第170話

 ロベルトはゲオルグを機動要塞内に招き入れ、街で何が起こっているのかを聞き出した。


 状況、あるいは惨状と呼ぶべきものを聞き終えた後も、ロベルトはしばらく何も言えなかった。同席するマルコも同様のようだ。


 ミュータントに占拠された場所がよりによって精油施設だという。これでは戦車を操るハンターたちにとって、手足を縛ったまま戦えと言われているに等しい。


 施設奪還のために彼らが何もしてこなかったというわけではないだろう。皮肉なことだが、道中でロベルトたちを襲った亡霊戦車たちが激闘の証拠のようなものだ。


 戦えば戦うほどに敵の戦力を増やしてしまうのであれば、一度の決戦で勝負を決めたいというゲオルグの判断もわからぬでもない。


 精油施設奪還への協力をロベルトは快く承諾した。問題は、その条件と報酬についてである。


「精油施設まるごとよこせ」


「……は?」


「は? じゃないだろう。報酬の話だよ。こっちは1000㎞もえっちらおっちらやって来てだな、戦闘にも参加しようってんだ。報酬としては妥当な所じゃねぇの?」


「いやいやいや、おかしいでしょう? 精油施設を取り返す手伝いをしてもらって、その報酬が精油施設そのものとか」


「心配するなって。ガソリンはちゃんと街の連中に売ってやるから。ただ、その売り上げがこっちのポッケに入るだけだ」


 問題がない、訳がない。街の生命線を他の街の人間に握られてしまうということだ。売ってもらえるならそれでいい、などと単純な話ではない。こんな話を中央議会に持っていけば、その場で殺されかねない。


「よその国に軍隊の派遣を依頼するというのはこういうことだぞ。まあ、国じゃなくて街だけどさ」


 ロベルトの意見もわからぬではないが、それでも引き下がれないラインはある。かといって彼らの機嫌を損ねて、


『ならいいよ。もう知らねえ』


 と、帰られてはさらに困る。


(弱味を見せすぎた。情報はもっと絞るべきだったか……?)


 今さら後悔しても遅いし、情報を出し渋れば話が進まなかったかもしれない。


 膝頭を掴み何か解決の糸口はないかと悩むゲオルグの前に、そっとティーカップが置かれた。


 顔を上げると、シーラが皆に紅茶を配膳しているところであった。


(よくもまあ、あんな強欲親父からこんな綺麗な娘が産まれたものだ。嫁さんがよほど美人だったらしいな……)


 そこでふと思い付いたように、


「シーラさんはどう思いますか? その、報酬が妥当かどうか」


 と、聞いてみた。決定権があるわけではないだろうが、彼女の持つ知的な雰囲気にすがってみたくなった。


 シーラはちらと視線を父親へ送る。街の行く末を決める大事な話し合いだ、発言してもよいのかと尋ねたのであった。


「おう、言ってやれ。お前からもガツンと言ってやれよ」


 上機嫌のロベルトから許しをもらい、シーラは優雅に一礼してからいった。


「1000㎞離れた街の施設を頂いても、管理しきれぬかと」


「なにぃ?」


 味方であるはずの愛娘から思わぬ痛撃をくらい、ロベルトは困惑していた。


 ロベルトの、おいもう止めろ、という鋭い視線に怯むことなくシーラは続けた。


「管理するとなれば人を派遣せねばなりません。また、何かトラブルが起きても遠く離れた街にいてはその情報もなかなか入ってこないでしょう。事実、ミュータントの出現によって北と南は分断されていた訳ですから」


「ぬぅ……」


「また、管理者として防衛の義務を負うことになります。油田と精油施設がセットになった敷地となれば、それはもう広大なものでしょう。戦車の10輛や20輛を在中させねばなりません。また……」


「まだあるのか!?」


 勘弁してくれよ、といったロベルトの態度をシーラは一切無視した。


「ガソリンや金銭を得てもこれをプラエドまで運ぶとなると、相当なリスクがあり、コストもかかります。この施設が100㎞以内であれば、私も反対はいたしませんでしたが」


 距離。軍事、政治においてどれだけ多くの人間がこの問題に悩まされてきただろうか。素晴らしいお宝であっても、手が届かなければ意味はない。場合によってはお荷物である。


「しかしな、油田だぞ? 油田が丸々手に入るチャンスなんだ。多少のリスクに目をつぶってもだな……」


「今、ロベルト様の目に映る油田は利益ではなくロマンです。何かに使えるからではなく、ただ油田が欲しいから欲しいと仰っているのではありませんか?」


 正論でぶんなぐられるとは正にこの事か。ロベルトの体からみるみる力が抜けて行く。逆に、しおれた植物のようであったゲオルグの目に生気が戻ってきた。


(なんだこの女。メイドかと思ったら天使かよ……)


 話は終わった、とばかりにシーラはその端整な顔に薄く笑いを浮かべ、


まつりごとのことなど何もわからぬ女の戯言たわごととお聞き流しください。それでは、私は夕食の準備かありますので」


 と、いって去っていった。


 後に残されたロベルトに油田をどうこうしようという気力はなかった。


「報酬についてだが、金銭で始末をつけることにしようかい……」


「そうですね、そうしていただけると……ええ、はい。ありがたいかと……」


 これでようやく協力を取り付けることができた。安心感でゲオルグの体が椅子からずり落ちそうになるが、手すりを掴んでなんとか踏みとどまった。


(俺はカリュプスの代表としてここにいるんだ。みっともない姿を晒すわけにはいかんよなぁ……)


 そういえば、と気になったことがある。ロベルトとほぼ同格であろう、マルコという白衣の男がほとんど発言していないことだ。


 後からおかしなことを言われないように、こちらから話を振っておくべきだろうか。


「マルコさんからは何かありますか? 報酬について」


「僕ですか? いやぁ、僕からは特に何も。そうですね、強いていえば……」


「強いていえば……?」


「戦車がミュータントに乗っ取られるメカニズム。こいつが知りたいですねぇ」


「ミュータントの、生態ですか……」


「僕はねぇ、ミュータントが大好きなんですよ」


 こいつは一体なにを言っているのか。ゲオルグの理解がついていかないが、マルコはひとりで勝手に話し続けている。


「それで、うちの工場で作った兵器でミュータントをぶち殺すのはもっと好きなんです」


「そうですか……」


 なんだかヤバい人に話しかけてしまった。とりあえず今日は協力を取り付けたことだけを中央議会に報告し、合同作戦の詳しい開始日時などはまた後日に話し合いたい。


 やや早口に礼を述べ、まるでここが敵地であったかのようにそそくさと退散した。


 日の傾きかけた街を歩くゲオルクの脳裡に浮かんだ言葉は、毒をもって毒を制す、であった。

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