第149話

「お取り次ぎできません」


 丸子製作所、裏門通用口にて。ディアスを呼んでほしいと頼んだ結果、帰ってきた答えがそれであった。対応したのは太陽の光を吸ったような美しい金髪と、奇妙なゴーグルが特徴の若い女である。


(居ない、ではなく、取り次げないということは、ディアスの住み処が丸子製作所の敷地内にあるという話は本当だったらしいな……)


 頭の片隅でそう考えるが、結局のところ会えないことに変わりはない。意気揚々いきようようと乗り込んだマスタードは出鼻を挫かれた形だ。


「待て、待ってくれ。俺たちはただ、ディアスに会って礼を言いたいだけなんだ。決してあんたらに迷惑をかけるつもりはない」


「迷惑なんですよねぇ」


「なんと」


 女はわざとらしく咳払いをして、妖しく光るゴーグルをマスタードへと向ける。体の奥底まで覗かれているような、不気味な感覚にマスタードは軽く身を震わせた。


「なんやかんやと理由をつけてトップハンターに会いたがる人、結構いるんですよ」


 その目的は他企業からのヘッドハンティング。

 ディアスの暗殺。

 丸子製作所への口利きのお願い。

 トップハンターの傘下に入りおこぼれにあずかろうとする者。

 カーディルを口説こうとしようとする者などなど……。


 丸子製作所の最大戦力であり、広告塔であり、データ収集役であるディアスたちに余計な手出しをされることは迷惑極まりない。


 そのようなことを女は淀みなく説明した。何度も繰り返してきた口上のようだ。


「あなた方がお礼に来たのか、お礼参りに来たのか、こちらでは判断いたしかねます。お引き取りを」


 これで話は終わりだ、とばかりに言い切られてしまった。


「仕方ねえ、一時撤退だ」


 諦めきれぬマスタードの肩をペドロがぽんと叩く。マスタードは振り返り、しかし、と言おうとしたがその後が続かない。ならば言うべきではない。その程度の理性は残っていた。街一番の兵器工場ともめるのも得策とは言い難い。


「どうも、おじゃましました……」




 丸子製作所から少し離れた、屋台立ち並ぶ大通りで、マスタードは腕を組み唸りながら歩いていた。


「なんてこった。いきなり計画が頓挫とんざしたぞ」


 ペドロはいつの間に買ったのか、合成肉のフランクフルトをかじりながら隣を歩く。


「さっきの姉ちゃん、結構好みだな。是非とも夜の合同作戦を行いたいもんだ」


「よくあんな怪しげなゴーグルを着けた女に欲情できるもんだな……」


「そういうミステリアスな所がまたいいんだよ。……って、話がれちまったな。これからどうするよ?」


「敷地内に入れないとすると、外で待つしかないわけだが……」


 言葉に力がない。これが正解などとは微塵も考えていないようだ。


「ハンターオフィスで偶然の出会いを期待して、ビール一杯で朝から晩までってか、そりゃ嫌だなぁ」


 ペドロの言う通りだ、とても現実的ではない。


 火急の用事があるならばともかく、ディアスと会って語り合いたいというのはマスタードの個人的な感情であり、話す内容すら決まっていないのだ。そんなことに労力を割くわけにはいかず、友を付き合わせるわけにもいかない。


 ペドロは指先の油を尻で拭い取り、にやりと笑った。


「ただ待つよりも、少しはマシな手段がある。今しか使えないやつがな」


「聞かせてくれ」


「装甲車の修理を丸子製作所に依頼すればいい。中の施設に入れなくても、整備工場なら客でも出入りできるだろう。そこでディアスに会える保証はないが、ハンターオフィスでアホみたいに待っているよりはいくらかマシだ」


「よし、それだ! それでいこう! それしかない!」


「テンション上昇中のところ申し訳ないけどよ、会えると決まった訳じゃないからな?」


「いや会えるさ。あいつに助けられた、装甲車が壊れた、ペドロがいい感じのアイデアを出してくれた。これらは全て一本の線で繋がっていると思わないか?」


 止まらないロマンチックに突き動かされ、マスタードは駐車場へと走り出した。


 駐車場へたどり着いたとき、くず鉄業者がベコベコにへこんだ装甲車を持っていこうとしているところで、ペドロと一緒に袋叩きにしてやった。


(あぶなかった……)


