第184話
現金な連中と呼ぶべきか、あるいは機を見るに
特にカリュプスのトップハンターチームの怒りは凄まじく、ここぞとばかりに仲間を失った怒りを叩きつけた。
彼らは戦車6輛を有したチームであったが、この戦いで半数の3輛を失った。脱出出来た者がいる一方で、巨人に食われたり逃走中に肉人間に捕まって引き裂かれ殺された者も多数いた。
「殺せ、ぶっ殺せぇ!」
作戦も何もない、ただひたすらに撃ちまくった。仇を討ってやりたかったが敵の再生能力や炎と瓦礫に阻まれ思うように動けなかった。そうしたフラストレーションを全て解放し、全砲弾を使いきる勢いで砲身が唸る。
巨人の腕に、足に、脇腹に大穴が空き、肉が盛り上がりぶくぶくと膨れ上がった。もうまともに身動きの取れぬ、顔のついた巨大な芋虫のような形と成り果てた。
増殖する肉も尽きたか、身体中のあちこちから赤黒い液状の肉がピューと吹き出し地面を濡らした。
絶望に顔を歪ませた巨人が酸素を求めて息を荒くしながら叫ぶ。
「おい、何をしている! 早くコントロールを……肉体を元の形に戻せ! おい、聞いているのか!?」
巨人はドクの本名を知らない。王は奴隷の名など尋ねぬものだとうそぶいた結果、助けを求める相手の名すらわからない。
王の号令に
カーディルが哀れむように呟いた。
「人間であった頃は、あれで何もかも上手くいっていたのでしょうね……」
「世界も人も変わった。何故、自分の権力だけが永遠だなどと無条件で信じることが出来るのだろうな」
言いながらディアスは照準を巨人の顔面へと合わせる。巨人の手足が潰れ顔の位置も下がっているので、主砲の届く角度となった。
ディアスの殺気を感じ取ったかのように、巨人は振り向き憎悪を込めて23号を睨み付けた。こいつだ、いつまでもちょろちょろと動き回り攻撃をし続けた戦車。こいつさえ居なければ雑魚どもはとっくに恐れをなして逃げ出していたかもしれないのだ。
「エリートの、足を引っ張り……文句だけは一丁前に垂れ流す愚民どもが! 世界を導く存在に逆らう罪深さを知れ!」
残った命を言葉に込めて、息も絶え絶えになりながら呪いを吐き出した。
しかしそんな言葉はディアスには届かない。彼は冷笑をもって応えた。
「世界を導くだと? 滅んでいるじゃねぇか」
怒りで少々ガラの悪くなったディアスの指が発射装置にかかる。文句を言うためだけに正面を向いてくれたのはむしろありがたい。
「あばよプレジデント、リコールだ」
轟音と共に放たれた榴弾が巨人の鼻柱に突き刺さり、大爆発を起こした。
「ぐあ……あぁぁぁ……ッ!」
巨人の目玉も歯も飛び散り、全身の肉が溶けだした。人とは思えぬ歪な形の骨が剥き出しとなり、支えを失って崩れ落ちた。
不死身の巨人は死んだ。彼が生きた証は、周囲に撒き散らした悪臭のみである。
「終わった、のか……?」
誰かが呟いた。
いつまで待っても歓声などは上がらない。ようやく悪夢から解放されたのだという安心と脱力感があるだけだ。悪夢に引きずり込まれた者は、二度と帰ってこない。
この布陣ならば誰が相手でも絶対に負けないと意気込んでいたプラエド、カリュプス連合軍であったが、終わってみれば三分の一にまで減ってしまった。残った戦車も満身創痍、勝者よりも敗残兵と呼ぶのが相応しいような有り様である。
言葉を失う機動要塞のメンバーへ、ディアスから通信が入った。
「全車、撤収します。細かい話は全て後日ということでよろしいですね?」
許可を取っているわけではない。これはただの報告だ。ハンターたちはディアスが言いづらいことを率先して言ってくれたことに安堵の吐息を漏らしていた。
ロベルトたちとしてはまだ肉人間の始末や周辺の調査をしたいところであったが、無茶な命令を下せば今度は自分たちが標的にされかねない剣呑さを感じ取り承諾するしかなかった。激戦をくぐり抜け、疲労と興奮を同時に抱えた人間は何をしでかすかわかったものではない。
「わかった。燃料補給や修理が必要な奴は指揮車に寄ってくれ、対応する。細かい金の話なんかはまた後日だ。以上、解散、勝手にしろ!」
ロベルトの宣言でようやく弛緩した空気が流れた。終わったのだという実感がほんの少しだけ湧いてきた。この場を放置して去ることに若干の不安と未練はあったが、今出来ることは何もない。
余談であるが、化学工場を守り抜いたという功績の前にハンターの命など
ぼんやりとした緑色の光が浮かび上がる、薄暗い地下研究所。『ダウンロード完了』という電子音声が流れ、培養槽の中でひとりの男が目を覚ました。
十数個の培養槽に、同じ数だけの同じ人間。そのうちのひとつから培養液が流れ出し、全裸の男が視線を左右に動かしながらゆっくりと歩み出た。
光の加減か、青白い顔がますます不気味に見える。濡れた長髪を無造作にかきあげ、床に落ちていた白衣を拾って羽織る。
「いや、まさか義手に銃を仕込んでいるとはなぁ。この時代の連中は馬鹿なんじゃないのか?」
男の唇が楽しげに吊り上がる。
その男、ドクはアイザックに首を斬られてからの記憶はなく、あの戦闘がその後どうなったのかを知らない。だが彼は連合軍の勝利を確信していた。恐ろしいまでに動きのよい戦車が2輛あった。彼らにかかれば再生能力を失った肉ダルマなど敵ではないだろう、と。
「プレジデントはさぞかし苦しんでくたばってくれたのでしょうなぁ。結構なことだ、実に素晴らしい」
そこまで言ってからドクは悲しげに目を伏せた。今までのふざけた口調が消え、瞳に一瞬だけ理性の光が宿る。
「それでも、人類が受けた痛みの一億分の一にも満たないのだろうな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます