DANGER ZONE

第167話

 羽虫がたかる裸電球。薄明かりに照らされるむき出しのコンクリート壁。


 中央を占める巨大な円卓を十数名のハンターたちが囲む。誰もがランキング上位の一流どころだ。


 部屋の奥、上座に座る男が強烈な存在感を放っていた。ハンター協会会長、ゲオルグという。


 歳は四十半ばといったところで、その眼光はこの部屋にいる誰よりも鋭い。


 それもそのはず、彼は名家の出身ではなく、ハンターからの叩き上げだ。金持ちの子は金持ちに、ハンターの子はハンターにしかなれないようなこの街では異例の大出世であった。


 それだけに彼を見るハンターたちの目には信頼と尊敬が込められていたものだが、それが今、ゆらぎつつあった。


「会長、いつまで待たせる気だ! 今こそ総攻撃し、施設を奪還するべきだ!」


 頭の禿げ上がった強面こわもてのハンターが円卓を叩いて怒鳴り付けた。粗暴な態度に辟易へきえきしつつも、神経質そうな男も眼鏡のツルをいじりながら同意する。


「慎重に策を練るのも結構ですが、このままでは資源が枯渇こかつし、我々は身動きが取れなくなります。自滅する前に行動するべきかと……」


 注目がゲオルグに集まるが、彼は首を縦には振らず沈黙を守るばかりであった。

事の次第は、地上戦艦と呼ばれる超大型戦車が暴走したことから始まった。


 出資者とその家族を乗せ、水も食料もたっぷり詰め込んだ、絶対安全な大名旅行。南の街プラエドへ行き威光いこうを示す。そのはずだった。


 地上戦艦が出発してから数日後、護衛をしていたはずの戦車が荒野で放置されているのが見つかった。


 第一発見者が恐る恐る近づくとその戦車は無茶苦茶に走りだし、砲撃を加えてきた。応援を呼び取り囲んでその戦車を破壊すると、中から赤黒い肉の塊が這い出てきた。撃ち殺し、呆然ぼうぜんとするなかで誰かが呟いた。あれは人間だ、と。


 地上戦艦がどうなったのかはわからない。ただ、南へ向かったことだけは確かだ。


 調査隊を派遣したいところであったが、それをはばむ新たな事件が起きた。街から少し離れた精油施設がミュータントに占拠されたのだ。


 戦車を動かすにも工場を稼働させるにも燃料は必要で、油田と精油工場は最重要施設である。何度も戦車隊をぶつけたが、これはことごとくミュータントに弾き返された。


 しかも破壊された戦車にミュータントが入り込み、一体化して利用されると知ってからは迂闊うかつに手を出せなくなった。


 こうして燃料の供給が止まり数ヶ月。街の備蓄もいつかは尽きる。人々の不安は募り、自滅する前に決戦を挑むべきだとハンターたちから突き上げられているが、まだゲオルグは動かなかった。


 血気けっきはやるハンターたちを抑えるにも限界がある。このままではゲオルグが闇討ちされ、強硬派の人間に会長の首がすげ替えられるかもしれない。笑えないことに、物理的にだ。


 ゲオルグの正面に座る男が奥ゆかしく挙手した。発言する前に手を挙げるハンターなど、この男くらいだ。


「ひとつ、いいだろうか?」


「なんだ?」


 何故こんな所にいるのかわからないくらい、眉目秀麗びもくしゅうれいといってよい美丈夫だ。


(金満マダムの愛人にでもなったほうがよほど稼げるだろうに……)


 そうは思ったが、ゲオルグは口にしなかった。実際、彼に向けてそのような言葉を口走った者がどのような末路を迎えたかよく知っているからだ。眼球が飛び出るほど殴られるのはご免だ。


 男の隣で背を丸めて座るパートナーがまた、異様な雰囲気をかもし出している。浅黒い肌の女だ。手が無い、足も無い。それらは全て義肢である。


 荒野で手足を失うことなど珍しくもないが、それが四肢に及ぶとなるとなかなか無いことだ。


 暗い目をしている。この世の誰も信用していないような、見る者全てを凍り付かせるような、そんな瞳だ。ハンターが他人を信用しないのは当然のことだが、彼女のそれはまた、少し違うような気がした。


