第148話

 半分になった白猿の首は特にもめることもなく、あっさりと受理された。


 ハンターオフィス兼酒場にて、首の入ったクーラーボックスを差し出すと店主は苦笑いしながら金庫からクレジットを出してカウンターに積み上げた。


 どうやら、あの男が話を通しておいてくれたらしい。


 逆さまに落下した衝撃で装甲車のフレームは歪み、自慢の重機関銃も大きく曲がっている。後者は無理に直そうとしても使い物にはならないだろう。弾づまり、暴発、あるいは爆発。信頼の置けない武器ほど恐ろしいものはない。


 負け戦はとにかく出費が痛い。命があるだけ儲けもの、などといった言葉が何の慰めになろうか。不安の特効薬は金だ、金しかない。


 白猿の賞金は中型ミュータントの中でも高いほうである。半分になったとはいえ、なかなかの実入りだ。出費が重なるときに賞金がもらえたのは実にありがたい。


(ありがとう、謎のお兄さん……ッ)


 マスタードは見知らぬ男に改めて感謝した。クレジットの数と種類を相棒のペドロと一緒に確認してから無造作にポケットへダイブさせる。そのうちのひとつを摘んで、将棋のようにパチリと音を立ててカウンターへ置いた。


「マスター、聞きたいことがある」


「あん? なんでぇ」


 白猿から救ってくれた男の話をして何か知らないかと尋ねると、店主は大きくため息をつきながら指先でクレジットを押し返した。


「何だ、知らないのか……」


「そうじゃねえよ。あまりにも馬鹿馬鹿しくて金なんか受け取れねぇって言っているんだ、このスカタン!」


 そんなことを言われてもな、とマスタードとペドロは顔を見合わせた。あの男とどこかで会ったような記憶はない。完全に初対面である。そんな2人の様子を見て、店主はますます呆れたようだ。完全に、馬鹿を見る目である。


「一応聞いておくがな、お前ら高ランクハンターだよな? 50位以内をキープしている、最近売り出し中のイケイケだよな?」


「マスター、表現が古いぞ。まあ、ランカーだがそれがどうした。サインでも欲しいのか?」


 ペドロが茶化すように言うが、マスターの表情もよどんだ空気も変わることはなかった。


「そのランカー様がよ、親玉のことを知らないってのはどういうことだ?」


 再度、ハンター二人は顔を見合わせる。ハンターの親玉、地味な男、漆黒の戦車。ようやく思い当たることがある。信じられないが、そういうことだろう。


「チーム、『女王機兵』。……『鉄騎士』のディアスか?」


「そうだよ。トップハンター様がわざわざやって来て、これこれこういうことだから、あいつらに半分やってくれと頭を下げて頼んできたんだ。これにこころよこたえるのが男気ってもんだろうと、にっこにこでクレジットを出したというのにお前らときたら……」


 ペドロが指先で眉毛をなぞりながらいった。


「さすがに俺らもディアスの名前くらいは知ってらぁ。だが仕方ないだろう? 今までの王様は雑誌に顔写真載せて毒にも薬にもならんような自分語りをしていたもんだが、ディアスはそういうの一切ナシだからな。顔を知っている奴のほうが少ないだろ」


「まあ、うん、そうだな……」


 店主はおとなしく引き下がった。露出のしすぎは鬱陶うっとうしいが、顔をまったく出さないのもそれはそれで困る。


「それで、どうする? 一杯やっていくか?」


 店主がカウンターをコツコツと叩く。情報料を取らなかった分、他で金を置いていけ、と。だがマスタードはゆっくりを首を振った。


「悪いなマスター。今すぐやりたい、やらなけりゃならないことがあるんだ」


「なんだよ、装甲車の修理か?」


「ディアスに会って話をする」


「何の話を?」


「わからない、わからないがとにかく語り合いたい。猛烈にそんな気分だ」


 マスタードは熱に浮かされたような表情を浮かべ背筋を伸ばし、威風堂々いふうどうどうといった風情ふぜいでハンターオフィスを出た。その背を見送った後、今度は店主とマスターが顔を見合わせる。


「なんだい、ありゃあ……」


「いい奴なんだけどな、たまにああなるんだよなぁ。足元が見えなくなるっていうか……」


 ペドロは仕方がないなといったふうに頭をぼりぼりと掻いて、指先についたフケを吹いて飛ばした。


「ま、転んだときに起こしてやる奴がいないとな」


 そういってペドロは手をひらひらと振りながら去っていった。


 人もまばらなハンターオフィスに残された店主は首をひねりながら戸棚からぬるいビールを取り出し栓を開けた。自分で飲むためである。

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