第175話

 製油施設まで5㎞に迫った。敵が出迎えに来る様子はない。不気味なほどの静けさに不安を掻き立てられる。


「カーディル、敵の反応は?」


 ディアスが聞くと、カーディルは虫一匹たりとも見逃さぬほどの勢いでレーダーを稼働させた。


「施設内にビンビン感じるわ。肉混じりの金属反応が30体。中央にばかでかい生体反応が1体、大型ミュータントね」


「やはり出たか……」


 大型が現れたことに驚きはしなかった。


 本来、群れで動くことのないミュータントが人類の重要施設を占拠した。そこに偶然ではない悪意の流れのようなものを感じる。


 ミュータントたちを束ねる特別な存在がいて不思議ではないどころか、むしろ当然と思えた。


「敵は施設内で迎え撃つつもりか。市街戦ということになるのか……?」


 ディアスたちに市街戦の経験はない。この世界のハンターたちがミュータントと戦う場所は基本的に荒野である。この場に、街中で戦った経験のある者はひとりもいないだろう。


 それがどういった影響を及ぼすのか、下手をすれば一方的に蹂躙される要素になりかねない。


「狭いだけじゃなく、味方が多いのも注意すべき点よね」


 カーディルの言葉にディアスも深く同意する。


 狭い所で敵味方入り乱れるということは、道を塞がれたり誤射される危険性も大きいということだ。


 誤射とも限らない。プラエド勢が活躍しすぎないよう調する者とているかもしれないのだ。


(上が揉めるのは勝手だが、そのごたごたに巻き込まれるのは御免だな……)


 簡易マップをディスプレイに表示させ、しばし考える。


「カーディル、北へ迂回しよう。平地ならばともかく、市街地で密集するメリットはない」


「はいはい、了解ッ」


 先頭を走る23号がコースを外れ、周囲がざわめいた。彼らに期待されていたのは最初に突撃して敵陣を掻き乱すという一番槍の役割だ。


 もっともディアスからしてみれば、


(そんなこと頼まれてはいないが……)


 と、いうことになるだろうが。




 バイクのハンドルの中央に取り付けた小型レーダーを凝視しながらアイザックが唸る。ディアスたちの意図はわかる、ならば自分はどう動くべきかと。


 通信が入り、ノーマンの不安げな声が耳に飛び込んできた

「見たかアイザック、あいつらどこか行っちまったぞ! 逃げた訳じゃないのはわかるが、どういうことだ!?」


「どうもこうもあるか。渋滞を避けただけだろ」


 答えながらアイザックは考えを整理していた。そうだ、渋滞だ。狭い道で身動きがとれなくなった所に敵味方の銃弾が襲いかかるなど冗談ではない。特に自分は生身を晒しているのだ。


 火力ではどうしたって戦車には敵わない。バイクが戦車に勝っている点はその機動力にある。足を止めることは自殺行為だ。


(本隊は東から、ディアスは北へ向かった。さぁて、俺はどうすっかねぇ。23号と連係するのも悪くはないが……)


 アイザックはバイクにくくりつけたサムライソードを一瞥いちべつすると、にやりと笑った。できればこいつを振り回して活躍したい。23号のようなインチキ重戦車と一緒では誤射を恐れて前に出られない。ならば単独で動いた方がやりやすかろう。


 よし、と頷いてアクセルを吹かし車体を傾けて南側へと疾走した。


 ひょっとすると自分はこのサムライソードに取り憑かれているのかもしれない。その想像は悪寒よりも楽しさを湧き起こした。




 本隊は東側から侵入し、23号は北から、大型バイクと戦車1輌が南側へと向かった。神経接続式戦車、RG号と一体化したファティマはレーダーを睨み付けながら首を捻っていた。


「みんな好き勝手やっちゃってまぁ……。私たちはどうする?」


 砲手席ではエリックがその端整な顔に眉根を寄せて考え込んでいた。


 エリック、ともう一度声をかけられてようやく思考が現実に引き戻される。


「そうだな、俺たちは……」


 先頭集団はすでに交戦している。敵の主力は肉と鉄とが混じりあった亡霊戦車だ。


 エリックの見立てではハンター全体のレベルで言えばカリュプス勢の方が高い。今まで待たされた鬱憤を晴らそうと士気も高い。


 しかし気になるのが、数ヵ月の間戦車に乗っていなかったというブランクだ。つまらないミスを連発して敵に包囲されて全滅、などということも十分にあり得る。


 自由に動き回りたい場面ではあるが、エリックはぐっと拳を固めて耐えた。


 ただでさえ自分たちはプラエドからの転向組なのだ。カリュプスの戦車隊を見捨てたとあってはますます肩身が狭くなる。


「後詰めとしてここに残ろう。味方が奥深くまで侵入するか、あるいは撤退する奴がいたら援護して入れ替わりに突入する。それでどうかな?」


「まあ、いいけど……」


 ファティマは納得はしていないが理解はした、という意を示した。できればカーディルたちと一緒に戦いたかったが仕方が無い。


 そんなファティマの考えを察したか、エリックが笑っていった。


「いいんだ、これがいいんじゃあないか」


「え?」


「敵の親玉は中央にいるんだ。三方向から包囲して突き進み、最終的に合流して倒す。なんともドラマチックな流れだろう?」


「……上手くいけば、ね」


 ファティマはまだ、すぐに悲観的になるクセが抜けていないようだ。ひょっとすると一生このままかもしれない。数日前までならエリックは心中で舌打ちでもしていたかもしれないが、今は少し考え方を改めていた。


(ファティマが物事を悪い方へ、悪い方へと考えるならば、俺は明るい材料をいくらでも出してやろう。それが俺の役割だ)


 ディアスに相談したことで、生涯をファティマに捧げ共に生きようという覚悟が決まった。ふたりの関係が劇的に変わったというわけではないが、よい流れが出来ているという手応えはある。


「大丈夫だって! 北はディアスたち。南のバイクはあれ多分、アイザックだろう?それで東は俺たちがいる。雑魚を蹴散らして合流するなんざ、軽いもんよ!」


 少しわざとらしい。道化が過ぎたかと後悔していたが、


「そうね」


 と、ファティマは薄く笑ってくれた。久しぶりに見るその笑顔は本当に魅力的だった。これだ、やはりこれが俺たちの役割だとエリックは満足げに頷いた。


 あいつに相談してよかったと素直に言いたくはないのは何故だろうか。




 皆がそれぞれの思惑で動いているなか、ノーマンはひとり頭を抱えていた。


「こりゃ、どういうことだ……?」


 不本意ながらすっかり慣れてしまった撮影機材の操作。巻き戻し、一時停止、拡大。そこに映る白い影。


 ぼやけてはいるが見間違えようはない。それは生身の、白衣を着た人間だ。


「これ、俺が報告すんの……?」


 ノーマンが同乗者たちに尋ねると、操縦手のルールーが銀のくせ毛をくしゃくしゃと掻きながら面倒くさそうに答えた。


「そりゃね。車長で息子で暇なんだから、ノーマン君以外の誰がやるっていうのよ」


暇人ひまじん呼ばわりは心外だが、他はまあ、そうだよなぁ……」


 ミュータントに占拠された製油施設、戦車隊が乗り込み砲弾が飛び交う戦場で、カメラの端に捉えた人影。


 本当に一瞬映っただけなので、どこへ行ったかはわからない。


 ハンターとしてのカンが告げている。これは絶対に面倒な案件だ、と。

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