第182話

 戦車隊の動きが目に見えて消極的になった。


 死は常に覚悟している。だがあれほど残酷で無惨な死に様は想定していない。また、敵の超再生能力を見せつけられたことで、どれだけ撃っても無駄ではないかという考えが蔓延まんえんしたことが大きい。


「何をしている! 敵は疲弊しているぞ、撃て! 撃ちまくれ!」


 通信機から聞こえるゲオルグの苛立ち混じりの督戦とくせん。それは最前線で戦うハンターたちにとっては雑音でしかなかった。


 炎と瓦礫に阻まれ射線が通らない。火だるまになって食われるような死に方をしたくはない。撃っても再生されるのでは意味はなく、出来れば止めだけ刺しておいしいところを持っていきたい。それが本音だ。


 彼らはハンターであって軍人ではない。街がどうなってもいいという訳ではないが、優先順位はまず自分だ。最悪、機動要塞に付いて行ってプラエドに移籍してしまえばいいという打算すら出来上がっていた。


 またか、とディアスはレーダーを冷めた眼で見ていた。数ばかり揃えても戦う気がなければ意味がない。


(まあ遠巻きに撃ってはいるし、臓物戦車戦のようにあからさまなサボタージュをされないだけマシだな……)


 案山子かかしには案山子の使い道がある。


 炎の海を突っ切り、肉人間を撥ね飛ばし、照準機に巨人の姿を収めて走りながら徹甲弾を放つ。走行間射撃だがディアスの腕ならば巨体を相手に外しはしない。


 巨人の足が貫かれ苦悶の絶叫が響き渡る。痛がってくれれば動きが止まる、決して無駄ではないはずだと自分に言い聞かせて心を奮い立たせた。


 23号を捕らえようと巨人の腕が伸びるが、カーディルはこれを華麗なターンで回避、ガトリングガンを放ちながら距離を取る。エリックのRG号、ノーマンのTD号らの援護射撃もあって敵の射程外へと無事離脱した。


 彼らが積極的に戦っているのは他のハンターたちよりも高潔であるとかそういうことではなく、エリックとファティマはディアスとカーディルに、ノーマンはロベルトに対してそれぞれ義理や立場というものがあるからだ。当人らの思惑はともかく、仲間の援護があるのはありがたい。


「何をしている役立たずども! 殺せ、奴らを殺せぇ!」


 再び巨人の咆哮。誰に向かって文句を言っているのか。この場に巨人の手下と言える者は肉人間くらいしかいない。


みじめね……」


「ああ」


 カーディルが目を細めて呟き、ディアスもそれに同意した。


 肉人間たちに耳は無い。親分がどんな目にあっているか理解しているかどうかも疑わしいものだ。相変わらず呻き声をあげながら徘徊している。それを見て巨人はますます苛立ち奇声を発し、無茶苦茶に暴れまわる。


 カーディルの評価を聞いてから巨人を恐ろしいと感じるよりも、本当に惨めな生き物だとしか思えなくなった。


「ドクはあの巨人を憎んでいるのかな……?」


「え?」


 カーディルが妙なことを言い出した。自分でも話が飛躍しすぎたと気づいたか、疲れの見える表情に笑顔を上書きしてから説明した。


「人格データを培養液に突っ込んであいつを作ったとか言っていたじゃない? 正直、何のことかさっぱりだけど、とにかく凄い技術があると思うのよ」


「そうだろうな」


「じゃあ、痛覚を外すとか麻痺させることくらい出来たんじゃない?」


 むう、と唸ってディアスはしばし考える。


 痛覚は人が生きていく為に必要なものだ。大きなお世話だと言いたくなる場面も多々あるが、体の不調や異常に気づかぬままでは人は簡単に死んでしまう。


 一方で兵器に痛覚が必要かと問われれば疑問が残る。巨人が痛みなど意に介さずに暴れまわれば被害はもっと拡大していたことだろう。だが現実には巨人は体に穴が開く度に気が触れたかと思うほどに泣き叫び、のたうち回る。これは明らかに隙であり無用の行動だ。


「じゃあ逆になんで痛覚を残したかというと、無様に泣き叫ぶ所が見たかったんじゃないか……って」


 ディアスはほんの少しだけ話したドクの声を思い出す。声のなかに混じった虚無的な色、それは冷めた憎悪ではなかったか。頭のなかでパズルのピースがひとつずつ埋まっていくようなイメージが湧いてきた。


「……かといって、ハンターに勝たせたいわけでもないようだ。観測者と名乗っていたが、本当に場を整えてからは見ているだけか」


「全部私の想像だからあんまりマジに取られても困っちゃうなぁ。痛覚を取り外せるんじゃないかっていう所からもう、かなり無理があるからね?」


「考え方として悪くないと思うよ。後日の宿題としておこうか」


 次弾装填完了、システムほぼグリーン。ディアスは手に浮かんだ汗をズボンで拭き取り、よしと気合いを入れ直した。


「もう一発ぶちかましてやるか!」


「オッケイ!」


 仲間たちに援護要請を出し、23号は軽快に走り出した。




 製油施設の中でもひときわ大きな建物であった。地上階は全てオフィスとなっており、地下には大型駐車場や資材倉庫が備えられている。


 地下三階、アイザックは中央管理室と書かれたドアの前で足を止めた。一階ロビーには全体図が表示され、地下に行けば『管理室→』などといった案内まであったのでいささか拍子抜けしていた。


 よくよく考えればここは悪の居城などてはなく、原油を掘ってガソリンに精製して街へと送り出す重要施設だ。親切な案内があって何も不思議ではない。


 ドアの向こうから微かに音が聞こえる。爆発音や巨人の悲鳴だ。誰かが防犯カメラの映像を流しているのだろうか。


 巨大な義手がサムライソードを引く抜く。丸太のような足が鉄扉を蹴破った。


「おらぁぁぁぁッ!」


 咆哮と乱入。


 白衣の男が椅子ごと振り返り、懐から銃を抜いた。その目はまず驚愕に見開かれ、すぐに余裕の笑みへと変わった。


 こいつは馬鹿だ。でかい刀を振り回し飛び道具も持たずに飛び込んで来やがった。変わった武器を見せびらかしたいだけの、伊達男気取りのチンピラだ。


(大男、総身に知恵が回りかね……か)


 ドクは当初とにかく撃ちまくって相手の動きを止めるつもりであったが、しっかり狙って頭をぶち抜いてやろうという考えにシフトした。


 その一瞬の余裕が命取りとなった。


 アイザックの腕から閃光が走り、ドクは右手の感覚を失った。足元に落ちる銃、爪、指先。手首から先がなくなり鮮血が吹き出す。


(義手に散弾銃だと? こいつは馬鹿どころじゃない、大馬鹿野郎だ。何を考えて生きていやがるんだ。ははっ、やるもんだなぁ)


 空間を断ち切る一閃。ドクの視界がぐるりと回った。


 そうか、首を斬られたのか。どこか他人事のように考えながら、ドクは意識を失った。

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