第180話
巨人は止まらない、止められない。
2輌の神経接続式戦車が果敢に攻めるが瓦礫と炎に道を阻まれ思うように動けず、針の穴から通すような神技の射撃も命中はすれどすぐに再生されてしまう。
巨人が撒き散らすガソリンはゼリー状に固められたものでなかなか火が消えない。
(どうすればいい、このままでは何も変わらない……)
焦りが疲労を生み、それらが積み重なるとつまらないミスに繋がる。何度も経験したことだ。何か、何か突破口を見つけなければならない。頭がまともに働くうちに。
ディアスの思考を
「マルコさぁん! 彼らなら巨人を倒せるって言ったじゃないですか!?」
ゲオルグが悲鳴にも似た声で叫ぶ。勝機が見いだせないばかりでなく、施設が次から次へと破壊されるのを見るのは己の身を削られるようなものだ。プラエドの不良中年たちとは違い、彼はこの街で生きていかねばならず責任も取らねばならない。
「倒せるとは言っていませんよ。敵の戦力を見極めさせるためにぶつけただけです」
と、マルコは不機嫌かつ無責任に言い放った。
「事実、無策で全車突撃させていたら大半は丸焼けになっていたでしょう?」
「それはそうですが……。ならばこれからどうすればいいのですか!?」
マルコの言わんとするところはわかる。だがあくまで被害を抑えたという話であって、巨人を倒す目処が立ったわけではない。
「ゲオルグさん、耐えてください」
マルコは意外なほど優しげな声で言った。
「耐えてください。あなたはずっと、ミュータントを駆逐するチャンスを待ち続けたんじゃあないですか。もう少しだけ耐えてください」
目の前で大型ミュータントが暴れまわって施設に多大な被害が出ている。それでもなお彼は待てと言う、確実な勝利の為に。
「指揮というのは極論すれば、進めと退けの二種類だけですよ。問題はそのタイミングです」
「……わかりました。ですが出来るだけ早く、お願いします」
ゲオルグは震える声で絞り出すように言った。
これでいい、とマルコは頷く。
カリュプス戦車隊の指揮権はゲオルグにある。彼が行けと命じれば血に餓えた猟犬たちは喜び勇んで巨人に向かっていくだろう。そして、犬死にする。
弱点を見極めた上での一斉攻撃、そこにしか勝機はない。
どこに弱点がある、どうすればダメージを与えられる、それを探るのはマルコの役目だ。ディアスたちが無駄と知りつつ攻撃を続け、映像を送ってくれるのもそのためだ。
しかし、わからない。ありとあらゆる可能性、攻撃方法を検討しながらも思考は空転するばかりであった。
「あの、マルコ博士……」
後ろから声をかけられる。振り向くとそこにいたのは不安げな顔をしたメイドだった。
「細胞が無限に増殖し続けるなどということがあり得るのでしょうか?」
「あり得るも何も、目の前で起きているじゃないか……」
この忙しいときにくだらないことを聞くなと怒鳴り付けてやりたかった。今はその時間すら惜しい。
ふと、何かが引っ掛かった。心の奥底で叫ぶものはマルコ自身の研究者としての誇り。
目の前で起きた事を全て認める。その上で何故そうなったかを考えてこそ科学ではないのか。ミュータントだから非常識でも仕方がないと、そこで思考停止してしまうのは余人ならばいざ知らず、兵器開発とミュータント研究の第一人者を自負する身として許されることではない。
(いけないなぁ……。ミュータントに慣れすぎて、『そういうもの』で納得してしまっていた。いかん、研究者としてこれはいけない)
シーラは父親とその悪友たちのようにミュータントの映像を見て熱く語り合うような悪趣味さは持ち合わせていない。だからこそ感じた疑問であったのだろう。
あの不死身の肉体、その正体は何だ。マルコの思考が深く、深く沈む。周囲の音は耳鳴りと変わり、そして静寂となった。
(無限に増殖を続ける細胞には恐らく老化因子がない。ガン細胞と似たような作りなのだろう。注目すべきはその増殖スピードだ。破損部位を元の形に戻すよう正確に増えて、止まる。増殖を完璧にコントロールしているのだ……)
そんなことが出来るのか、出来るはずがない。細胞のひとつひとつが高度な知能を持ってでもいない限り不可能だ。ガン細胞に驚異的な増殖能力を付与したとして、際限なく増え続けて成長するためのエネルギーを使い果たして自壊するのがオチだろう。
(外部から増殖のオン、オフをコントロールしているとしたらどうだ……?)
技術的に理解できない部分は数多くある。だが、巨人が単独で行っているよりもよほど可能性がありそうだ。
ではその操作を誰が行っているか? 決まっている、あいつしかいない。
マルコは立ちあがり、通信機をひったくるように掴んでオペレーターたちに向けて叫んだ。
「アイザックに繋げ、最優先大至急だ!」
この細い体のどこにそんな力があったのかと疑問が湧くほどの大音量。オペレーターたちは気迫に圧されるように素早く行動した。
待ち時間、わずかに数秒。それすらマルコにはもどかしい。
「おう、博士。どうし……」
「アイザック! ずる剥けどもの相手は後だ! ドクを見つけ出して、殺せッ!」
「ドク? ……ああ、白衣の男か。そりゃあ構わんけどよ、奴さんどこに居やがるんだ?」
マルコは返答に詰まった。知らん、探せ。と、言いたいところではあるが、この広大な施設にある建物をひとつずつ、ひと部屋ずつ確かめていたのでは何日あっても足りはしない。見つけた頃には廃墟になっているだろう。どうしたものか……。
「管理室ではないでしょうか?」
と、遠慮がちに言うゲオルグに視線が集まる。
「防犯カメラの操作や、通信機器が揃った場所といえばここではないか、と……」
「何でそんなに自信なさげなんだ! ハッキリと言え、断言をしろ!」
ロベルトが叫び、ゲオルグもやけくそぎみで反論する。
「私はハンター協会の会長であって、ここの管理責任者ではないんですよ!」
「それで、その管理室はどこに!?」
焦るマルコにゲオルグは手元のタブレットを操作してから手渡す。製油施設全体の地図だ。東西南北にひとつずつ、中央にひとつ光が点滅している。
「5つもあるのかぁ!?」
「いい設備が揃っているでしょう?」
「今はそんな話をしているんじゃねぇ!」
騒ぎ立てるロベルトとゲオルグを尻目に、マルコは地図の中央を指差した。
「おそらくはここでしょう。中央管理室」
「そんなわかりやすい所にいてくれるか?」
「ロベルトさん、我々との通話やディアス君が送ってくれた通話記録からして、ドクは我々を舐めているというか、遊んでいます」
「まあ、そういう感じではあったよな」
「機材が充実しているからそこにいる。我々の目を欺くためだけに規模に劣る末端管理室に陣取るような真似はしない、と思うのです」
全てがただの予測だ。巨人が外部からサポートを受けているというのも、白衣の男が管理室にいるというのも予想であり、希望的観測に過ぎない。
根拠と呼べるものは何もない。しかしマルコには真実に近づいているという実感があり、緊張と薄笑いを混ぜたような顔でマップデータをアイザックに送信した。
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