偽神の亡骸

第174話

 ミュータントに占拠された製油施設から10㎞地点。


 透き通った朝日が巨大戦車、機動要塞の偉容いようを浮かび上がらせる。


「全車両、配置につきました」


 車内でシーラがタブレットを操作しながら告げる。戦乙女メイドの報告に、ロベルトは満足げに頷いた。


 朝食のホットドッグをかじり、コーヒーで流し込みながら視線は大型ディスプレイから外さない。そこに映るものはずらりと並んだ自慢の戦車隊だ。自ら選び集めたものだと思うと、なおさら誇らしくも愛おしい。


(できればカリュプスの連中など相手にならないくらいに活躍して欲しいもんだ。ここの中央議会に乗り込んで、ジジイどもに指差して思い切りゲラゲラ笑ってやる)


 などと、悪趣味な妄想を楽しんでいた。


 ロベルトの左隣に座るマルコは目を細めて資料を読み込んでいた。カリュプス側の戦車、特に神経接続式戦車であるエリックとファティマの戦車についてのものだ。


(僕の手を離れて勝手にこんなものを作りやがって……ッ)


 苛立ちが湧いてくるが神経接続という技術自体はマルコの独占技術ではなく、どこの街にもあるものだ。


 作ろうと思えば作れないこともなく、操縦経験者であるファティマのアドバイスがあれば細かいフィーリングも上手くいき開発時間が大幅に短縮できたことだろう。


 気に入らない、まったくもって気に入らない。書類上のスペックは23号に劣るという点だけが、辛うじてマルコの正気を保たせた。


 どういった心境の変化か、作戦前日になって車体脇に薔薇バラのエムブレムを描いて、『ローズガーデン』、略してRG号という名前を付けたらしい。


(戦車に薔薇かよ。ケッ、キザな野郎だ)


 もはやエリックたちのやること為すこと全てが気にくわない。


 技術の差を見せつけて欲しい。ロベルトとは別の思惑でプラエド勢の活躍を願うマルコであった。


 カリュプスハンター協会の会長、ゲオルグは今にも嘔吐しそうな青い顔をしていた。ロベルトたちとは違い、当然のことながら彼が応援するのはカリュプスの戦車隊である。ここでの活躍が援軍に対する謝礼金に大きく関わってくるのだ。


 ロベルトたちが中央議会に乗り込んで提示した金額は、一応は常識の範囲内であった。ここでもシーラが釘を刺してくれたのだろう、ありがたいことだ。


 しかしそれでも、これから街の復興を控えている身としてはそう気軽に出せる金額でもない。


 現場を知らぬ老人が『お前らなど呼んでいない』と叫び、ロベルトも売り言葉に買い言葉で『だったらこのまま帰ってもいいんだな?』と挑発した。


 何もかもが台無しになりそうなところをゲオルグが双方を必死になだめることで、なんとか今日という日を迎えたのであった。


(辞めてやる、この戦いが終わったら会長職なんか捨ててやる……ッ)


 ハンターであった頃は何よりも安全と安定を欲していた。会長になった今では、あの頃の自由に焦がれていた。


 自分にないものに憧れるのはただの気の迷いだと思っていたが、さすがにもう限界だ。上からも下からも叩かれ、これ以上の理不尽に耐えられそうにない。


 とにかく無事に、無難に勝利し、カリュプス勢が敵の親玉を討ち取ってロベルトに対する謝礼金は出来るだけ低く抑えて退職金を確保する。それだけがゲオルグの望みであった。


 三者三様、それぞれが勝手な理屈を抱えてディスプレイを眺めていた。


 プラエドの戦車が8輌、バイクが1台。

 カリュプスの戦車が17輌、バイクが3台だ。隠し持っていたガソリンを全て放出した、正真正銘最後の突撃である。


「ロベルト様、号令をお願いします」


 シーラに促され、ロベルトはマイクを取るとそこでふと思い付いた。


訓示くんじとかスピーチみてえなこと、やったほうがいいか?」


「無用かと。そうしたことに価値を見いだす方々ではありませんし、下手をすればさっさと始めろと野次を飛ばされる可能性すらあります」


 ロベルトは『俺に向かってそんな口をきける奴がいるだろうか……?』と考え、すぐに何人かの顔が思い浮かんだので思考を中断した。


 正式に自分の部下という訳ではない、独特の価値観を持ったならず者集団だ。扱いにくいことこの上ない。


(まあいい、結果として俺の役に立ってくれればそれで良しだ)


 マイクを握り直して一呼吸。そして鋭く叫んだ。


「全車両突撃! ミュータントどもを一体残らずブチ殺せ!」


 ハンターたちの咆哮、吹き上がるエンジン音。鋼鉄の猟犬が今、一斉に解き放たれた。


「さて、彼らはどんなを撮ってきてくれるかな……?」


 マルコが絡み付くような、ねっとりとした視線を大型ディスプレイに向けると、ロベルトも大きく頷いた。


 プラエドの車輌全てに映像記録用のカメラが取り付けられている。これで様々な視点からの迫力ある映像が撮れるはずだ。編集して繋ぎ合わせれば永久保存版の大作となることは間違いない。


 データをプラエドに持ち帰った後は、


(一ヶ月くらい部屋に閉じもって編集するぞ……)


 と、今から楽しみにしているマルコであった。


 機動要塞に乗る誰もがこの戦いを楽観視していた。浮かれているといってもよい。

これだけの戦力を集めたのだから、相手がなんであろうと負けるはずがない。それは結果を出し続けてきた仲間に対する信頼であり、思考停止でもあった。


 この地には今までとはまるで性質たちの違う悪意が住み着いているのだと、すぐに思い知らされることになる。

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