第137話 ノーマンの長い一日 1

 人生最悪の日はいつか、これを決めるのはなかなか難しい。ろくでもない思い出もろくでもない経験も腐るほどあるし、この先にどんな目に逢うかもわからないからだ。


 ただ、最悪の日はいつかと聞かれて候補に上がることは間違いない。


 これは若者たちの、そんな1日の物語である。


 時はディアスたちが新型戦車に出会うよりも少し前に遡る。



 

「今さら悔やんでもアフターフェスティバル。それはわかっているんだけどさ……」


 寂しげに呟きながら、ホルストは飲みかけのグラスを静かにテーブルに置いた。コトリ、という小さな音はハンターオフィスの喧騒けんそうにかき消される。


「わかっているならもう何も言うな。どうしようもねぇだろうが」


「あんなことになるだなんて、誰も予想できなかったからねぇ」


 同じテーブルを囲む者はノーマンとルールー。ホルストはTD号の本来の砲撃手である。


 ハンター協会の会長にミュータント狩りを体験してもらうということで戦車内に1人分のスペースが必要であり、お偉いさんの相手は苦手だということで当日、彼は戦車を降りていたのだ。そしてあの事件が起こった。


 最凶の大型ミュータントの出現。

 トップハンターの戦車が大破。

 街のハンターたちが一丸となっての戦い。

 会長の解任。


 大事件のオンパレードであり、一週間ほど経った今でも街は臓物戦車戦の話題で持ち切りであった。


 直接戦ったわけではないにせよ会長を乗せて街と戦場を往復し、記録映像も撮っていたTD号の乗員に多くのハンターが話しかけてきた。だが当然、ホルストには何も答えようがない。


『あんたTD号のメンバーだろう?』


 と話しかけられても、


『いや、俺は当日乗車していなくて……』


 などと言い訳しなければならなかった。そして相手はつまらなさそうな顔をして去っていく。そんなことが5度も6度も続くとひどく惨めな気分になってきた。


 トップハンターのディアスが臓物戦車討伐に功績のあったチームへ報償金を分配したが、当然ホルストはその恩恵にあずかることもできなかった。


 ホルストは8人兄弟の長男であり、ひとつ下の妹を学校に行かせてやりたくて金を稼いでいたのだが、その絶好の機会を逃してしまったことも悔やまれる。


 たまの休みだからとのんびり昼寝をしていて、鉄屑拾いから帰ってきた弟に、


『兄ちゃんなにやってんの?』


 と呆れ顔で言われて初めて街の異変に気がついたのだ。


 不覚、という他はない。何も知らずに惰眠だみんむさぼっていたのだ。


 同じチームのメンバーであるはずのノーマンとルールーに差をつけられてしまった。己が身の惨めさに飲まずにはいられない。


 砂糖水にアルコールと香料をぶちまけたような、酒と呼ぶのもおこがましいような代物だが、とりあえず酔うという目的は果たせるのでハンターたちには重宝されていた。


 ノーマンが鞄から数枚の写真を取り出し、ベタつくテーブルの上に放り出した。


「街の連中は飽きっぽいからな、すぐに噂話も収まる。それよりも俺たちは前へ、前へ進もうぜ」


「ゴー、アヘッド……それは結構だがな、なんだこりゃあ?」


 ホルストが緩慢かんまんな動作で写真をつまみ上げる。ぼやけて見えるのは酔っているから、ではなさそうだ。


「臓物戦車の装甲かな?」


 ルールーが聞くと、


「そうらしい」


 とノーマンは自信なさげにいった。


「親父と博士と元会長、中年男3人の秘密の鑑賞会で見つけたそうだ。これ、これな。何かのマークに見えないか?」


 ノーマンが指先でとんとんと写真を叩く。記録映像を無理やり拡大してプリントアウトしたものだ。


「見えないかって言われても、こんなぼけぼけの写真じゃなんとも答えようがないわ」


「でも確かに丸っこい何かがあるような気がしないでもなくはない……かなぁ? 泥汚れみたいなので半分隠れてわかんねぇや」


 ルールーとホルストは唸りながら写真を凝視するが、何かがありそうという以上のことは何もわからなかった。


「それで、俺たちに依頼が入ったってわけだ。戦場跡地に向かって、臓物戦車の装甲に企業名やらロゴマークやら付いていないか確かめて欲しいってな」


「へぇ、名指しで仕事が入ったんだ。ノーマンくんも有名になったもんだねぇ」


 素直に感心するルールーであったが、ノーマンは憮然ぶぜんとした表情で、


「名指しといってもな。ロベルト商会と丸子製作所、つまりは身内から回された仕事だ。しかもディアスの戦車がポンコツになって、アイザックは夜のミュータント討伐に夢中になってパス。仕方なく3番目に回ってきたんだ。喜べるかよ、みっともない」


「そりゃあディアスさんやアイザックさんに比べりゃ実力も実績も無いんだから当然でしょ。むしろ何の戦果も挙げてないないのに評価しろっていうほうがみっともないんじゃない?」


「ぐっ……」


 ルールーの言は正論に聞こえるが、ノーマンは反論できないだけで納得はしていなかった。なぜなら、彼女の言葉には中身がない。


 強いハンターたちのファンであり、推しの活躍を見ていればそれだけで満足という女だ。自分たちが戦果を挙げてのしあがってやろうという気概きがいが無いのだ。どこか他人事のような説教が心に響くわけがなかった。特にノーマンなような若者は反発すら覚えた。


 ディアス、カーディル、アイザックらのような化け物と比べられると見劣りするというだけで、ノーマンたちだってそれなりに中型を倒してきた。同世代でこれほど活躍している者は他にいないだろう。なにもしていない呼ばわりはさすがに心外だ。


「だから目に見えるような戦果が、功績が欲しいんだよ。こんな誰でもできるおつかいじゃなくてさぁ」


「だが重要な役目だろう? 臓物戦車がどこで造られたのかがわかれば、遠征目標も決まるだろうからな」


 だらしなく椅子にもたれかかっていたホルストが急に酔いを覚ましたような顔でいった。


「マウンテンバショク、という言葉を知っているか?」


「……え? なにそれ」


「簡単だけど重要な役目というのを任されたが、余計なことをして何もかも台無しにしたという故事だ」


「それでそいつ、どうなったんだ……?」


「逃亡した挙げ句に捕まって処刑された」


「げぇ……ッ」


「こうした仕事を無事にこなすのは名誉には繋がらないかもしれないが、信用は得られる。そう考えるのだが、どうだ?」


 ホルストの、酔って愚痴を吐いていたときとは別人のような妙な圧力に促されてノーマンは頷いた。


「わかった、わかったよ。この仕事は受けておくから。明日の朝、丸子製作所の格納庫に集合な」


 写真を回収して立ち去るノーマンの背を、ルールーは口を半開きにしたまま見送った。


 臓物戦車のときもピクニックミッションだって言っていたよね。そう言おうとして思い止まったのだ。口にすると現実になってしまいそうだ。


 あんなことが2度も3度もあってたまるものか。

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