第135話

 ディアスとカーディルは格納庫で戦車を見上げていた。


 いつもの整備用格納庫ではない。武器生産工場の奥の奥、機密保持用の倉庫だ。

ここに来たのは、初めて神経接続式戦車と出会って以来だ。あの時は右腕と両足を失ったカーディルを車イスに乗せて来たのだった。あれからもう、何年経っただろうか。


 感慨かんがい深いものがありディアスが軽く手を伸ばすと、カーディルも何も言わずに手を繋いだ。


 彼女の四肢には本物の腕と見分けがつかないほど精巧な義肢が付けられていた。人工皮膚を使った、丸子製作所の最新技術の塊である。肩と膝の接続部を見なければ、知らぬ者は彼女に四肢がないことなど気づかないだろう。


 臓物戦車討伐後、ディアスが最初に着手したのは戦車ではなく義肢の購入であった。珍しく焦り顔をして戦車のことなど、どうでもいいとばかりに脇目もふらず義肢製造部へと直談判をしたものだ。ディアスの熱意と、山のように積まれたクレジットに押されてサイバネ医師たちは奮い起った。


 定期的に健康診断を受けていたカーディルの生体データは揃っている。そして、丸子製作所のサイバネ医師たちは予算さえあればやってみたいアイデアを常にいくつも抱えているような連中である。本来ならば3ヶ月、下手をすれば3年がかりで開発するようなものを3週間で、完璧な形で仕上げてきた。


 ここ数日、カーディルは暇さえあれば自分の手足を見ながらにやにやと笑っていた。黒髪の美女が自分の足を外して頬ずりする姿はなかなかにシュールだ。


 日常生活が落ち着いてからようやく戦車の購入を検討し始めた。1ヶ月も経ってからようやくマルコに相談すると、こっちはとっくに準備ができているんだとばかりに、マルコは少々呆れながらこの場へ案内したのであった。




「……ほとんど趣味の世界ね」


 カーディルが眉を八の字に曲げていった。めているのかけなしているのか微妙な物言いだが、マルコは素直に誉め言葉と受け取ったようで深く頷いた。


 以前使っていた21号もそれなりの大きさだったが、これはさらに一回りも大きい。無論、機動要塞や臓物戦車などとは比べ物にならないが、搭乗員2名の戦車の大きさとしては破格とも非常識ともいえる。


「これはまともに動くのですか? 前に進むか進まないかという意味でなく、ハンターの雑な扱いに耐えうるかという意味で」


 と、ディアスが無表情で聞いた。


 武装が多彩かつ強力であることも装甲が分厚いことも見た目でわかる。だが動きが亀では意味がないし、すぐ壊れるようでも困る。


 そうした問いにマルコはひとを小ばかにしてような歪んだ笑みを浮かべた。その程度のことは考えていないわけがないだろう、と。


「戦車に求められる基本的な3つの要素とは攻撃力、防御力、機動力であり、それらを高いレベルでバランスよく備えたものが良い戦車だ。砲を大きくすれば重くなる、重くなったら遅くなる、装甲を剥がせばもろくなる。バランス良くと一口に言ってもこれがなかなか難しい。これだけデカけりゃ遅いのではと心配するのも無理からぬことだねぇ、うん」


 マルコは芝居がかった仕草でやれやれと首を振ってみせた。できの悪い生徒に語りかけるような口調が、徐々に熱を帯びてくる。


 ディアスとしてはさっさと結論を言えという気分であったが、そこはぐっとこらえた。マルコがこうなったとき、へたに催促さいそくしても話がややこしくなるだけだと長い付き合いでよく知っていたし、多少遠回りになったとしてもこれから乗るであろう戦車の話は真面目に聞いておきたい。


「重いものを動かすにはどうすればいいか? 簡単だ、エンジンを強化すればいい。丸子製作所の最新エンジンを2基搭載、ダブルエンジンだ! 厳密にはちょいと違うが、履帯りたい1本につきエンジン1基と解釈すれば、こいつがどんな化け物か想像がつくだろう? この図体で最高時速80キロだ、たまらんなぁ!」


 資料を持ってはいるが見てはいない。スペックは全て暗記しているようだ。


「主砲は120ミリ滑空砲、自動装填装置は榴弾や焼夷弾などの特殊砲弾にも対応! ガトリングガン2門に射角45度の対空機銃! こいつの前では大型ミュータントなど挽肉ひきにくか、挽肉になる予定の肉でしかないねぇ!」


 おかしくてたまらない、といった風に笑って見せた。彼はミュータントが大好きで、自分の作った兵器がミュータントを蹴散らすのはもっと好き、そういう男だ。


「博士の好きなもの全部乗せ、というわけですか」


「全部? 冗談じゃない、これでもやりたいことのごく一部さ。レーザー兵器も積みたかったが実用可能な出力を得るには車体の半分くらいを占めることになるし、主砲を普通に撃ったほうが普通に強い! クモ型多脚戦車や、いっそのこと人型二足歩行ロボットにしたかったが整備班から関節の負担がどうの、磨耗まもうがどうのと大反対されてお蔵入りだよ」


「人型兵器を作るくらいなら、その技術と予算を通常の戦車に注いだほうがよほど強いだろう、とはよく聞きますね」


 カーディルが笑っていうと、マルコは言葉に詰まった。言い返したいが、反論のための材料が『ロマン』しかなかった。


 何よりも信頼性を重視するハンターたちにとって、人型兵器が実用可能かどうかなど完全に他人事だ。出来たら見せてね、くらいにしか思っていない。


「技術の壁を越えるには、いつか挑戦しなけりゃならないジャンルだと思うんだよなぁ……」


 未練のこもった呟きに、答える者はいない。


 ディアスは正面装甲に触れたままじっと黙っていた。確かに凄まじい戦車だ、様々な状況に対応できるのも実にいい。


 もし臓物戦車戦で榴弾や焼夷弾があればもっと効果的に戦えたかもしれない。

対空機銃は空を飛ぶ相手が現れた場合だけでなく、見上げるほどの大型ミュータントにも通用するだろう。


 最高時速80キロという話だが、カーディルが神経接続によって操作すればスペック以上の動きをしてくれるだろう。


 これだけの力を得てなお、続く戦いが楽勝などとは思えなかった。


 より強大に、より凶悪に、そして悪趣味に進化するミュータント。遺跡でその片鱗を見せた形なき悪意。今はまだ『何か』としか言いようがない背後に控えるものを倒さぬ限り、自分たちの戦いが終わることはない。


 以前、戦い続ける目的を彼らしからぬ言葉で宿命さだめと呼んだ。その言葉に偽りはない。後悔もない。


 愛する人と静かに暮らしたいと思うと同時に、戦いの衝動に駆られてもいた。理屈ではない、人生をミュータントに狂わされた者として、やらねばならぬことだ。


 ようやく立ち直ったマルコがいった。


「まだ組み立て中で神経接続式に改修もしなけりゃならないし、実際に動かせるのは1ヶ月後くらいかな」


「慣らし運転などもしなければならないので、実戦に使えるのはさらに先ですね」


「そう、そしてその次は――……」


 少しばかりの間をおいて、嘆息たんそくをもらした。


「北に1000キロ先の『隣り町』までお出かけだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る