第202話

 23号が戦場に姿を現しミュータントと戦い始めると人類側の士気はわずかに上がった。ほんの僅かだが、それは砂漠で求める一杯の水のように全体に染み渡る。気休めであり、確かな希望であった。


 バイクにまたがり血刀をぶら下げたアイザックの顔に微笑びしょうが浮かぶ。死神に取り憑かれたようなノーマンにも血色が戻る。他のハンターたちも似たような反応を示した。


 誰もが漆黒の英雄の戦いぶりに魅せられ、勇気をふるい起こした。ディアスたちが、そして自分たちがミュータントを倒す度に勝利へ近づくのだと信じていた。いまだにミュータントは地平を埋め尽くしている。だが、敵の増援はない。いくら倒しても無駄ではないのかと、そうした迷いから解き放たれた意味は心理的に大きい。


 機動要塞の中でマルコもまた、大型モニターに映る23号を眩しげに眺めていた。


(今までトップハンターらしくない、らしくしろと散々言われてきただろうが、なかなか立派な英雄ぶりじゃないか……)


 病院で不安と疲労のため青白い顔をした少年に出会ったのはもう、十年ほど前になるだろうか。十六歳の少年がひとりで抱え込むにはあまりにも重く、はかない命。丸子製作所に押しかけて、自分の命と引き換えに義肢を用意して欲しいと言い出したときは実に驚いた。


 あれから本当に色々なことがあった。カーディルを第一に考えるあまりマルコの言うことを聞かない場面も多々あった。こいつぶん殴ってやろうかと思った回数は両の手では足りないくらいだ。それ以上に、数えきれぬほどに助けられてきた。


(契約で縛って、無理に従わせるようなことをしないで本当に良かった……)


 優しく、義理堅く、誇り高い男だ。自由に動いたからこそ力を存分に発揮できたのだろう。常にマルコの信頼に応えくれたというわけではないが、おおむね満足である。


「司令、主砲装填完了しました!」


 オペレータの報告でマルコは思い出から思考を引き剥がす。


「主砲発射!」


 マルコの号令一下、180ミリ砲三門が咆哮しミュータントの群れに叩き込まれた。小型、中型合わせて十数体が弾け飛び、新しいパズルのピースのように無造作にぶちまけられた。


 凄まじい、そして素晴らしい威力である。機動要塞は指揮車や補給車として扱われることが多かったため、あまり前線に出ることはなかったが、ひとたび牙をむけば凶暴そのものである。しかしマルコの表情はどこか不満げであった。威力が足りないという贅沢な悩みだ。


 荒野を埋め尽くすまでに広がったミュータントを駆逐するには、もっと広範囲にダメージを与えたい。もしも臓物戦車がミュータントに乗っ取られずにこの場にあったらどうか。あの非常識なまでに巨大な砲弾はミュータントを数十体といわず、数百体も吹き飛ばしてくれたことだろう。


(もっと効率的な、大量破壊兵器が欲しい。街にミサイル基地を造るとか、あるいは旧世紀の文献に出てくるような、核兵器とやらを開発するとか……)


 そこまで考えてマルコは自嘲じちょうした。


 大量破壊兵器を抱えたとしてマルコにはそれをミュータント以外に向けるつもりはない。


 だが十年後も同じことを言っていられるだろうか?

 他の議会員も同じ理想を抱いてくれるだろうか?

 後世の人間たちはどうか?


 少なくとも他の街に対する攻撃能力を保有することで、優位に立ったと考えることは間違いあるまい。


 他の街、一番近い所でカリュプスなどはこちらに対抗してミサイルなどの開発を進めるに違いない。こうして、弾丸の一発も撃たないうちに敵対心と緊張感だけが高まってくるということになる。


(文明が一度滅びたというのも、納得できる話だな……)


 滅ぼそうと考えた者がいたわけではあるまい。危機感を覚え止めようとした者はいくらでもいただろう。だが、止められなかった。


 武器を構えた者がふたりいたとして、一方が平和を説きながら武器を捨てたところで、もう一方に蹂躙じゅうりんされるだけだ。いつまでも武器を突きつけあったままではいられないとわかっていながら止められないジレンマがそこにある。


(ミサイル、か……)


 兵器開発の行き着く先はどこにあるのか。そんなマルコの感傷は、オペレーターの悲鳴に似た報告で遮られた。


「大型ミュータント二体、モニターに出ます!」


「二体だけかい。お優しいことで」


 安心と侮蔑の感情を込めてマルコはふんと鼻を鳴らした。大型が数十体などということになれば、本当にどうしようもなかった。


 よくよく考えれば、どこかに工場があってミュータントはそこで生産されているとなれば、当然ミュータントを作るための原料などが必要なはずだ。無から有を産み出すような魔法でも使っていない限り、限界があるに決まっている。


(大型ミュータントというのは、小型中型に比べてよほどコストパフォーマンスが悪いらしいな。既に弱点が知れた奴とか、施設が暴走した結果まともに動けないようなポンコツだと僕としては非常にありがたいのだが……)


 モニターに大型ミュータントが映し出された。マルコは己の祈りが最悪の方向で裏切られたことを知った。どうやら文明と一緒に神までいなくなったらしい。


「なんだ、こりゃあ……」


 獰猛な瞳、巨大な牙と翼。全身が粘液でぬらぬらと光る鱗で覆われている。伝説のなかで語る者は数知れず、見た者は誰もいない。ドラゴンだ。腐った血のような赤黒い鱗の竜と、地の底から這い出たような黄褐色の個体。


「……とりあえず、赤い奴を赤竜、砂のような色の奴を地竜と呼称する」


 動揺する搭乗員たちに、マルコは努めて冷静に言った。名前をつけるというのは大事だ。まず相手の存在を認めることだ、そうでなければ前に進めない。


 マルコは憎悪と嫌悪のこもった視線をモニターに向けた。


「終末戦争ならとっくに終わっただろうが。何しに来やがった……」




 同時刻。ミュータント生産施設の薄暗い地下で、モニターの青白い光に照らされたドクの唇が嗜虐的サディスティックに歪んだ。


「生命を自由自在に弄ぶことが出来るのであれば、作ってみたくなるだろう? 最強の生物というものを」


 悠然ゆうぜんと、時に小型ミュータントを踏み潰しながら進む二体の竜を、ドクは恍惚こうこつとした表情で眺めていた。彼らが人類の残りカスを滅ぼし、己の使命から解き放ってくれると信じて。

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