DEAD or ALIVE

第197話

 決戦は明朝、プラエドから南南西50㎞地点にて行うと中央議会議長ロベルトから布告された。


 戦闘車輌を保有するハンターは全員強制参加、従わなければハンター資格を剥奪するか逮捕するという強引なものであった。


 今のところ参加予定車輌は450台となっているが、どこまで信用できるかわかったものではない。当日になって『調子が悪くなる』車輌が何台出ることか。


 ハンターには正義も倫理も信頼もない。場合によってはまともな判断力すら期待出来ない。


 ロベルトが中央議会を掌握したのは爆破事件からわずか一週間のことであり、その電光石火の早業にはマルコも舌を巻いたものだ。その間に三人の議会員が不審死を遂げたが、マルコはその件について触れようとはしなかった。


 これだけ手際がよいと、あの爆破事件はロベルトが糸を引いていたのではないかという噂が流れ始めた。だがロベルトはこれを否定しなかった。娘殺しという誹謗中傷ひぼうちゅうしょうすら甘んじて受け止めるつもりのようだ。


 どうしてそんな不名誉な噂をロベルトは放置しているのか。マルコがカーディルにそう聞くと、カーディルは悲しげに目を伏せた。


「きっと、ご自身に対する罰のつもりなのでしょう」


「……わからないな。何故、彼が罰を受けねばならないのか、罪悪感を抱かねばならないのか。僕にはそれがわからない」


 マルコの呟きに、カーディルは何も答えられなかった。


 ロベルトとマルコはすっかり疎遠そえんになってしまった。電話やメールでのやり取りは頻繁に行っているが直接顔を合わせて馬鹿話をするようなことはなかった。


 もう二度と会うこともないかもしれない。ミュータントの迎撃に出て帰って来られる保証もない。


 今になってマルコは微かな胸の痛みと共に理解した。自分はあの人が結構好きで、確かに友と呼べる仲だったのだと。




 午後三時。愛車の最終整備も終えてカーディルが手持ち無沙汰に格納庫を歩いていると、キョロキョロと辺りを見回す挙動不審な少女を見つけた。


 何処かで見たような気がするが思い出せない。さて、誰であっただろうか。


(そうだ、少し前に荒野で立ち往生していた女の子だ……)


 直接顔を合わせたわけでなく、カメラ越しにちらと見ただけなのだ。なかなか思い出せないのも道理だなと考えながら声をかけた。


「ちょっといいかしら?」


「ひゃいッ!」


 少女は面白いくらいに飛び上がった。どうやらカーディルの姿も目に入っていなかったようだ。


「な、なんでしょうか!?」


「そりゃこっちの台詞よ。不審者ムーヴかまして何やってんの。みんな神経質になっているんだからさ、産業スパイに間違われたら裏手に連れ込まれてマワされるわよ」


「産業スパイ? 私が? そんな訳ないじゃあないですか!?」


「訳があるとかないとか、それを判断するのは私でもあなたでもなく疑う側だからね。何か困り事があるなら相談に乗るわよ。一応、ここに出入りするようになって長いから」


 カーディルの落ち着いた雰囲気が関係者であるという言葉に信憑性を持たせたか、少女はカーディルを頼ることにしたようだ。


「あ、申し遅れました、私はチサトと言います。それでですね、ディアスさんという方を探していまして。出来れば偽物じゃなくて、本物がいいのですが」


 なんとなく嫌な予感がした。チサトの慌てた支離滅裂な言葉の中に、滲み出る好意のようなものを感じ取ったからだ。


「ふぅん、ディアスね。もちろん知っているけど、何の用で?」


「以前、荒野で車を失って途方にくれていた時、街まで連れて行ってもらったんですよ! しかもその後、修理した車を格安で譲ってもらえて、本当に助かって……。それで、それでですね! 是非とも直接お会いしてお礼がしたいんです!」


