第178話
プラエド、カリュプスの連合軍はすでに半数にまで減っていた。逃亡した者、戦車は破壊されたがなんとか脱出して指揮車までたどり着いた者、戦車に閉じ込められたまま焼かれた者など、その内訳は様々である。
壊滅するかと思いきや敵の最後のひと押しが押し込まれない。残った者たちこそ精鋭、一流の中からさらに頭ひとつ飛び抜けた英雄たちであった。
化け物どもの猛攻を果敢に跳ね返す鋼の狂戦士たち。指揮車に乗る者たちは皆、その勇姿に言葉を失い見いっていた。
(頑張れ……頑張ってくれ……ッ)
ロベルト、マルコ、ゲオルグ。三人の権力者たちもこの時ばかりは互いの利害も忘れて応援していた。さながらヒーローショーで身を乗り出す少年のような心持ちだ。
すすり泣く声が聞こえる。地べたに座り込んで大型ディスプレイを見ていたハンターだ。序盤にやられて命からがら戻ってきた男で、包帯を巻いた姿が痛々しい。
何故自分はあそこに居ないのか、共に戦うことが出来なかったのか、それが堪らなく悔しいのだ。人目も
シーラだけが他の者たちとは興奮の種類が違っていた。その瞳に宿るのは情欲の光。戦争が好きなわけではない。人の死に興奮を覚えるわけでもない。戦場のなかでキラリと光る命の輝きに、心の底から感動が湧き上がってくるのだ。
(ああ、素敵……ッ)
初めて神経接続式戦車を見たときと同じか、それ以上の性的興奮があった。
下腹部に熱がこもる。今すぐショーツを下ろして指を突っ込み乱暴にかき回したい衝動に駆られるが、それを抑える程度の理性は残っていた。
トイレにでも駆け込めばいいのだが、それでは戦車隊の活躍を見逃してしまうという
周囲を見回し皆の視線がディスプレイに注がれていることを確認してから右手が自然に、そろそろと豊かな乳房へと伸びた。
「23号、動き出しました! 本隊に合流するべく、東方面に向かっています!」
オペレーターが叫び、歓声があがる。シーラはビクリと大きく身を震わせてから慌てて姿勢を正した。
(何をやっているの私……、これじゃあまるで、へ、変態じゃないの。カーディルさんたちが必死に戦っているというのに淫らな妄想に耽って……!)
悲しいやら申し訳ないやら情けないやら、表情こそいつものポーカーフェイスだが、内心はもうどうにもならないほど混乱していた。
「23号というと、北方面で敵3輌に囲まれていたやつですよね?」
ゲオルグが聞くとマルコはふんと鼻を鳴らして、
「動いたってことはつまり、そいつらを始末したってことでしょ」
と、事も無げに言ってみせた。
ゲオルグにはその言葉の意味がわからない。あの化け物どもに、しかも3輌に囲まれていたのだ。なんとか耐えて時間稼ぎができれば御の字といったところではないのかと。
そんなゲオルグに、ロベルトは笑って言った。
「そういう奴なんだよ」
まるで説明になっていないが、そうとしか言いようがないらしい。
その表情には艶かしい色気が漂い、見ているとおかしな気分になりそうでゲオルグは慌てて目を逸らした。
「そういう奴、なんだ……」
訳もわからず呟くしかないゲオルグであった。
亡霊戦車は恐怖を感じない、動揺もしない。だからこそか、彼らは23号に背後を押さえられることの意味を理解していなかった。
強大にして神出鬼没。本隊に狙いを向ければビルの隙間から現れエンジンを破壊するか、履帯を切って機動力を削いでいく。23号を潰そうと旋回すればその隙に本隊の集中砲火を浴びることになる。
まとわりつく蝿ではない、まさに闇夜の虎だ。
23号が現れてから十数分の間に5輌の亡霊戦車が大破、炎上した。撤退すら視野に入れていた戦局が一気に連合軍有利となった。もはや亡霊戦車単独で覆すことは不可能であろう。
(戦場で勢いがつくとか、流れが出来るとはこういうことか……ッ)
エリックは仲間に対する誇らしさとほんの少しの嫉妬心を抱えながらモニターの中の23号に見入っていた。
「ようディアス、調子が良さそうだな。亡霊戦車を倒すコツとかあったら教えてくれよ」
通信を送ると、少し考えるような間を置いてから、
「足を止めてケツを掘れ」
「……それだけ?」
「それだけだ」
敵の動きを止めて回り込んでエンジンを狙い撃つ、あるいはそうした流れを仲間と連携して行う。結局はそれだけだ。裏技のようなものは何もない。
ディアスの身も蓋もない物言いはつまり、『基本に忠実に』であり、『馬鹿なことを言っていないで働け』ということだろう。
(わかったよ、一匹ずつ丁寧に捻り潰してやらぁ)
突如、大地が揺れた。戦車に乗ったままでもわかる大きな揺れだ。
その原因、震源地はすぐに知れた。これこそが本来の標的だ。
製油施設の中央、原油を汲み上げる
それは天を突くような巨大な肉人間であった。まぶたの無い巨大な目玉がギョロギョロと
唇の無い口から血とも
背中からは巨大な棒が生えていた。よく見ればそれは骨のようであった。二本の支柱からさらに枝分かれしている、これは肉と皮を失った翼だ。
機動要塞の大型ディスプレイにもその姿は転送され映し出されていた。
「あれが、敵……」
シーラが
「そうだ。俺たちの敵で、カリュプスの敵で……いや、人類の敵だ」
見ているだけで吐き気が湧いてくる。それは単におぞましい外見をしているというだけでなく、人の世を望む者にとって決して許してはならない存在だと認識したからだ。
ただの現地調査、ただの助っ人というどこか無責任な考えを改めた。奴はここで討ち果たさねばならぬ敵だ。
通信機がピーと軽快な電子音を鳴らす。
(このタイミングで、未登録の通信機からの呼び掛け……?)
オペレーターが振り向き不安げな顔を見せる。ロベルトは深く頷いてみせた。構わない、繋げと。
「ウェルカム……」
男の暗い笑い、
ロベルト、マルコ、シーラ、その他前回の遠征に参加したスタッフ全てが凍りついたように身を固くした。
悪魔の手が心の奥深く、どす黒い記憶を掴み引きずり出したような感覚。
彼らは今、触れてはならぬ世界の悪意に触れた。
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