第176話
指揮車として後方に控える機動要塞。そこに送られた一枚の画像。
「なんだぁ、こりゃあ……?」
「なんですかねぇ……?」
ロベルトも、通信機の先にいるノーマンも困惑しきっていた。何だと聞かれれば白衣の男だとしか言いようがないが、話したいのはそんなことではない。
「それじゃあ、俺は戦闘に戻りますのでこれで……」
「あ、おい、待てノーマン!」
プツリと通信は一方的に切られてしまった。報告はした、後は知らないと言わんばかりの見事な逃げっぷりである。
「あのガキ、親を何だと思っていやがる」
「最近、父親らしいことを何かしましたか?」
シーラが少しトゲのある言い方をした。
「なんだよ、キャッチボールでもしろっていうのか」
「それもよろしいかと」
「よろしくねぇよ」
……などと馬鹿を言っている場合ではないなと思い直し、ロベルトはもう一度画像を見直した。
白衣、それが問題だ。この世界では白い衣服とは水と洗剤をたっぷりと使える裕福層の象徴であり、生活に余裕がなければ着れないものだ。
故に浮浪者が隠れ住んでいたという線は真っ先に外される。何らかの背景を持つ男が、何か目的を持って潜んでいると考えるのが妥当だ。
「とにかく、白衣の男について全員と情報共有だけでもしておかないとな」
「伝達する前に方針だけでも決めておきませんか。でなければ混乱するだけですよ」
と、マルコが提案した。
「方針ってえと、奴を見つけた場合どうするかって話か。無視するか保護するか、あるいは……」
「殺すか、ですね」
ふたりともこのイレギュラーを始末することに忌避感はなかった。自らの手を下したことはないが、部下に殺しを命じたことはいくらでもある。
白衣の男はどこをどう考えても怪しく擁護のしようがない。また、戦場でのんびりと散歩しているような奴は撃たれて当然という考えで一致していた。
男を殺すことを
「出来れば捕獲したいところだが……」
その時、オペレーターが悲鳴にも似た報告をあげた。カリュプスの戦車1輌が敵の砲弾に貫かれ爆発、炎上したらしい。
映像が送られ、大型ディスプレイに炎上する戦車の姿が映し出される。脱出したところは誰も見ていないらしい。
こうなっては乗員は黒焦げか蒸し焼きにされているだろう。徹甲弾で即死できたならばそれが一番幸運だ。棺桶が立派であるなどと、この際なんの慰めにもならない。
戦局は一進一退。犠牲者も出た。これでは、ただ気になるからというだけで白衣の男の捜索に人員を割くわけにはいかない。
この判断が後々に響いて来ないだろうかという予感を押し殺し、苦いものでも吐き出すようにロベルトは言った。
「とりあえずは無視だ。邪魔になるなら殺して構わん」
「あ、それとですね」
「なんだ?」
「白衣の男っていうの、止めません?」
丸眼鏡をかけた白衣の男が苦笑いしながら提案した。別人だとわかっているが、白衣の男と言われる度に注目されるのはあまり気分の良いものではないだろう。本人にとっては笑い事ではない。
「わかったよ。以後、この不審者を『ドク』と呼称する。それでいいか?」
なんとなく医者か研究者っぽいからドクター。安易ではあるがわかりやすさ優先ならばこれでよい。
マルコもそれ以上は何も言わなかった。
装甲が剥がれ臓器が剥き出しになった戦車はいかにも倒しやすそうだが、実際に戦ってみればこれが意外に厄介であった。
人間が乗っているわけではない、筋肉と臓器で動かしている。そのため砲弾をまともに食らえば弱りはするものの即死とはいかず、血を垂れ流しながら動き続けるのだ。肉とエンジンが一体化した、文字通りの心臓部を破壊しなければ殺すことはできない。
RG号と対峙する亡霊戦車はもう三発もの直撃を食らっている。大腸のようなものが飛び出し、それを自身の履帯で踏み潰し引きちぎり、 エリックたちに向けて突進してきた。
「何なの、何なのよもう!」
ファティマが悲痛に叫ぶ。あまりにも非常識でグロテスクだ。ただ戦車が敵に乗っ取られただけという認識は甘かった。
市街地というほど狭くはないが、それでも荒野に比べて交戦距離は非常に短い。曲がり角で敵とばったり、ということも普通にあり得るのだ。
こうした状況で敵の耐久力が高いというのは大きくアドバンテージを取られる要素であった。こちらは当たりどころが悪ければ一撃で大破するのに、敵には数発撃ち込んだうえで急所に当てなければならないのだ。
敵は相打ち狙いという戦法すら採れる。
「ファティマ、回り込め!」
亡霊戦車の突撃からの砲撃をかわし、敵の真横にぴたりとついて、発射。ボクサーがカウンターを仕掛けるような華麗な動きでエンジンを貫いた。
一拍置いて、爆発。車体が跳ねて炎上した。
「よっしゃ、やった!」
エリックはことさら大袈裟に叫ぶ。
まずは1輌。しかし、まだ1輌だ。
1輌倒すのにこれだけ消耗して後が続くのか。そうした懸念を吹き飛ばすようにエリックは己を鼓舞し続けた。闘志が折れてしまうことが一番まずい。
指揮車に回線を繋いで1輌撃破と報告し、
「会長、褒賞金を用意しておいてくださいよ!」
と、少々わざとらしいくらいに明るく振る舞うと、返ってきた答えが味方が2輌やられたという不愉快な話であった。
「いや、でも1輌はプラエドの戦車だから……」
ゲオルグの言葉にエリックはかっと頭に血が上ったが、理性を総動員してなんとか耐えた。
(何が、プラエドの戦車だから、だ! 知らねえよ! お前らは点取りゲームやってるつもりだろうが、こっちは味方が減って負担が増すんだよ!)
怒鳴り散らす代わりにマイクを砕かんばかりの勢いで握りしめた。ここで変に言い返して仲違いしても得るものは何もない。
「はは、そうですか。これで分け前が増えるってもんですよ」
声の震えを抑え、早口でそう言って通信を切った。
「大人になるって悲しいことだな……」
全身の疲れが
「あの、エリック……」
「なんだ?」
「……頑張って」
ただ一言。それだけでエリックのなかでスイッチのようなものが切り替わったような気がした。理解者がすぐそばに居るというのは本当にありがたいことだ。
「よし、それじゃあミュータントを絶滅させてやるかね」
「……そこまで頑張らなくていいから」
などと下らない話をしながら次の獲物を求めてRG号を発進させた。
退くも進むも地獄だが、少なくとも孤独ではない。
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