第179話

「ディアスとエリックをあのデカブツに向かわせろ! 他は亡霊戦車を始末してから合流だ!」


 ロベルトは身体中にまとわりついた悪寒を払うように叫んだ。


(ウェルカム。地獄へようこそってか、ふざけやがって!)


 訳のわからぬ怒り、そして認めたくはない恐怖が湧いて出る。絶望と嘲笑ちょうしょうが混じりあったような男の声を掻き出すように耳に指を突っ込んで乱暴にかき回した。無論、それでどうにかなる訳でもない気分の問題だ。


「あの巨人に向かわせるのは2輌だけですか?」


 ゲオルグが眉をひそめて問う。ディアスはともかくエリックはカリュプスのエースハンターでありロベルトが指図する権限はない。それを勝手に捨てゴマになどされてたまるものか。


 ロベルトは答えない。代わりにククッと粘っこい含み笑いが聞こえた。マルコだ。いつもは薄笑いを浮かべて目が笑っていないような男だが、今は逆に目だけが笑っている。


 侮蔑、優越、嘲笑。あらゆる暗い感情を凝縮したような不気味な眼だ。


「ゲオルグさん、あなたはまだ神経接続式戦車というものをよくわかっていない」


「何ぃ?」


「少数精鋭、いや精鋭中の精鋭だからこそよいのです。敵の正体も掴めぬまま、特にあのような巨大生物に大軍を当たらせるなど愚の骨頂! なぎ払われて被害甚大、というのがオチでしょう」


「敵の見極めとやらが、彼らにならば出来ると?」


 ゲオルグはもう不快感を隠そうともせず、なかば挑戦するように身を乗り出して聞いた。


 マルコは答えない。ゲオルグの姿は既に彼の視界からは外れていた。23号から送られる映像、大型ディスプレイに視線が釘付けとなっている。


「さあディアス、カーディル。本当の化け物がどういうものか教えてやれ!」


 恍惚として呟くマルコであった。街の平和や重要施設の奪還などどうでもいい。彼の頭にあるのは最強の証明、それだけだ。




 距離、500メートル。出来ればもう少し離れて撃ちたかったが施設が入り組んでいるせいで射線が通る場所がなくこれが限界であった。


 ディアスは砲塔、射角を調整し照準を合わせた。狙いは巨人の右腕だ。


 寝起きのような気だるさを残す巨人が動く。右手を上げ、前に進み、下ろす。


(今だ……ッ)


 右手が地面に付くか付かないかといった絶妙なタイミングで撃ち放たれた高速徹甲弾が巨人の手首を粉砕する。


「ぐああああああッ!」


 地を震わす絶叫。そのまま崩れ落ちるかと思いきや、そうはならなかった。反対側が見えそうなほどの大穴、腕の内側からぶくぶくと泡立つ肉が盛り上がりすぐに塞がってしまった。肉人間や亡霊戦車などにもそうした再生能力はあるが、こちらは修復速度が段違いだ。


 タイミングをずらしてRG号の一撃が巨人の右足に命中、徹甲弾が肉を抉る。こちらもすぐに肉が盛り上がる。


 巨人の唇から苦悶くもんの呻きが漏れるが傷口そのものはすぐに塞がってしまうため、ダメージが蓄積しているのかそれとも単に痛いだけなのか判別がつかない。


 ディアスの思考が雷光のごとく脳裡を駆け巡る。無限の再生能力など存在するはずがない。問題はその限界点がどこにあるかだ。


 大型ミュータントには再生能力持ちが多いようだが、以前に戦った皺赤子しわあかごやダチョウ男などはあらかじめ体内に取り込んだものを使って傷口を塞いでいるようであった。ストックが切れれば、そこが限界だ。


 だがこの巨人はどうも様子が違う。細胞の異常自己増殖とでも呼ぶべき回復の仕方だ。砲弾を撃ち尽くしたが敵は止まりませんでした、では話にならない。敵の限界点や弱点を見極めねば総攻撃に移ることは出来ないのだ。


(とにかくもう一発だ……)


 第二射の用意。その間に巨人の体全体にイボのようなものが浮かび上がった。それは膨張を続け人間のような形となり、熟れて落ちてアスファルトに叩きつけられた。呻きもがき立ち上がるそれは数十人の赤黒い肉人間であった。


 巨人が右手を振り上げ叩きつける。二度、三度、四度と。その度に哀れな肉人間が潰され飛び散った。


「クソ、クソ、クソッ! どうなっていやがる畜生が!」


 悪態をつきながら巨人はその場で暴れまわる。立ち並ぶ油井ゆせいがなぎ倒され、油が大地に滲み出た。


「男のヒステリーは見苦しいものだな……」


 通信機を通してディアスの呟きを聞いたエリックは首をかしげた。


「いや、そういう問題か……? ミュータントがしゃべっているんだぞ、まずそこだろう?」


「大型はたまにしゃべる」


 と、あっさり流されてしまった。ミュータントがしゃべる現場に初めて出くわしたエリック、ファティマにとっては天地がひっくり返るほどの衝撃であったが、今はそれを論じている暇はない。