 ペドロがアイデアを出すのが遅かったら、あるいは歩いてゆっくり来ていたらどうなっていたかわかったものではない。


 改めて、ディアスに繋がる糸をしっかり握ったのだと実感するマスタードであった。




 修理を依頼し、裏手の出入り口からエンジンの息も絶え絶えな装甲車を入れる。無精髭を生やした、いかにも職人でございと顔に書いてあるような男が出迎えた。


 整備班長のベンジャミンというらしい。


「エンジンは分解整備オーバーホールして、いくつか部品を代えればいけるだろ。全交換の必要はない。装甲車の本体も問題ない。これくらいの歪みならすぐに元通りだ」


「こんなにボコボコなのに?」


「それをやるのが整備士の仕事ウデだ。で、上部機関銃だが……」


「どうなんだ?」


 ペドロがぐいと身を乗り出す。長年連れ添ってきた商売道具だ。できればこれも、大したことはないよと言ってもらえることを期待していたのだが、淡い期待はあっさりと裏切られた。


「ダメだな、芯からいっちまっている。買い換えるしかないぜ」


 他で見てもらったのと同じ内容であった。整備に関わる者が口を揃えてご臨終りんじゅうだというのだ、認めなければなるまい。


「ま、そうしょんぼりしなさんな。いい機会だから前よりもっと良いものを買えばいい。銃が壊れたらもっと良い銃を。戦車が大破したらもっと良い戦車を。腕が千切れたらもっと良い腕を。それが丸子製作所のモットーだ」


「……イカれているな」


「荒野で生きるにはそれくらいタフでないと」


「嫁が死んだらもっと良い嫁を、とか言い出さないだろうな」


「そっちは取り扱っていないな。保険屋と相談してくれ」


 ベンジャミンがはしりきれたカタログを投げてよこすと、ペドロは年季の入ったベンチに座り真剣に読み始めた。廃材の寄せ集めで作ったようなベンチだが座り心地は悪くなく、工場の雰囲気にも合っているようだ。


 これであいつはしばらく大人しくしているだろうと判断したベンジャミンはマスタードの方へと向き直る。


「車体とエンジンはどうする。うちで引き受けちまっていいのかい?」


「ん? ああ、よろしく頼む……」


 マスタードは落ち着きなく周囲を見回している。無い、あの黒い戦車が無い。


「どうした、便所なら外だぞ」


「いや、実は……」


 この男は信用できそうだ。そう判断したマスタードは、ディアスに助けられたことや、できれば一言礼をいいたいのだと伝えた。


 するとベンジャミンは、わかるぞと言いたげに深く頷いた。


「礼も言わせずさっさと行っちまったか。そうだよな、うん、ディアスはそういうことする」


「誰からもそういう認識なのか」


「たとえば穴に落ちて助けを求める奴がいて、その前をディアスが通りかかったとしよう。水と食料とロープの端を投げ入れてそのまま去っていくような男だ」


ざつだ、親切心が雑だ……」


 ベンジャミンは、本当に困った奴だなといったふうに肩をすくめてみせる。ただ、その表情に嫌悪感のようなものはない。あれはあれでいい奴なんだけどね、そう言いたいのだろう。


「お前さんが会いたがっているということは奴に伝えておくよ。それでどう動くかまでは保証できんが」


「それで十分だ、ありがとう」


 会うことはできなかったが、確実に距離は縮まった、そう思うことにしよう。


 装甲車を預けて帰ろうとするが、今度はペドロが動かない。カタログをにらみ付けたまま、次はどの武器を買うかまだ決まっていないのだ。


「あと5分……あと5分……」


 これの繰り返しでずるずると引き伸ばされている。


(俺のワガママで引っ張り回したようなものだし、少しくらい待ってやるか……)


 当初、マスタードはそう考えて暖かく見守っていたのだが、それが30分、1時間、2時間となるとさすがに、


(勘弁してくれ……)


 と、うんざりとした気分になってきた。


 だが命を預けるものを真剣に選ぶことは大事であり、何でもいいからさっさとしろとは言えるはずもない。マスタードはどういう言い方をすればいいか、しばし考えてからいった。


「ペドロ、そのカタログを借りて家でゆっくり選んだらどうだ?」


「ん、そうだな。大将、カタログ持っていってもいいか?」


「新しいのがあるから、買え」


 ベンジャミンが段ボールからビニールに包まれた本を取り出した。


 ペドロは眉をひそめる。良いものを選ぶための必要経費だ、それはいい。問題は兵器カタログなどがあると、余計な物まで買ってしまいそうなことだ。自分で自分が信用できない。


 不安を感じながらポケットをまさぐりクレジットを出したその時、整備工場のシャッターがガタガタと大きな音をたてて動き始めた。金属がこすれる不快な音が工場内に響き渡る。


「おっ、帰って来やがったな」


「あれは……」


 逆行のなか切り取られるシルエット。そこに現れたのは漆黒の重戦車、23号。


 マスタードは息を呑んでその神々しい暴力装置を見つめていた。間違いない、あの時の戦車だ。

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