは小型ミュータントを蹴散らしながら突き進む火竜。傍若無人ぼうじゃくぶじんの絶対王者。


「砂と鉄の時代に迷いこんだ、哀れな生き物、か……」


 口にしてみるが、やはり心からそう信じることは出来なさそうだ。ただほんの少しだけ、ドラゴンの持つ神性のようなものが剥がれ落ちたような気がしないでもない。




 カーディルはにやにやと笑いながら聞いた。


「それで、どこまでが本心で、どこからが強がり?」


 ディアスも口元にだけ笑みを浮かべて、


「半々といったところかな。やはり怖いものは怖い。俺の人生、今までドラコンと戦う機会なんかなかったからな」


「誰だってそうよ」


「君が一緒でなけりゃあ泣いて逃げていたかもしれん。俺の戦う目的なんて、惚れた女の前で格好つけることだけだから」


 ディアスが照れくさそうに言った。冗談と本気が、これも半々といったところだろうか。


「あなたに憧れているハンター、あるいは憎んでいる奴が聞いたら卒倒するでしょうね」


「誰も信じやしないさ。下手くそなジョークと思われるのがオチだよ」


 射程内にミュータントが入ると、ふたりの顔からスッと笑みが消えた。回り込み、ガトリングガンを放つ。かつての宿敵、犬蜘蛛の体は一瞬にしてバラバラになった。


 履帯が肉片を踏みつけ頭部を砕き前進する。そこに何の感傷もなかった。


 彼らが見据えるものは新たな敵と、背後でわらう敵。それだけである。




 火竜の討伐はディアスたちに任せた。近くにいるハンターたちも、おこぼれ目当てで援護くらいはしてくれるだろう。


 これで安心、などとは言えないが、後はもう信じる他はない。


 問題は地竜だ。動かないでいてくれるならばこちらから刺激することもないが、何か起きたときにすぐ対応できるよう、周囲に戦車を置いておきたい。


 この要請にいち早く応えた者がいた。意外、納得。相反する感情がマルコの脳裡に湧いて出る。


「俺が行きます」


 と、通信機の中のノーマンが力強く言った。


「いいのかい? 監視とはいえ、奴が動いたら真っ先に戦わなけりゃいけない役目だよ」


「なにを今さら……」


 ノーマンが暗い笑いを漏らした。自分自身を含めた世界の全てを嘲笑わらうような、暗い笑いだ。


(こいつ、こんな奴だったか……?)


 マルコは眉をひそめるが、何も言えなかった。彼が変わってしまったとして、その原因は己にあるからだ。


 ノーマンの自慢、誇りであった美しい姉、シーラはマルコをかばって命を落とした。これからの戦いにマルコが必要だと考えたからこそだ。


 ミュータントの自爆に巻き込まれたときにマルコを庇わなければシーラは助かっていたのかといえば疑問が残るが、ともかくマルコが命を託されたことだけは確かだ。


 それはわかっている。ノーマンにもわかってはいるが、割りきることが出来なかった。


 姉は死に、父は死の運命を受け入れた。


(どうしてお前だけが生き延びているんだ……?)


 マルコに対する理不尽な憎悪が言葉の節々から滲み出てしまう。


 そしてマルコと話した後は決まって自己嫌悪におちいる。どうして自分は生きているのかと。


「まだ生きて、成すべきことがあるということか……?」


 ノーマンは低く呟いてモニターの中の地竜を見やる。ドラゴン、それは死と栄光の象徴。奴を倒したときに進むべき道がわかるのだろうか。


 呪い殺すような鋭い視線でモニターを睨み付ける。


 結局、ハンターの道など血と肉片で舗装されたものでしかない。それがミュータントのものか、仲間のものかは別として。



 

 それからわずか数時間後、彼は生き残ることの残酷さを思い知らされることになる。

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