第169話
ロベルトのわくわくドライブは順調であった。
荒野を疾走する機動要塞。その前方を半円形に展開する9輛の戦車と1台の戦闘用バイク。その誰もが選びに選び抜いた精鋭たちである。全員信用できるという点では臓物戦車戦の総動員体制よりも戦力は上かもしれない。
道中、ミュータントは何度か現れたが護衛たちの一斉射撃によって全て一瞬で葬り去られた。倒す前も、倒した後もスピードを一切緩めること無く走り続け、ミュータントの死骸を履帯で踏み砕いて進んだときなど、腹の底から笑いがこみ上げてきたものだ。
(なんだ、人間も結構やるじゃないか……)
ロベルトは満足げに頷いた。荒野はミュータントの世界だ、などと誰が言ったか。自分たちは今こうして圧倒的な力を誇示しながら進んでいるではないか。
今回は遺跡の調査が目的ではない。故に徒歩のハンターは護衛としての最小限で、代わりに整備士たちを十数人乗せている。食料、燃料弾薬もたっぷりと詰め込んだ、移動する要塞の名に
取って置きのワインを傾け、隣の席に座るマルコと品性を疑われるような冗談を交わし、すっかり上機嫌でこの物騒なピクニックを楽しんでいた。ここに集まっているのは街で最高の戦力だ。それを使ってクーデターを起こそうなどと考えていたわけではないが、軍事力を握ることの快楽と危うさを同時に味わっていた。
(なるほど。歴史上、馬鹿が偉そうなバッチをぶら下げていりゃあ戦争のひとつやふたつ、簡単に起きちまうだろうよ)
試しに、この場で引き返して中央議会を占拠しようかと言ってみたところ、マルコと愛娘のシーラから同時にステレオで『あんたアホか』と罵られた。それがまたロベルトには楽しくて仕方がなかった。
北の街カリュプスに近づくにつれ、不穏な空気が漂ってきた。
大きな金属反応。北のハンターが狩りをしているところに出くわしたかと思った瞬間、砲撃を加えてきたのだ。だが機動要塞を守るのは流石の精鋭たちである。混乱は最小限に抑えこみ、即座に反撃へと転じた。撃ってくる奴は敵だ、という雑な判断基準が身に染みついているのだ。何故撃ってきたのかとか、敵対してしまった場合の政治的な問題など全て後回しである。
敵戦車は3発の徹甲弾に貫かれ砲弾に引火、爆発炎上した。大型モニターに映し出されるその光景を見ながらマルコは、
「ああ、もったいない。直せばまだ使えるかもしれないのに……」
と、嘆いていた。乗組員の命だとか、カリュプスがどうなったのかという疑問は一切口にしなかった。
「あまり、おかしなものは使わない方がよろしいかと」
シーラはそういってスカートの裾を摘まみあげて一礼してから、オペレータたちに指示を出す。巻き戻し、拡大した映像が新たな小窓として現れた。
「げぇっ……」
映し出されたのは戦車だ。ところどころ装甲が剥がれ落ち、その隙間からはち切れんばかりの脈打つ肉が見えていた。血を流しながら走るその姿はさながら荒野をさまよう鋼鉄の亡者であった。
「臓物戦車……ッ」
マルコが
さしものロベルトもこの時ばかりは冗談で笑い飛ばすことができなかった。奴らが機動要塞も狙っているのだとしたらそれは不気味で、不愉快極まりない。
鋼鉄の亡者たちの襲撃は一度や二度では済まなかった。昼夜を問わず何度も繰り返し襲ってきた。機動要塞を守る精鋭たちが後れを取ることは無かったが、緊張による疲労は少しずつ、確実に
やがて、1輛の戦車が被弾した。
幸い乗員は全員無事であり、不幸にもエンジン部が貫かれ自走不能となった。あまりにも損傷が激しく、整備班はエンジンルームを開けた次の瞬間には首を横に振っていた。応急処置でどうにかなるようなものではない。
なんとかしてくれとしつこく頼み込むハンターたちをなんとかなだめ、機動要塞に乗せて出発した。帰りに盗られていなければ
数日後、なんと大破したはずの戦車が追ってきたのである。エンジンは完全にスクラップになった。乗組員もいない。燃料は全て抜いてきた。それが何故か、凄まじい速度で走っているのである。
謎の戦車が大型モニターに映し出されたときロベルトたちは、
「ああ、やはり……」
と、いう感想を抱いた。流れ出る液体は機械油ではない、血だ。
これも難なく撃退はしたが、一同の脳裡に拭いきれぬ悪寒がこびりついた。この土地は呪われている、と。
ロベルトが力なくマイクを握り、全体回線でごろつきどもに語りかけた。
「お前ら死ぬなよ。死んだらぶっ殺してやる」
少々おかしな物言いだがその意味を誰もが正しく理解した。ミュータントに乗っ取られたら容赦なく撃つ、そういうことだ。
南の街プラエドを出て10日、北の街カリュプスが見えてきた。
街の造りは大体似たようなものである。中央に権力の象徴である議会塔が
議会塔が根元から折れている、などということもなく、街全体から黒煙が立ち上っているわけでもない。普通、いつもどおり普通の光景だ。
「なんだ、街がミュータントに滅ぼされたとかそういうのじゃないみたいだな」
ロベルトが安心したような、それでいてどこかつまらなさそうな口調で呟くと、マルコが肩をすくめながらいった。
「わかりませんよ。行ってみたら肉人間のコミュニティが出来上がっていたりして」
肉人間。それは臓物戦車戦で見た、皮がめくれ上がり奇声をあげながら襲いかかってきた人間のことだ。ロベルトはその姿を直接見たわけではないが、記録映像でそのおぞましい生物のことは知っている。
ロベルトは眉根を寄せて、
「冗談じゃねぇ」
と、吐き出すようにいった。
「正面から金属、熱源反応! 戦車1輛、来ます!」
オペレータの報告に、何の感情も湧かなかった。またか、と思うだけである。ミュータントに対する恐怖も、それらを打ち破る高揚感もない。良くも悪くもすっかり慣れきってしまった。猟犬どもが勝手に処分してくれるだろう、そう思っていたところでカーディルから全車に向けて通信が入った。
「金属と肉が融合したような反応はありません! 通常の戦車である可能性、大です!」
ロベルトは深く身を沈めていた革張りの椅子から慌てて身を起こした。これがミュータントではなくカリュプスからの使者であれば先制攻撃を加えるのはまずい。非常にマズイ。下手をすれば自分が戦争の引き金を引くことになる。つい数日前に心中で罵倒していた愚かな指導者そのものだ。
「お前ら! 撃つなよ、こっちから撃つなよ! 向こうから喧嘩を仕掛けてくるか、指示があるまで待てッ!」
この通信で、ルーチンワークに陥っていた全体の空気が引き締まる。状況が変わったのだということを誰もが理解した。
(危なかった……。誰も彼もが思考停止したままぶっ放すところだった)
カーディルの機転に感謝しつつ、正面モニターをじっと睨み付ける。
やがて現れたのは亡霊戦車ではない。装甲が剥がれても肉がむき出しになってもいない、重厚で立派な濃紺の戦車だ。
上部ハッチから上半身を乗り出し、頭上で大きく手を振る中年男性の姿が見える。片手でマイクを握りしめ、全体回線で陽気に語りかけてきた。
「ようこそプラエドの皆さん! 我々はぁ! あなた方を歓迎、大いに歓迎いたしますッ!」
謎のテンションの高さについて行けず、ロベルト以下遠征メンバーは困惑したままであった。
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