荒野祭

第185話

 カリュプスから精油施設へ向かう数十台のトラック。その荷台には武器を担いだハンターや、不景気で仕事を失った住民が詰め込まれていた。一台につき四、五十人は乗っているのでほとんど身動きが取れない状態で長距離を揺られてきた。これだけでもかなりのストレスだ。


 彼らに与えられた仕事は徘徊する肉人間の殺害と周辺の調査、安全確保。巨人の死骸である腐肉の廃棄、焼却である。


 精油施設の奪還を厳命されていたハンター協会の会長、ゲオルグとしては施設の再稼働を優先させたかったが、これはロベルトとマルコから殴りかからんばかりの勢いで必死に止められた。腐肉を放置していると肉食蝿が取り返しのつかないレベルで大量発生するからだ。


「蝿が死骸を始末してくれるなら、それでいいじゃないですか」


 などと気楽に言ったゲオルグは今、機動要塞の中で半ば強制的に蝿蛙はえがえるとの戦闘記録を見せられていた。


 彼も昔は優秀なハンターであったはずだが、この地方には蝿蛙のような肉食蝿を操る存在は居なかったようで、肉食蝿を単なる荒野の掃除役くらいにしか思っていなかったようだ。数が揃えば人間など一瞬で食らいつくされるということを改めて叩き込まねばならない。


 カリュプスの労働者たちにはまずシャベルとバケツ、ゴム手袋にゴム長靴、そして申し訳程度の臭気対策として布マスクが配布された。出来ればガスマスクでも与えてやりたかったが、そんなものを大量に用意できるはずもない。


 腐肉をバケツに詰めて簡易集積所に持っていけば、パンがひとつ買える程度のクレジットが受け取れる。何度も繰り返していればそれなりの金額にはなるだろう。


 山のように集められた腐肉はガソリンをかけて燃やす。施設のあちこちからどす黒い煙が立ち上っていた。


「また金がかかるなあ……」


 モニターを見ながらゲオルグが暗い声を出した。まるであの黒煙の下でクレジットが燃えているような気分だ。


 対照的にロベルトは気楽な調子で言った。


「いいじゃねえか。雇用を作り出して市民に生活費をばら撒くことが出来た。大事なことだぞこれは」


「そうですね、ええそうですとも。費用をどこから捻出するかを考えなければ私も素直に喜べるんですが」


 そのとき見回りのハンターから通信が入り、ゲオルグは舌打ちをしながら通信機を鷲掴みにした。


「こちらBー5ブロック、不審物を発見しました!」


「不審物ぅ? 今この場で不審じゃない物のほうが珍しいぜ。で、一体何だ?」


「は、それがそのぅ……バイクが横倒しになっていまして」


「そりゃあな、バイクに足は生えていねぇんだから、倒れたらそのまんまだろうよ。で?」


 恐らくは巨人戦に参加したハンターの物だろう。戦闘用バイクで参加した者は四人ほど居たが生き残ったのはアイザックのみであり、他は亡霊戦車の機関銃で撃ち抜かれたり、肉人間にバイクから引きずり下ろされて貪り喰われた。


「バイクに、その、剥き出しの肉とか、心臓みたいなのもあって脈打っていてですね……」


 ハンターの声は震えている。ロベルトたちは感覚が麻痺しているが、機械と臓物の融合体など初めて見たら怯えもするだろう。


 座ったまま、うつらうつらと居眠りをしていたマルコがカッと目を見開き、ゲオルグの手から通信機を引ったくった。


「今すぐそっちに向かうから、君は引き続き監視をしてくれ。怪しい動きを見せたら射殺して構わん!」


「射殺って、え? こいつミュータントなんですか!?」


 新米ハンターの泣き出しそうな声には答えず、さっさと通信を切ってしまった。


「ロベルトさん、バイク借りますよ」


 機動要塞内には緊急脱出用のバイクが数台格納してある。幸いにして逃げるために使ったことはないが、整備は欠かしていないはずだ。機動要塞の後部へ行きバイクにまたがると、轟音を響かせ白衣の裾をはためかせながら精油施設の奥へと走り去った。