 興奮ぎみに、早口で語るチサトという少女に対し、カーディルの女のカンが危険信号を鳴らす。ただの好意では済まない、こいつはディアスに惚れ込んでいると。


 よくよく考えれば今までこうした話が出てこなかったのが不思議なくらいだ。


 ディアスはこの街のトップハンターであり、人助けをしながら何も要求せずにさっさと帰るということを何度もやっている。恋に恋する多感な少女が憧れを抱く条件として十分すぎる。


 ディアスの性格上、浮気などは絶対にしないだろうし、他の女の気配を漂わせて帰ってきたことなど一度もない。それはそれとして彼に好意を持つ女が現れたのは不快であり不安であった。


 便所の裏に埋めてやろうか。

 きっと綺麗な花が咲く。


 物騒な事を考えながら、カーディルの指先が腰のホルスターを撫で回す。その指がふと止まった。


(私がいなくなった後、この娘がディアスの心の支えになってくれるかもしれない……)


 カーディルが死ねばディアスも死ぬ。何度も話し合って出した結論だが、いまだに心から納得しているわけではない。自分でも彼にどうして欲しいのかいまいちわからないくらいだ。


(彼に好意を持つ女を片っ端から埋めてやろうだなんて発想がどうかしていたわ……)


 カーディルはホルスターから手を離し、痒くもない頭を掻いた。その様子をチサトは不思議そうに見ていた。


「あ、うん、ごめんね。ディアスの話よね。彼は今ちょっと出かけているのよ。ほら、こんな時期だから何かと忙しいみたいでさ」


 嘘である。ディアスは今、作業員控え室にて整備班長ベンジャミンと話し込んでいる。カーディルが適当に歩き回っていたのも彼を待つためだ。


「お礼は私から伝えておくから今日はもう帰りなさい。あなたたちも明日の戦闘に参加するのでしょう?」


「はい。一応、車輌持ちということで……」


 チサトが振り向いた先、白熱灯に照らされたジープには助手席から撃てる9ミリ機銃が取り付けられていた。今日は改造を終えた車を取りに来たのだろう。


 大型ミュータント相手にはどうしようもないが、相手を選べば中型にダメージを与えることが出来て、小型なら薙ぎ払うことが出来る。立派な戦力だ。


 街の存続を賭けた一戦に年端もいかぬ少女たちを戦力として数えることにカーディルは嫌悪感を覚えた。負けてしまえば住民全てがミュータントの餌食となる。戦えるならば戦った方がいい。わかってはいるが、割り切れるものではない。


