第195話
ディアスとカーディルは当てもなく丸子製作所の敷地内をぶらぶらと歩いていた。狩りに出るような気になれず、かと言って家に閉じ籠っていると気が滅入るからだ。
中央議会塔への襲撃と、シーラの
「なんか、実感湧かないわね……」
カーディルがディアスの左腕を掴んでぎゅっと身を寄せる。
「そのうちどこかから、ひょっこり現れるんじゃないかって、そんなことばかり考えているわ……」
「ある日突然死んだと聞かされて、もう二度と会えないと言われてもな」
ふたりはシーラの遺体を見ていない。だがマルコ、ロベルト、ノーマンらの
彼なりにシーラを娘として愛し、後継者として期待もしていたのだろう。種を撒きすぎてどこに何人いるのかわからないとうそぶくほどの子供たちのなかで、常に側に置いていたのはシーラだけだ。
「仇は討ってもらえるんだろうな?」
「ドクを討てという話ならば、その根本ごと」
と、ディアスもはっきりと答えた。
議会塔に突っ込んだミュータントを仇と言うならば、奴は既に自爆して死んでいる。爆弾でも咥えていたのか、首から先がなくなった死体は地上数十階分を落下、大地に叩きつけられた。
残された者たちがやらねばならぬことは、ミュータントを操っていたと思われるドクを不死のカラクリごと葬り去ることだ。
ロベルトはどこか悲しげに、目を伏せて言った。
「最初に会ったときから気に入っていた。やはりお前は頼れる奴だよ。……あいつを、幸せにしてくれなかったこと以外はな」
今さら言っても
ディアスとカーディルも、何も言えずに立ち去るしかなかった。
「そうだ、マルコ博士の様子も見に行こうか」
歩きながらディアスが提案した。
「いいわね。これからのことも相談しておきたいし、様子も見ておきたいし。義足仲間として挨拶しておこうか。まさかあのおっさん、義足がミサイル内蔵とか、無限軌道タイプだったりしないでしょうね?」
「まさかそんな……」
言葉が続かなかった。そんなわけがない。だが1%くらいは可能性があるのがマルコという男だ。
「様子、見に行こうか」
「そうね……」
所長執務室の前へ行き、ノックを三回。返事がない。
「マルコ博士、ディアスです」
もう一度ノックをするがやはり無反応だ。人の気配があるので失礼とは思うがドアノブに手をかけているみた。鍵が開いている。
ディアスはカーディルに眼で合図しながら銃を抜いた。
普段ならば鍵のかけわすれで済ませたかもしれないが、今は何かと危険が漂う時期だ。マルコ博士の身に何か起きたのかもしれない。
銃を構え、ドアを蹴飛ばして突入した。周囲に素早く目を配る。中央のデスク、椅子に座って背を向ける白衣の男がひとり。他に人影は無し。
「こっちを向け。ゆっくりとだ」
狙いを男の頭に定めたままディアスが言った。男は余裕たっぷりといった態度で椅子を回転させた。マルコではない、ドクだ。
「そっちの女がカーディルか。なるほど、噂に違わぬ
「違うな。俺の人生は正されたのだ」
「こんな時に
何がおかしいのか、ドクはくすくすと笑い出した。他人を見下していることを隠そうともしない、嫌な笑いだ。
「ようやく準備が整った。それを言いたくて来たのだが、酷い歓迎だな。文明と一緒に礼儀まで原始時代に戻ったか?」
「議会塔の爆破、やはり貴様の仕業か」
「そう睨むなよ。私は感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないぞ」
ドクが
「直接攻撃されたことによって、惰眠を貪る老人たちも眼が覚めたことだろう。安全地帯など、どこにもない。戦わなければ誰も生き残れないのだと。マルコがどれだけミュータントの脅威を訴えようと、奴らにとっては画面の向こう側の話でしかなかったからな」
今度はドクがディアスに対して責めるような視線を向けた。
「クーデターの話を持ちかけられた時、君は迷わず参加すると答えたな。君たちのことだ、やるといったら本当にやるだろう。だがマルコがどうしてそんな考えを口にしたのか、そこに至るまで追い詰められた苦悩を本当に理解していたか? そうした意味では、君たちとて現状を理解していない老人たちと同罪だ」
「だから、議会塔を襲ったというのか」
「一応教えてやるが、なんの対策もせぬまま戦えば君たちは確実に負けていたぞ。私はこの街の在り方に一石を投じてやったのさ」
「石を投げた、誰に当たるかは知ったことではない。通じるか、そんなもの!」
ディアスの放った銃弾がドクの左肩を貫いた。体がよろめき椅子の上へと崩れ落ちる。だが痛みは全く感じていないようだ。ドクは余裕と軽蔑の表情を浮かべていた。
「君たちの親しい人間が亡くなったことは知っている。実に痛ましいことだ。だがね、もしも死んだのが知らない人間ばかりだったら君たちはこの状況を喜んでいたのではないか? 運は誰にでも平等だ。そして彼女は運が悪かった。それだけの話だ」
「……改めて理解した。やはり貴様こそ人類の敵だ」
「おいおい、何度も言わせるなよ。私はただの観測者だ。敵でも味方でもない。今回に限って言えば君たちに肩入れしすぎたくらいだ」
言い終わる前にドクの右肩が破裂した。撃ったのはカーディルだ。
「ふざけるな!」
カーディルは歩み寄り、黒塗りのデスクを蹴飛ばした。外見こそ見惚れてしまうような美脚だが、人工皮膚の下は鋼鉄の塊である。どかん、と凄まじい音と共にデスクに穴が空いた。
「そうやって人を見下して、
ドクの顔に初めて強い感情が浮かんだ、これは怒りだ。カーディルの物言いは自分が憎んできた旧世紀の権力者たちそのものではないか。そんなものと一緒にされることは心外であり、この上ない
三百年のうちに味わった孤独と絶望、こいつはその何を知っているというのかと。
ディアスがカーディルを落ち着かせるように肩に手を置くと、彼女は軽く頷いて一歩下がった。
「ミュータントがどんな形で襲って来ようとも、それは人間が抵抗し解決するべき問題だ。貴様のお遊びと自己満足で引っ掻き回すな」
「ディアス……、私はお前が嫌いだ。初めて会った時から親近感と嫌悪感を同時に感じていた。その理由が今、はっきりとわかった!」
ドクは憎しみを込めてカーディルを睨み付けた。ただ侮辱されたというだけではない、もっと深く暗いものがそこにあった。上位者ぶった余裕はもう欠片も無い。
「お前だ! お前の存在が私を苛立たせる! お前らがどれだけ愛だの信頼だのとほざこうがな! そんなものは世界のうねりに
ふたりが互いに庇いあう姿がたまらなく不快だった。ドクが遠い遠い昔に手放さなくてはならなかったもの、その記憶を呼び覚まされることが何よりも許せなかった。
カーディルを指差し、吠えるドクの両目に二発の弾丸が撃ち込まれた。ディアスとカーディル、それぞれが持つ拳銃から
両目から血を流し、だらりと舌が垂れた死骸にカーディルは吐き捨てるように言った。
「知っているわよ、そんなことくらい……」
どうしようもない絶望のなかでも、ずっと手を握り続けてくれた男がいる。それがカーディルにとっての愛であり、誇りであった。一日たりとも忘れたことはない。
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