 もう観察は十分だ。ディアスが再度、徹甲弾を叩き込むために発射装置を握ると、その殺気を感じ取ったかのように巨人は巨体に似合わぬ俊敏しゅんびんさで肉人間を踏み潰しながら振り返った。


「見つけたぁ……!」


 巨人の手刀で空を裂く。大量の液体が飛び出し、アスファルトに黒の一条を描いた。


 危険を察知してカーディルは少し大袈裟なくらいに23号を後退させた。数秒の沈黙、そして引火。漆黒は紅蓮に塗り替えられ燃え盛る。


(石油? いや、ガソリンか!?)


 科学工場の備蓄か、あるいは石油を体内で変質させる能力があるのか。いずれにせよミュータントがこの地を占拠したことには意味があったようだ。


 戦車は業火を突破することが出来る。あくまで短時間に限ればだが。


 装甲が無事でも中の人間はそうもいかない。周囲の酸素が燃え尽きれば酸欠で意識を失いそのまま焼かれるかもしれない。エンジンや弾薬に引火すれば爆発もするだろう。23号のようなカメラもセンサーもたっぷり積んだ戦車は熱による影響も計り知れない。


「想像以上に厄介ね、これは……」


 カーディルの額を流れる汗は熱か、緊張によるものか。


 道を燃やされることは道を塞がれることと同様である。大型ミュータントを相手に行動を制限されることは大いに不利、足枷を付けられたも同然だ。


「調教してやるぞクズどもが! 燃えろ、燃えて消えていなくなれ役立たずども!」


 巨人が腕を振るう度に人類が築き上げた施設、文明の証が燃え上がる。


 哄笑する巨人。わけもわからずうろつき回り、焼かれ踏み潰される肉人間たち。為す術もなく遠巻きに見ることしかできないハンターたち。


 ディアスの心に怒りが湧き起こり、それは恐怖を上回り消し去った。人を人とも思わぬ傲慢さ、それこそディアスが最も嫌悪するものであった。大型ミュータントはどれも不快な奴らであったがこいつは更に上を行く。ディアスの中で不快度がダチョウ男と1、2を争うくらいだ。


 今すぐ殺してやりたいが、勢いに任せて突撃してどうにかなるような相手ではない。確実に殺す為に求められるのは冷静さだ。


(手は熱くとも心は冷たく。自分自身すら俯瞰ふかんするのがスナイパーの心構えだ。わかってはいる、わかってはいるが……)


 巨人の醜悪な姿を見ていると胸の内が掻きむしられるようであった。


 心の均衡を保とうとするディアスを嘲笑うかのような声が通信機から漏れだした。


「ははっ、どうだい、哀れなものだろう?」


 聞き覚えの無い男の声。笑い声に明るさがなく、どこか投げやりな印象を受けた。


「鳥の真似をして空を飛べず、獣のふりをしてろくに走れず、神を気取って自滅を招いた愚か者だ。仮想電脳空間を探索中に人格データを見つけたので適当な培養槽に入れてみたのだが、いやはやなんとも惨めな生き物が出来上がったものだ」


 電脳空間、人格データ、培養槽。この男の言っている意味がわからない。価値観や倫理観が少しズレているどころではなく、まったく別の世界の人間と話しているような気分だ。


「貴様、白衣の男か?」


「君たちは私をドクと呼んでいるそうだな。うん、それでいい」


「ならばドク、貴様があのミュータントを作り出し操っているのか?」


「へ? いやぁ、違う違う。私はただの観測者だ。ミュータントの生産施設に手を付けてはいない。動いているのをただ見ているだけだ。今回のようにちょっぴり悪戯することはあるがな」


「生産施設だと……、それはどこにある!?」


「質問が多いな、そんなことをしている場合ではないだろう? そら、プレジデントが君らに気付いて向かってくるようだぞ」


 モニターを見ると、巨人が自ら振り撒いた炎を意に介さず瓦礫を踏み潰しながら向かってくるところであった。確かにおしゃべりしている場合ではなさそうだ。


 プレジデント、またしても意味のわからぬ単語が出てきた。あの巨人がなんらかの組織の党首だとでもいうのか。


「ひとつだけ確認したい。貴様の名はドクターで、奴はプレジデント。それでいいのだな?」


仮名かめいだけどな。それがどうかしたか?」


「いや、大したことじゃない……」


 ディアスの瞳に漆黒の殺意が宿る。倒すべき敵は見つかった。


「貴様らの、墓碑銘ぼひめいの話だ」

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