第186話

(なんでドアがぶっ壊れているんだ……?)


 マルコが中央管理室に足を入れると、腐りかけた血の臭いがぷぅんと広がった。これでも外よりはマシだというのだから笑えない。


 足元を見ると、そこには白い光に照らされた首なし死体が転がっていた。アイザックが斬り殺した白衣の男、ドクの死体が放置されたままだ。


 その死体にマルコは違和感を覚えた。これは人間の死体だ、サイバネ医師であるマルコが間違えるはずはない。だがなんとなく人形のように見えてしまうのだ。つい昨日まで生きていたのだとは思えぬ、ただの脱け殻だ。


(何を馬鹿なことを……。死後硬直しているからそんな風に見えるだけだ)


 邪魔な死体を足で押しやって、マルコは着席し監視カメラの操作を始めた。


 ありがたいことに48時間前まで映像を記録するタイプだ。亡霊戦車や巨人との戦いの記録がしっかりと残っている。戦闘中に監視カメラの半分くらいが破壊されていたが、それでも貴重な映像だ。


(おいおいおい、こりゃあもう三ヶ月くらい編集作業で動けないぞ。こりゃ参ったなぁ……)


 マルコは嬉しそうに困りながら現時点での映像を全て保存した。管理室へ来るのが半日遅れていればお宝映像が上書きされて消えていたのかと思えば、怯えながらも報告を怠らなかったハンターには感謝しかない。


 バイクが置き去りにされたBー5地区は巨人との戦いから少し離れた場所にあるのでカメラは無事であった。


 カメラに映る黒こげのバイク。肉の部分はすっかり消し炭となったようだ。


 巻き戻し、一時停止、早送りと繰り返し、バイクの持ち主が数体の肉人間に取りつかれ引きずり下ろされる場面が見つかった。


 ハンターはもがき、なんとか振り解こうとするが肉人間とてミュータントの端くれである。筋力は向こうのほうがずっと上でびくともしない。肉人間が一斉に貪り喰らう。助けを求めて天に掲げた右手はそのまま千切れた。ハンターの悲鳴が徐々に小さくなり、骨まで残さず喰らい尽くされるまでわずかに数十秒。


(うへぇ、酷いグロ映像だ。ロベルトさんならこういうの喜ぶのだろうけど、平和主義者の僕にはちょっとね)


 喰い終えた後は何事もなかったかのように肉人間は散って行った。ただ一体だけが残り、倒れたバイクに覆い被さった。そして肉人間はドロドロと溶けてバイクの隙間に入り込んだ。


 しばらく待つが何も起こらない。


 映像を早送りすると、やがて肉が盛り上がってきた。パーツが膨らみ、弾け、脈打つ臓器が現れた。エンジンと一体化した心臓だ。


 マルコは息を飲み、映像に見入っていた。生命の神秘、あるいは冒涜の全てがここにある。


 鼓動が少しずつ力強くなり、バイク全体に血管や筋肉が張り巡らされた。


「美しい……」


 無意識のうちに呟いていた。憎むべき人類の敵、グロテスクな寄生がどうしてこうも心を揺さぶるのか。そうだ、これが命の輝きだ。


 見覚えのあるハンターが腰を抜かしたところで映像を止めた。後はマルコも知っての通りである。


「肉人間がただの嫌がらせで配置された訳ではないだろうとはわかっていたが、寄生して乗っ取るためだとはねぇ……」


 周囲には誰もいない。マルコは自分の考えを整理するために言葉に出した。他に居ない訳ではないが、残念ながら首だけである。


 肉人間が液状になれるのであれば、戦車などにもじわじわと染み込んで寄生することも可能であろう。マルコは納得して頷いた。研究者にとって正解に辿り着くことは一種の快楽でもある。それがどんなに悪趣味な結果であったとしてもだ。


「ミュータントの繁殖にも色々あるもんだ。人間を食って体内で変質させる奴、まゆで包んで変化させる奴、ドクの言葉を信じるならばどこぞの工場でも生産している訳だ。あるいは小型ミュータントなんかは普通に交尾をしているかもな」


 そこまで言ってから苦笑を浮かべ、


「見たいような、見たくないような。いや、やっぱり研究者としては一度くらいは見ておきたいかなぁ……」


 複数の生物の特徴を持つミュータントの交尾がどういうものか想像が難しく、頭の中でうまく形にならなかった。たとえば犬の頭と蜘蛛の体を持つ生物が二体いたとして、さてそこからどう絡ませたものか、と。


 マルコは保存したデータを抜き取り立ち上がった。素晴らしい映画を見た後のような、静かな高揚感を胸に抱き、出口へと歩を進める。


 ふと、首だけのドクと目が合った。憎悪や驚愕ではない、何か面白いものを見つけた男の顔をしている。マルコにもよく覚えがある。


「……出来ればもう少し悔しそうな顔をしてくれないかね。人と兵器の融合、人とミュータントの融合。その対決という意味では僕の勝ちだ」


 生首が答えるはずもなく、マルコはこいつの死体をさっさと片付けさせようと決めて中央管理室を出た。


 途中で気になって引き返し、部屋のなかを覗いたりもしてみたが、死体が勝手に動いているなどということはあるはずもなかった。

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