第183話
必殺の刃にドクは倒れた。
切り離された首と体。アイザックはサムライソードの先で死体を突いてみるがピクリとも動かない。死んだのだ。触手が生えて動き出す、などということもなかった。
(つまりこいつは普通の人間だったということか……?)
今になって心臓が激しく収縮し、呼吸が荒くなる。緊張感に塞き止められていた汗がどっと吹き出した。
銃を抜くスピードが尋常ではなかった。まるで手品のようにドクの手に拳銃が現れたのだ。あれほどの早撃ちが出来る人間は他にひとりしか知らない。
銃弾を義手で受けるか、最悪体で何発か受けながらぶった斬るかと覚悟もしていたが、敵がほんの少しだけ迷いを見せたために先制することが出来たのだ。
義手に散弾銃を仕込み、そしてそれを隠さねばならなくなった時はマルコ博士と一緒に『秘密兵器!男のロマン!漢の浪漫!』などとはしゃいでいたものだが、これほど効果的に使える日が来ようとは思ってもみなかった。
騙し討ちによる勝利だ、次は通じないだろうと考えてからアイザックは苦笑を浮かべた。死んだ相手に次などあるものか。
「さて、こいつが本当に巨人を操っていたのかどうか確かめにゃあならんよな」
ここへ来た目的を忘れぬよう言葉にしながら室内をぐるりと見回した。
正面の大型モニターには分割された監視カメラの映像が流れており、施設内の様子が手に取るようにわかる。ドクが中央管理室を拠点としたのも理解できる。
ドクが座っていた椅子の前、デスクには明らかに外から持ち込んだであろうノートパソコンが置かれていた。これだ、と思いドクの死体を
「やられたな……」
巨人のデータ、肉体の無限再生の秘密を渡すつもりはないということか。
アイザックが中央管理室へ踏み込んだ時にはパソコンを操作する時間などなかったはずだ。ならばこれはドクが死ぬと同時に消去されるような設定になっていたのだろうか。そうなるとドクは自らの死をある程度想定、許容していたということになる。
わからないことだらけだ。足元に転がる死体を見返しても全てが終わったのだという達成感が湧いてこない。味のないガムを噛み続けているような漠然とした不安だけが広がっていく。
データが消えたことで巨人に何か変化が起きるのだろうか。いずれにせよ、自分に出来ることはここまでだ。
「お前ら、後は任せるぜ」
アイザックはモニターを見上げて祈るように呟いた。
撃ち、貫き、もとに戻る。鉄と炎の無間地獄。あれからさらに3輛の戦車が破壊された。もう彼らに同情する余裕すら残っていない。敵の生命力に限界は無いが、戦車の砲弾と燃料には限りがある。地獄から逃れる方法、救済は死の先にしかないのか。
「指揮車は何をやっている……ッ!」
エリックはモニターを睨み付けて呻いた。未だに撤退の指示は出ない。撤退するにしても燃料と弾薬は必要だ。ならば今こそが限界点ではないのか。あのド素人どもは動けなくなるまでやらせる気なのか、と。
いっそのこと科学工場が破壊されれば諦めもつくだろうか、などと考え方が悪い方へと向かっていく。
「ファティマ、どうする?」
エリックは後部座席の、戦車と一体化したパートナーに語りかけた。彼女が戦車を動かしているのだから同意を得ないことには始まらない。
「それはさっさと逃げ出そうって話?」
「……まあ、そういうことだ」
ばつの悪い話なので改めて言葉にはしないで欲しかった。そんなエリックの考えを見透かしたように、ファティマは暗い声を出した。
「……逃げ出した先に、私たちの居場所なんかあるはずないじゃない」
その言葉の中にエリックは自身に対する失望を感じ取った。いざという時に頼りにならない、逃げ癖のついた男と。
ファティマにそんな意図はまったくない。仲間がまだ戦っている、より正確に言えば彼女の精神的支柱であるカーディルが戦い続けているのに自分だけが逃げることをよしとしなかっただけだ。
ひとは焦りや苛立ちを感じている時ほど物事を悪く捉えるようになる。ファティマの何気ない返答はエリックの心の奥底に潜む劣等感を掴み引きずり出した。
神経接続式戦車に乗ったファティマが暴走した時にエリックは土下座して、ディアスに彼女を助けてくれと頼み込んだ。逆に言えばそれだけしかしていない。プライドを捨てはしたが、戦ってはいないのだ。
結局のところ自分は腕と度胸においてディアスの劣化品であり、ファティマの心の拠り所はカーディルのままだ。そこにエリックの席がないわけではないが、順位は劣る。
(冗談ではない、負け犬のまま終わってたまるか! いや、世界中の人間から後ろ指さされようと構わない。だがファティマにだけは信じて欲しい。その為には戦う必要がある。問題はまったくもってシンプルかつイージーだ!)
気力は既に尽きた。勇気などはなから持ち合わせていない。今、エリックを動かすものはコールタールのように黒くねっとりとした嫉妬心のみである。
嫉妬の心に炎を点けたエンジン全開のろくでなし。それでも、動けないよりは遥かにマシだ。
「いいとも! ファティマ、もう一度突撃だ! あの腐れ巨人のケツ穴に徹甲弾をぶち込んで孕ませてやる!」
「え? あ、うん」
いきなりガラの悪くなったパートナーに戸惑いつつもファティマはRG号を発進させた。
巨人は
反撃も出来ないのになぜ巨人と戦い続けるのか。決まっている、注意を引き付ければその間に仲間が攻撃を仕掛けてくれると信じているからだ。そう気づいた時、エリックの全身に這い回る嫉妬心が裏返った。
(ファティマ、ディアス、カーディル、その他多くの人間に生かされて、俺はここに居るのだな……)
エリックは恥じ入るように、そして真理を見つけた哲学者のようなどこか晴々とした声で言った。
「ようやく気がついた……」
「何が?」
「これが愛だ!」
「……はい?」
緊張でとうとうおかしくなったか。そんな心配をするファティマをよそに、エリックは砲塔を旋回させ巨人を照準機に収める。
角度の問題で尻とはいかないが、足ならば十分に狙える位置だ。
「俺の仲間に、
放たれた徹甲弾に巻き込まれ熱された空気が
もう何度目かもわからぬ苦悶の絶叫。当然だ、体に穴を空けられるなど何度やっても慣れるような痛みではない。
普通の人間ならば動脈が切れて出血多量、ショック死するような致命傷だ。だが巨人の肉が盛り上がり傷口を塞ぐ。ここまでは今まで通りだ。
肉の
苦痛が止まらないのか巨人は、
「ひぃ、ひぃぃ……ッ」
と、涙こそ出ないが明らかに泣き出していた。
信じられない、何が起こったのかわからない。この場に居る全員の気持ちを代弁するようにファティマが聞いた。
「エリック、あなた何したの……?」
「愛を込めて撃ったから、かなぁ?」
「……あなたが私を想ってくれていることは素直に嬉しいし、ディアスに相談してから少し積極的になってくれたこともわかる。でも、今は真面目に答えて、ね?」
ヘッドセットを通して聞こえるファティマの呆れ声。だって本当のことだもん、と子供のように
ただひとつ確かなことは、流れが変わったということだけだ。
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