 男は、女の様子を気にするようにちらと視線を送ってから、静かに語り始めた。


「待てと言われてはや数ヶ月が経ちました。会長にお考えがあるならば従いますが、できれば期限を指定していただきたい」


「あなたの自殺に巻き込まれたくはないのよ……」


 男の提案に、女の無機質な声が続いた。


 ハンターたちも、おう、そうだ、とゲオルグを睨み付けながらはやし立てる。どちらかといえば男の提案よりも、女の呪詛じゅそをよしとしたようだが。


 ゲオルグにとってこの提案はありがたくもあり、迷惑でもあった。


 はっきりと期限を決めればその間は手出しされないだろう。だが、それを過ぎればもう引き延ばしはできない。


 いつかは攻勢に出なければならない。そんなことは他の誰よりもゲオルグが一番よくわかっていた。燃料の備蓄は減り続け、しかもそれらは街の生命線である工場に優先的に回されハンターたちは戦車で狩りをすることも叶わぬ状況だ。


 工場も手動でやれるところは人力に切り替えた。生産性が落ち、そのしわ寄せは労働者たちへと押し付けられ、過労死する者と自殺者がじわじわと増え続けている。


 それでも耐えねばならぬ。闇雲に突撃することこそ街全体を巻き込んだ集団自殺に他ならない。絶対に勝たねばならないのだ。


 ゲオルグが待つもの、それは南からの援軍であった。


 暴走した地上戦艦は南へと向かった。そのまま突き進んだとすればプラエドへとたどり着き交戦したことだろう。北で異変が起きたと知れば、調査隊を派遣してくれるはずだ。


 ……あまりにもか細い望みである。故に、ゲオルグはこの考えを誰にも言わなかった。否、言えなかった。


 プラエドは地上戦艦によって壊滅させられたかもしれない。

 防備を固めて調査隊を出す余裕も発送もないかもしれない。

 増援どころか報復してくるかもしれない。


 南への使者として装甲車を何度か出したが、その全てが破壊されるか、ミュータントに乗っ取られた。


 結局、ありもしない希望にすがっているだけなのか。自殺に付き合わされたくはないという言葉が、今になって胸に深く突き刺さる。


 それでもなお、他に道はない。


 いっそのこと精油施設が占拠された時、備蓄に余裕があるうちに総攻撃するべきだっただろうか。賭けに出るならあのタイミングしかなかった。今はもう、攻めるも守るも中途半端だ。


 ならば待つしかない。無能、臆病とののしられようと賭けるしかないのだ。


「……一ヶ月だ。それを過ぎたらこの首を取るなり、攻勢に出るなり好きにしろ」


 できれば三ヶ月は欲しいところだが、それではハンターたちの忍耐も、物資も尽きることだろう。ついでに言えば、り減り続ける自分の神経もだ。


 どこか投げやりにも見えるゲオルグの態度にハンターたちは激昂げっこうするが、提案した男が率先して、


「わかりました。では、一ヶ月後に」


 といって頭を下げ、隣の女をうながして出て行ってしまった。


 なんとなく毒気を抜かれてしまい、続けて議論しようという者はいなかった。


 ある者は舌打ちし、ある者は椅子を蹴飛ばし、ある者は一ヶ月後にぶち殺してやると怒鳴りながら出て行った。


 最悪の雰囲気で会議は終わった。埃臭い部屋にゲオルグひとりが取り残される。ようやく終わったが、解放感など微塵みじんもない。体の奥にしまいこんでいた疲れがどっとにじみ出てくるようであった。


 話をまとめたあの男の名は何だったか。この街の出身ではなく、まだミュータントが比較的おとなしかった頃に隊商の護衛をしながら南から来た男だ。


「そうだ、思い出した……」


 ゲオルグは裸電球をぼんやりと見つめながら呟いた。


 男の名をエリック、女はファティマ。確か、そんな名前だ。

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