「マルコさんって、あんなアグレッシブな人でしたっけ……?」


 ゲオルグが呆れたように言うと、


「走っていなけりゃ置いていかれるような気がするんだろ」


 ロベルトの言葉には、ゲオルグはわかったようなわからないような顔で頷いた。先日の激しい戦いを見せられ、自分も何か行動を起こさなければという焦燥感はゲオルグの中にもある。何かがしたい。激しく、前向きに。


「……よし、ちょっと掃除を手伝ってきます」


「そりゃあ会長の仕事じゃないんじゃねえの?」


「現場視察みたいなものですよ。それに、ここで置物になっていても役には立ちませんから」


 どこか晴れ晴れとした顔でそう言って、本当に出て行ってしまった。


 ひとり残されたロベルトは周囲を見回してから、


「俺も何か……」


 と、腰を浮かそうとするが、後ろからメイド兼秘書に肩を掴まれた。


「ダメです」


「いや、ほら、俺もな? 現場を知っておく必要があるっていうか……」


「総責任者に勝手にうろうろされてはむしろ迷惑です」


「あ、はい……」


 有無を言わせぬ口調であり、反論する材料を持たぬロベルトは大人しく従うしかなかった。




 まるで激しい尿意を我慢しているかのように、男は周囲に目を配り体をもじもじと動かしている。脈打つミュータントなど見たくはないが、目を離すわけにもいかない。エンジン音が近づいてようやくほっと胸を撫で下ろすことが出来た。


「やあ、それが報告してくれたミュータントかい?」


 面倒なことになった、という口調だが何故かマルコの細い目が笑っているようにも見えた。


「こいつは確かに昨日戦っていたカリュプスのハンターのものだ。それが今ミュータントに乗っ取られて肉と融合している真っ最中か。ふむ、戦車が乗っ取られた時は数日かかったがバイクはどうなんだ。今すぐにでも動き出しそうじゃないか」


 洒落シャレにならない物言いに、ハンターが『げぇっ』と唸る。こいつがむっくりと起き上がって機関銃を乱射するところを想像してしまった。


 マルコは懐から拳銃を取り出し、バイクミュータントの心臓を撃ち抜いた。二度、三度と放ち、心臓から血が吹き出すが鼓動は止まらない。


「臓器を直接撃たれても死なないか。流石はミュータント、厄介だねえ。ふ、ふふ……」


 不気味な含み笑いを漏らしながらマルコは無造作にポケットに手を突っ込んでクレジットを掴み出し、ハンターに握らせた。


「悪いが君、こいつにガソリンぶち撒けて燃やしておいてくれたまえ」


「うほっ、こんなによろしいので……?」


 恐縮するハンターの肩をポンと叩いて、マルコはまたバイクに跨がった。


 非戦闘員がひしめくこの地で機関銃を備えたバイクが暴れまわったらどうなるか。そう考えればハンターに与えた報酬が高いとは思わない。


 つい先程まで怯えと面倒臭さが表情に張り付いていたハンターが、今ではガソリンを持って来てテキパキと俊敏しゅんびんに動いている。その姿はもう頼りない新米ハンターではなく、己の使命を見つけた男のものだ。


(やはり現金だ。現金は恐怖を取り除きやる気を引き出す効果がある……)


 微笑ましく眺めながらマルコは通信機を取って機動要塞に依頼した。大破した車両を見つけてミュータントに寄生されていたら燃やし、無事であれば回収して修理、その後で売り払おう。


(気になるのはやはり、いつ、どのようにして寄生されたかだな。その様子をじっくり見たいものだが……)


 そこでふと思いついた、監視カメラだ。あそこにならば、あのバイクが寄生される場面が映っていたかもしれない。


 マルコは己の思いつきに興奮していた。ミュータントの謎、世界の真理がまたひとつ自分の手で解明されるのだ。


「よし、よし! 中央管理室だ! 行くぞぉ!」


 笑いながら走り去るマルコの背を、ハンターはぽかんと口を開けて見送った。

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