第192話
以前、半ば冗談でカーディルが聞いたことがある。もう半分は本気であったが。
「私が死んだ後、あなたはどうする?」
するとディアスは指でL字を作り側頭部に当てて、
「お墓の前で一晩泣いて、夜が明けたら自殺するよ」
と、迷いなく答えた。
これはカーディルにとっては複雑な心境であった。自分をそこまで想っていてくれるのはありがたいが、一方で愛する人には生き延びてほしいとも思う。
手足を失ったばかりの頃に一緒に死んで欲しいと頼んだことはあったが、あの時とは状況が違う。
(かといって、私が死んだ後にディアスが他の女をこの家に連れ込んだりしたら……。化けて出るわね、確実に。呪うわ)
腕を組み、頭を捻るカーディルであった。
「ディアス、あなたはそれでいいの? 私はあなたがいないと生きてはいけないけど、あなたは私がいなくても生きていけるでしょう?」
と言って義肢で義足を叩いて見せた。
「君がいなくなれば俺はただの脱け殻に戻るだけさ。自殺という言い方が悪かった。命を使いきって、役目を終えるだけだな」
そう言いながらディアスは微笑んだ。少々場違いな感想ではあるが、カーディルはディアスの笑顔を本当に魅力的だと感じていた。
君が死んだら後を追う、そんな約束は大抵が反故にされるものだが、この男に限っては本気でやるだろうといった確信に近いものがあった。
結局この約束が果たされることはないのだが、ふたりに未来を見通す力などない。
ドクを射殺してから数日後、ディアスとカーディルは揃ってマルコの執務室を訪れていた。
「前に殺した奴とまったく一緒なんだよねぇ……」
マルコが困惑した表情で言った。同じとはどういうことかと、ディアスとカーディルは顔を見合わせる。
「DNAの配列がさ、一卵性双生児ですら絶対にあり得ないってくらいに一致していたのさ。つまりは精油施設で首をはねられた奴と、カフェで眉間を撃ち抜かれた奴は同一人物ということになる」
「同一人物が二度死んで、死体も二つあるということですか?」
カーディルがやや早口で聞いた。
「何を言われているのかさっぱりわからないが、そういうことだ」
「死体が残っているということは、ゾンビになって蘇ったとかではなさそうですね」
「首をホルマリン漬けにして持ち帰ってよかった……、なんて台詞を吐く日が来るとは思わなかったよ。現物がなければ僕もゾンビ説を信じていたかもしれない」
マルコは分厚い書類をデスクに放り投げた。そこにあるのは異常なし、という異常な結果だけだ。
「おとぎ話に出てくるような、クローン人間ということでしょうか。あれって、現実に出来るようなものなんですか?」
「旧世紀の技術ならば、あるいはといったところかな。しかし記憶や人格は後天的なものであるし、そうした意味では同一人物であるはずもないんだよなぁ……」
視線を宙に放ってしばし考えるが、現時点でこれ以上わかることは何もなさそうだ。
ここでようやくディアスが重い口を開いた。
「こうなると二度あることは三度あるといいますし、ドクは何度でも我々の前に現れそうですね」
「三度目の正直とか、仏の顔も三度といきたいところだがね」
「荒野には神も仏もいませんから」
「泣けるね、まったく」
マルコは肩をすくめて見せた後で急に真剣な顔をした。
「ドクの不死性についてはとりあえず置いておこう。問題はディアス君が聞いた、ミュータント製造施設の暴走、その可能性というやつだ」
ディアスは深く頷いた。何が起きるかはわからないが、ろくでもない話であることだけは確かだろう。
今まで個別に襲ってきたミュータントが徒党を組めばどうなるのか。多数のミュータントを同時に相手をしたことは何度かあるが、それもあくまで数が多かったというだけの話であり、作戦や陣形をとったものがあるわけではなかった。
あるいは、大型ミュータントが複数体現れればどうなるか。たとえば肉の巨人と臓物戦車が同時に襲って来れば対処する方法はないだろう。
