第199話

「全車散開! 各自の判断で迎撃せよ!」


 本当にこれで良かったのか。マルコは脳裡のうりをかすめた不安を強引に頭の隅へと追いやった。


 戦車は遠距離から砲撃を与える兵器であり接近戦闘を想定したものではない。ミュータントが雪崩れ込み乱戦となった今では隊列を組む意味などない。


 個人主義のハンターたちに連係した動きなど望めるはずもない。むしろ乱戦になった今こそハンターの本領発揮の場ではないか。都合のいい考え方ではあるが、そう信じる他はなかった。


 ハンターたちは味方車輌と大きく距離を取り、戦場は二倍、三倍にも膨れ上がった。味方からの誤射を避けるためには仕方のないことだ。そもそも他のハンターに対して仲間意識があるのかどうかすら疑わしい。


 これは殲滅戦せんめつせんであり、敵の大将を狙い撃ちにすれば勝利というわけではない。ゆえに、ディアスたちが何とかしてくれるだろうという考えも通用しないのだ。


 そこまでわかっていながらマルコの視線はつい23号を追ってしまう。彼らがきっと流れを変えてくれる、そんな祈りにも似た想いを抱いて。




 神経接続式戦車、23号はミュータントのれの中を海を割るように突き進んでいた。それは奇跡と呼ぶにはあまりにも凄惨せいさんな光景であった。


 左右のガトリングガンが吠える度にミュータントの群は薙ぎ倒され、息絶えた者と死にきれぬ者の区別なく履帯に踏み潰され引き千切られた。


 ここは修羅道しゅらどう無間地獄むけんじごく。歩みを止めれば彼らが亡者と成り果てる。


「ディアス、上からくるわ!」


 カーディルの叫びに呼応してカメラを動かすと、そこに映るものは迫る爆弾翼竜。


 ディアスは翼竜の進路上に置くように対空機銃を放つと、翼を数ヵ所貫かれた翼竜は哀れな鳴き声を出しつつ回転しながらミュータントたちの頭上へと落ちた。そして、爆発。


 ミュータントの首や四肢、肉片が舞い上がる中を23号は一気に突っ切って群れから脱出した。


「どうする、もう一回行く?」


「残弾数が心許ない。一度補給しに行こう」


「補給って……、街まで戻るわけ?」


 街までは40㎞以上離れている。帰って、補給して、また戦場に戻るまでにどれだけ急いでも二時間はかかるだろう。


 戦力の要である自分たちがそれだけの間戦場を離れてしまうことも不安であったが、何より高まった戦意を途切れさせてしまうことが嫌だった。


「20㎞地点に班長たちが簡易補給所を構えている。そこに行こう」


「それなら、まあ、うん……」


 渋々、といった調子だがなんとか納得してくれたようだ。


「まだ先は長い。準備は万全にしよう」


「……終わりって、あるの?」


 カーディルの不安に、ディアスは何も答えられなかった。


 敵が減っているのか増えているのか、それすらわからない。まだ大型ミュータントも姿を現していない。人類側の敗北条件はミュータントが街へと雪崩れ込むことだ。では、何をもって勝利と呼べるのだろうか?


 小型ミュータント一匹たりとも残さず殲滅する。そんなことが可能だろうか?


 先の見えない戦いに誰もが不安を抱いていた。


「……俺たちの戦いは、いつだってそうさ」


 呟きながらディアスは追いすがる変異形白猿に照準を合わせ徹甲弾を放つ。足をもがれてのたうち回る白猿を一瞥もせずに23号は走り去った。


「そうね……」


 と、カーディルは小さく頷いた。




 簡易補給所はすぐに見つかった。数十台の大型トレーラーがずらりと並び、その中には弾薬がぎっしりと詰まっている。これは人間とミュータントの戦争なのだと、改めて思い知らされた。整備士たちが忙しなく走り回り怒号が飛び交う。


 補給施設の他に簡易トイレや、長椅子とテーブルの上にテントを張った休憩所などもあるようだ。疲れた顔のハンターたちが項垂うなだれ無言で座っている。いつまでも補給が終わらなければいいと考えてえるようだが、そうもいくまい。


 一応、軽食なども用意しているようだが食欲のあるハンターはおらず、砂混じりの水をぴちゃぴちゃと舐めている。


 案内に従い23号を停車させると、ディアスはカーディルに義肢を付けてから上部ハッチを開けて眉をひそめた。相変わらず容赦のない直射日光、テントが必要な理由がよくわかった。乾燥で喉がヒリヒリと痛む。