 急にこの少女が愛らしく思えてきた。ディアスの事を任せるかどうかは別として、死んで欲しくはなかった。


「まずは明日、生き残りなさい。生きていれば会いたいひとに会える機会もきっと来るわ」


「わかりました。あの、あなたは一体……?」


「ただの親切なお姉さんよ」


 まるで意味がわからないが、カーディルがそれ以上語ることは何もないといった態度であるので、チサトもここが引き際かと判断したようだ。


 チサトはぺこりと頭を下げてジープに乗り込み走り去った。


 出入り口のシャッターが閉じられるまで、カーディルは眩しげにジープの轍を眺めていた。




「では、行ってきます」


 決戦当日の朝。ノーマンはロベルトの執務室に出撃前の挨拶に来ていた。


 これが今生の別れとなるかもしれない。自分が死ぬか、父が死ぬか、あるいは両方か。それはわからない。


 無言であった。やつれ果てたロベルトからは何の反応も得られない。俯いてデスクの一点をじっと見つめたままだ。


 ノーマンが去ろうとするとそこでようやく、


「待て」


 と、声がかかった。


「いくつか話しておきたいことがある」


「はい」


「商会をお前に継がせる気はないぞ。他のガキどもにもだ」


 不満はなかった。ノーマンに企業経営の知識は無い。いわゆる帝王学というものも身に付けてはいない。これはろくに顔を合わせたこともない兄弟たちも同様だ。


 食料生産という街の生命線を握る企業のトップが無学無能でよいはずがない。親族経営をスッパリ止めてしまうことに少々驚きはしたが、英断であるとノーマンは理解していた。


「後任はどなたに?」


「学があるのは当然として、ある程度のカリスマ性がある。会社と街、両方の利益を考えられる。そういう人材を用意した」


 だから誰だよ、という顔をするノーマンにロベルトはにやりといたずらっぽく笑って見せた。


「ま、楽しみにしてな」


「そうですか……」


 こうなっては聞き出すことは無理のようだ。相変わらず困ったひとだと思いつつ、変わっていない所があることにどこか安堵するノーマンであった。


「なあノーマン。俺もな、お前の成長が嬉しくないわけじゃあないんだぜ。お袋の卵子に泳ぎ着く以外の努力をしたこともないようなクソガキが、今は背筋をのばして出撃前の挨拶に来ていやがる。立派な一人前のハンターだ」


「出来ればもう少し素直に誉めてください」


「へっ、嫌なこった。俺とお前の関係は死ぬまでこうだ」


 ロベルトは笑いながら何かを思い出したか、もののついでのように言った。


「この戦いが終わったら、俺は中央議会の議長職を降りるぞ」


「せっかく握った権力を手放すのですか?」


「勝つために得た力だ、用が済んだらいらねえよ。それと議長を辞めたら俺は殺されるだろうな。俺を恨んでヒットマンを送ってきそうな奴の心当たりが両手で数えきれんくらいだ」


「……は?」


 あまりにもあっさりと言われたので、ノーマンはその言葉の意味を理解するのに十数秒の時を要した。


「ならば、警備を厳重にしないと!」


「それもいらん。死ぬまでが俺の仕事だ。わかるか?」


「……わかりません」


「俺は暴力を駆使して権力を奪った。そうした人間は許されてはいけないんだよ。惨めに殺される必要がある」


「ロベルト様が権力を欲したのは、街の住民が一丸となって戦うために必要なことでしょう?」


「必要だからやった。それで許されるならば今後、誰もが暴力を行使した後で言うだろうよ。必要だった、とな」


 死を覚悟した人間特有の淡々とした、それでいて力強い声。ある意味でノーマンが持つ父に対するイメージとは真逆のものであった。


(あんたそんな人間じゃないだろう? 他人を蹴飛ばしてでも自分は生き残るって、そういうタイプじゃなかったのか?)


 立派な人間になどなって欲しくはなかった。いつまでも意地汚く生き抜いて、下手をすれば自分より長生きするのではないかと本気で思っていた。


「話しは終わりだ、もう行け。そして二度とここへは来るな」


 突き放したのではない、巻き込まないようにしたのだと、今ならばはっきりとわかる。


「行ってきます。……父さん」


 気安い態度に公私混同を咎められるかとも思ったが、ロベルトは少し驚いたような顔をした後で薄く微笑んで見せた。


「おう、生きて帰れよ」




 様々な想いを胸に丸子製作所の格納庫へと向かうべく廊下を歩いていると、向かい側から書類を両脇に抱えた男が見えた。


「おう、ノーマン君か」


 その男はハンター協会の元会長で、今はロベルト商会の世話になっているスティーブンだった。


「どうもスティーブンさん。なんか、忙しそうですね?」


「ロベルトさんが中央議会の議長になっただろう? じゃあ商会の仕事はどうするのかって聞いたら、『お前がやれ!』って」


「あ、はい。なんかすいません。ロベルト様らしいと言えばそうなんですが……」


「社員の方々に支えられてなんとかやっているよ。ロベルトさんが議長を辞めたら、私の会長代理もお役御免と聞いているからね」


 それじゃあ、と言ってスティーブンは小走りで走り去った。


 ノーマンは二、三歩進んでから足を止めて振り返った。


「マジか……?」


 その時が来れば彼は、会長代理ではなくなるのだろう。

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