最悪の想像というものが際限なく湧いてくる。
「AIが故障して、そのまま沈黙というパターンはあると思うかい?」
「まず無いでしょう。ドクは人間とミュータントが争う所を楽しんでいます。わざわざ忠告に来たのはゲームを公平にするためでしょう。無防備な所を教われて一方的に倒されるのではつまらないから、と」
「じゃあ何で、そのまま止まるかも、などと言ったんだい」
「何もしなくても助かるかもしれない。そうした都合のいい可能性を残すことで我々が動揺するのを期待してもいるのでしょう。あれは、そういうところのある男です」
ドクの評価に対して少々私情が入っているかもしれないなと思いつつも、ディアスは己の考えに自信を持っていた。生産施設は暴走し、必ずこの街に仇を成す。
「そうか、そうだよなあ……。僕だって本気で信じたわけじゃないが、心の端っこで何事もなく終わることだってあるんじゃないかと期待していたよ。信じたのではなく、信じたがる心理とでもいうのかな」
マルコは苛立ったようにぼりぼりと頭を掻きむしる。もう何日も風呂に入っていないのか、黒塗りのデスクにフケが撒かれるが、ディアスたちは見ないふりをした。
「僕たちに出来ることは戦力を備えることだけだな。中央議会にも話は通しておくが、お偉いさんが一致団結なんていう展開には期待しないでくれ」
その声はどこまでも暗かった。結局、自分たちは今まで何をしてきてのだろうか。
ミュータントの記録映像を撮り危険を訴えてきた。多くのハンターを遠征という形で巻き込んで交流してきた。理解者は少しずつ増えてはいるが、街全体が一丸となるには程遠い。
全てが徒労だったのかと叫び出したくなる夜もあった。
カーディルが少し無理したような明るい声で言った。
「考え方を変えましょう。希望が無いわけではありません。パンドラの箱というやつですよ」
「……何だって? いや、その伝説は知っているが、何の関係があるんだ?」
「ミュータントがもしも一斉に襲ってきたならば、逆に考えればその方向に生産施設があるということになりませんか? 無論、敵がまっすぐ一直線に来てくれるとは限りませんが、ある程度の目星は付くでしょう?」
「箱は工場、希望は地図。溢れる災厄がちょっとシャレならないけどね……」
希望と呼ぶことすら
マルコの思考は現実に引き戻され、深くため息をついた。
「何でこう、僕たちだけが苦労しなけりゃならないかな……」
「え?」
「ずいぶんと前……そう、人馬だったかな。あのミュータントを倒した時にも言ったことだが、危機感を持った人間にだけ負担がかかり、何もしない奴らは金を温存して肥え太るとか、明らかにおかしいだろう?」
カリュプス遠征時にロベルトが、この戦力で中央議会を占拠してしまえばどうかと提案したことを思い出す。無論、冗談であろう。だが議会に対して不満が無ければ出てこないはずの冗談だ。
「いっそクーデターでも起こすか……」
マルコの唇から漏れた物騒な言葉にディアスは、
「その時はお供します」
と、ハッキリと答えた。
「……こういう時、常識的なことを言って嗜めるのが君の役目というか、立ち位置だとおもっていたが」
「俺も少し、怒っているのかもしれません」
武力を持った男にそう言われて、マルコは逆に頭を冷やした。目の前に危機が迫っているからといってクーデターを起こして意思を統一しようなどと、そうそう上手くいくものではない。下手をすれば街が滅びる引き金をマルコ自身が引くことになる。
「冗談だよ、忘れてくれ」
そう言って手をひらひらと振ってみせる。話は終わりだ、という意味だ。
ディアスとカーディルが一礼して去った後のドアを、マルコはいつまでもじっと睨み付けていた。
ただの冗談で済ませてよかったのか。そんな後悔がいつまでも拭えずにいた。
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