 補給は誰に頼めばいいのかと辺りを見回すと、すぐに固太りした髭ヅラの男が近づいて親しげに手を振った。丸子製作所の整備班長、ベンジャミンだ。


「ようお前ら、生きていたか!」


「それ、流行はやりの挨拶?」


 カーディルが苦笑を返す。短い期間で人が死にすぎた。こうして見知った顔に出会うとそれだけで安心する。


 再会の余韻よいんひたる間もなく、ディアスがずいと前に出た。


「班長、燃料弾薬の補給を頼みます。特にガトリングガンの消耗が激しい。ほぼ空っ穴です」


「任せろ、お前らは最優先だ。三十分でやってやる」


「よろしいのですか?」


「よろしいもなにも……」


 ベンジャミンは大きく、少し芝居がかった調子でため息をついて見せた。


「そんなにやる気があるのはお前らくらいだぜ? 他の奴らは一分一秒でも長く居座ろうとしているよ」


 親指で簡易休憩所を差してみせる。そこには二十数名のハンターが居るにも関わらずほとんど会話が聞こえてこない。


「これ、誰かの葬式ですか?」


「自分の葬式になるかもしれないから、ああなったんだよ」


 カーディルとベンジャミンはまた苦笑を見せ合った。笑いはするが、とがめる気にはなれなかった。


 ディアスとカーディルは勇敢ではあるが、死の恐怖を知らないわけではない。むしろ人一倍臆病ですらあった。


 逃げ出したい。

 逃げ場など無い。


 そうして追い詰められた者の気持ちはよくわかる。




 ふたりが休憩所に向かうと、何人かのハンターが顔を上げた。その瞳に宿るものは疲労より怯えの色が強い。


(あまり長居したくはないな。恐怖が伝染しそうだ……)


 とはいえ他に休憩する場所もなく、いつまで続くかわからぬ戦いに備え少しでも疲労は抜かねばならない。


 ディアスはカーディルをエスコートして適当な長椅子に座ろうとすると、近くに見知った顔を見つけた。


「ノーマン、生きていたか」


 つい口走ってしまったその言葉がわれながらおかしかった。やはりこの状況に相応しい挨拶はこれしかないようだ。


 無言で視線を向けるノーマン。その顔に色濃くクマが刻まれ眼窩がんかが落ちくぼんでいた。明らかに疲労している。だが不思議と頼りなさは感じなかった。


 研ぎ澄まされたナイフのように力強さと危うさを同時に覚えた。


 誰かに似ている。カーディルはしばし考え込み、思い当たることがあった。


 もう遠い昔、それでいて色鮮やかな記憶。ミュータントの巣から帰ったばかりのディアスと雰囲気が似ているのだ。


 ノーマンは何も答えない。代わりに彼の対面に座っていた銀髪の少女、操縦手のルールーが、


「どうも……」


 と、頭を下げた。ルールーの隣に居た砲手、ホルストも軽く頷く。数えきれぬ戦果を挙げてきた大先輩に対する非礼は承知の上で、口を開く労力すら惜しいといった様子だ。


 長い長い沈黙。やがてカーディルがつまらなさそうに呟いた。


「この休憩時間が一番の敵かもしれないわね」


「どういう、ことですか……」


 ルールーが顔を上げた。


「戦場という非日常、これに酔っているというか適応しているうちはいいのよ。それが一度現実に引き戻され、また地獄に戻される。こんなことを繰り返していれば人間の心なんてすぐに壊れるわ」


 ピンポンパンと気が抜けるような電子音が鳴った。びくりと肩を震わせたハンターたちの視線が汚れたスピーカーに集まる。


『TD号、補給完了だ。ノーマン、受け取りに来い』


 ベンジャミンのダミ声だ。死刑宣告を免れ数分の猶予をもらったハンターたちが胸を撫で下ろし、ノーマンたちに憐憫の視線を向ける。


 順番が違うだけで行き着くところは一緒だというのに。


 立ち上がらなければならないのか。またあの戦場に戻らねばならないのか。ルールーとホルストが救いを求めるように視線を泳がせるなか、


「ミュータントどもを皆殺しにしなければ、俺たち全員が殺される」


 と言ってノーマンが立ち上がった。ディアスとカーディルにまっすぐ視線を向ける。


「誰かがやらなきゃならんことで、その誰かって奴が俺たちだった。……それだけの話だ」


 ディアスは返事の代わりに力強く頷いた。何かアドバイスでもするべきだろうかと考えていたがその必要も無さそうだ。彼は覚悟の決まったハンターだ。


 死地へと向かい歩き出すノーマン。ホルストが慌てて立ち上がり後を追う。ルールーは途中で振り返り、ぺこりとお辞儀じぎをしてからまた仲間たちを追った。


 途中でノーマンが、


「みんな、壊れてしまえばいい……」


 と呟いたのをディアスたちは聞き逃さなかった。


「変わったわね、あいつ」


「人は変わるものだ。……変わらざるを得なかった」


 カーディルは眼を哀しげに伏せつつ、ディアスの肩に身体を預けた。信じられるものはそこにしかない。

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