鋼の珊瑚礁

第188話

 白熱灯に照らされた、ふたつの裸体。


 女は男の膝の上に乗り、向き合い、突き出した舌で相手の舌を愛撫あいぶするようにからみ合わせる。


 男の手が伸びて豊かな乳房に触れると、女の腰が繋がったままビクリと跳ねた。


「ディアス、好きぃ……愛しているわ……」


 カーディルの唇から熱に浮かされたように呟きが漏れる。互いの吐息を混ぜ合わせ、また咥内こうないむさぼるように舌を差し入れる。


 どれだけ求めても足りない。そんな焦りにも似た感情に突き動かされるように腰をくねらせ、ディアスの背に回した義肢をぎゅっと抱き寄せた。ディアスの手がカーディルの丸い尻を軽く撫でてから、支えるように掴む。


「あっ……ん、んん……」


 頭のなかで何かが弾けた。カーディルの腰が二度、三度と跳ねて震えた。男女の体液、その熱い混合液が太腿を伝わり落ちてベッドを汚した。


 息を整えながら互いの顔を見ると自然と笑みが零れ、カーディルは汗で張り付きほぐれた黒髪をかき上げ、また唇を重ねた。




 丸子製作所の敷地内、倉庫を改造した自宅である。プラエドの街に戻ってきてから一週間、狩りに出ることもなく部屋に閉じこもって食べる、寝る、抱き合うを繰り返すだけの生活を送っていた。


(こりゃあ、まずいなぁ……)


 カーディルはベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めながら考えていた。何がまずいかといえば、居心地が良すぎることが非常にまずい。ミュータント狩りに出ようという気がまったく起こらないのだ。カリュプス遠征時の巨人との戦いですっかり燃え尽きてしまった。


 ミュータントが絶滅したわけではないのだ、むしろミュータントの生産工場などといった不穏な情報が入ったことで、やらねばならぬことはますます増えたはずなのだが、肝心のやる気が出ない。


 以前、戦車が大破した時は三ヶ月近く休んでいたものだが、あれは新型の調整待ちという理由があってのことだ。今のようにやるべき事から目を逸らして怠けていた訳ではない。


「ねえ、どうしようか?」


 台所で野菜スープを温めていたディアスの背に声をかける。


「次のミュータント狩りはどうするか、という話か?」


「そう、そうなんだけどやる気がね。ヤる気はあるけど殺る気が出ないというか。わかってくれる、この気持ち?」


 テーブルに湯気が立ち上る器がふたつとパンが置かれた。それを見てカーディルは初めて自分が空腹であることに気が付いた。


「わかるさ。あんな戦いの後だからな。やらなければ、という空っぽの言葉に気持ちが入っていかないんだよな」


「そうよね、うん。やろうやろうって言うばかりでね……」


 野菜スープを口に運ぶと、塩コショウが利いて野菜の甘味も滲み出た濃厚な味が広がった。温かい、安心できるような味だ。


(スープまでが私を堕落の道に誘惑するかぁ……)


 怠惰な生活を送ってはいるが、ミュータントへの憎しみを忘れたわけではない。その相反する感情が焦りとなって胸のなかでくすぶり不安をかき立てる。


「まず、出来ることから始めたらどうかな」


 ディアスが妙なことを言い出した。カーディルがちょこんと首をかしげる。


「戦車に乗って街の外に出る。出撃はするが、特にミュータントを探すでもなく適当に走って街に戻るとか」


「……それ、何の意味があるの?」


「意味が無いからいいのさ」


 そういうものだろうかと考えながらパンをかじっていると、ふと思い付いたことがありカーディルは顔を上げた。


「ディアス、いい金儲けの方法があるわ!」


「金、儲け……?」


 ハンターにとって金銭を得る手段とは基本的にミュータント討伐であるが、どうもそういったものとは違うようだ。


「私たちの23号ってほら、とにかくパワーがあるじゃない? それこそ戦車の2輌や3輌牽引出来るくらいに」


「複数牽引するのはお勧めしないが、パワーがあるのは確かだな」


「でしょう? だから放置された車輌を見つけたら私たちが持ち帰って丸子製作所に売り付けるの。それを修理してまた売れば丸子製作所もハッピー、みんな幸せってわけよ。どう?」


 この街には車輌の回収業者がいるが、大型トラックに護衛の戦車が複数といった大部隊で行動するために、依頼するだけで大金がかかるのだ。車の種別によっては新しく買ったほうが安い場合もある。


 そうして放置されたままの車輌を安く手軽にリサイクル出来るならば、儲ける手段として悪くないかもしれない。


 また、カーディルの広域レーダーを使えば金属反応を拾うことも容易たやすいだろう。


「明日、マルコ博士に相談してみるよ。こういう計画があるのでどうですか、と」


「いきなり壊れた車を持ってこられても困るでしょうしね。うん、いいね、いいね。なんだか楽しくなってきたわ。んふふ」




 翌日、マルコに儲け話を持ちかけてみると、彼はディアスたちが少し引くくらいに食いついてきた。


「そいつは盲点だった! やろう、是非ともやろう!」


「そんなに、ですか……」


 カーディルが半ば呆れながら聞くと、マルコはさらに身を乗り出して言った。


「拾ったものなら元手はタダだ! いや、もちろん君たちに謝礼は出すがね。それでも格安で車輌が手に入る! つまりそいつをぶっ壊しても誰も文句は言わないということだねぇ!?」


 興奮で少し眼鏡がズレているが、そんなことはお構い無しとばかりにマルコは演説を続けた。


「ダメで元々っていう感じの無茶な改造とかも遠慮なく出来るんだ! ははっ、作っちゃうか! レーザー兵器搭載型戦車とか!」


 情熱の導くままに高笑いを続けるマルコ。


 ディアスとカーディルは顔を見合わせた。開いてはいけない扉を開いてしまってのでは、と。

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