第181話
アイザックがアクセルを吹かして飛び出して行ってから5分と経っていない。にも
本当に巨人は外部から制御されているのか、ドクは中央管理室に居るのか。
「カリュプスの戦車隊を突入させます」
虚無とでも呼ぶべきゲオルグの乾いた声だ。マルコは信じられないといったふうに発言者を見た。
(こいつはバカなのか? 段取りは全て説明した、そうせねばならない理由も。そして納得していたのではなかったのか? 話の内容を理解せぬままハイハイと頷いていただけなのか!?)
マルコの憤怒と侮蔑のこもった視線を受けてもゲオルグは怯まなかった。彼の精神は今、会長ではなく最前線のエースハンターであった頃に戻っていた。血迷うどころか腹をくくったからこその発言だ。
「巨人が化学工場に向かっています、これはなんとしても阻止せねばなりません。油井は作りが単純ですから壊されても建て直すことは出来るでしょう。痛くないわけではありませんが……」
大型ディスプレイを指さし、感情の無い声で淡々と語り続ける。
「倉庫や宿泊施設も同様です。ですが化学工場、これだけはいけない。破壊されれば復旧に数ヵ月から数年、下手をすれば完全な復旧は望めないかもしれません」
「嫌な言い方をするようですがね、それは
ゲオルグは薄く笑った。それはマルコに対する嘲笑であり、自身に向けたもののようでもあった。
「燃料の精製が止まるということは街の動きが止まるも同然です。私はカリュプス360万の市民の為に、金と名誉を餌にしてごろつきどもに命じねばなりません。死ね、と」
ゲオルグは自身の落ち着きぶりに驚いていた。今まで感じたことがないくらいに思考がクリアだ。
ハンター出身の会長だからこそ、ハンターたちと同じ目線でいようと努めてきた。それが間違いだったとは思いたくはないが、今求められているのはまた別の視点だ。
権力を持つことの責任とそれを実行するための人間性の欠如。危うさを感じる一方で、己の半身を見つけたような心地よさもあった。
「敵は不死身などではなく確実にダメージは蓄積していると伝えましょう。彼らには一生懸命戦ってもらわないといけませんからねえ……」
巨人討伐にプラエド、カリュプスの戦車隊が加わり一斉砲撃を放った。
徹甲弾、榴弾、変わったところで硫酸弾などが浴びせられ、一時は巨人の体の五分の一が削られるという凄まじさであった。
抉れた腐肉が巨人の足元に溜まりちょっとした池のようになっている。戦車内はガスや臭気の対策がなされているが、外に出れば精神に異常をきたすほどの悪臭が漂っていることだろう。
有効な手立てが見つからぬまま何故このタイミングで本隊を投入するのかと指揮車に苛立ちを覚えていたディアスだがこれだけの火力を見せつけられると、
(このまま倒せるのでは……)
と、いった希望が湧いてきた。
甲高い音と共に空を裂くふたつの流星、ロケット弾だ。そんなものまで用意していたのかと驚くが、あり得ぬことではない。ここに居るのは正規の軍人ではなく頭のおかしいハンターたちだ。資金とロマンをたっぷり詰め込んだ変態戦車のひとつやふたつ出てくるだろう。
ロケット弾の一発は巨人の脇を掠め燃料倉庫に着弾、大爆発を引き起こした。もう一発は巨人の頭部に命中し顔面を破壊、脳の一部を露出させるほどの損害を与えた。
本隊が合流してからはまさに一方的な展開である。
(俺はいつの間にか、神経接続式だけが特別と思い込んでいたのかもな……)
なんだかんだで勝ち続け、生き残ってきた。ディアスのような自己評価最低の男ですら成功体験という甘い毒が回り優越感という形を作ろうとしていたのだ。早期に気づけたことはむしろ幸運であっただろう。
いずれも歴戦の猛者ばかり、カリュプスのトップハンターだって居る。そんな中で自分だけが特別などと傲慢を通り越して妄想でしかない。
初心に返ろう。深呼吸し、ディアスが放った徹甲弾は千切れかけた巨人の右腕を貫き切断した。腕を失った巨人が一瞬だけバランスを崩す。
血の代わりに噴出する膨大な量のガソリン。巨人の体が炎に包まれ、戦車隊の追撃が止まる。
「ふざけるなクズどもがぁ!」
巨人の咆哮。その怒りに呼応するように肉が
「嘘、だろ……?」
誰かが言った。誰かはわからないが、それはハンターたち全ての心境でもあった。
無から有を生み出すわけではあるまい、細胞の驚異的な増殖にはそれなりのエネルギーを消費しているはずだ。
だが目の前で今までの努力、死闘が無駄であったと突き付けられるのは戦車隊に少なからぬ衝撃を与えた。士気が大きく下がり、心に空白ができる。
動きの止まった1輛に向けて巨人の手が伸ばされる。200メートルは離れていたはずだが、巨人の腕が物理的にぐんと伸びたのだ。
戦車はすぐに後退しようとしたが、遅い。鷲掴みにされて、手から滲み出るガソリンが戦車全体を包み込み車内まで侵食された。
発火。燃え盛る戦車と人間。空気を求めるハンターたちの口にまで炎は入り込み、喉、肺、胃のどれもがケロイド状に焼けただれた。不幸なことに彼らはまだ死にきれていない。
巨人は火だるまとなった戦車を持ち上げ、地面に叩きつける。そして缶詰でも開けるかのような気楽さで砲塔部分を引抜き、物言わぬハンターを摘みあげて、食った。
おぞましくも、ある意味で神秘的な光景に誰もが言葉を失った。
食われた者たちは肉体再生の為の養分とされるのか、あるいは巨人の体内で再形成されて肉人間となるのか。ここに居る誰もが無関係ではいられない。
歴戦のハンターたちが怯えた視線を向けた。手が震え、視線が揺れる。嘔吐した者もいる。それでもまだ戦い続けなければならないのか。
この世に天国があるかどうかはわからないが、地獄があるとすればまさにこの場所だ。
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