新世界へ
第134話
臓物戦車討伐から数日後。
ディアスは大型ミュータント討伐の懸賞金を23等分しようとした。内訳はディアス、アイザック、ノーマン、そして後半から参加したハンターのうち積極的に戦っていた20チームである。全滅して受取人の存在しないチームもあったので、それについては改めて分配されることになった。
こうした処置について、
「恨み
といった陰口を叩かれることはあったが、だからといって賞金を突き返そうなどという者はひとりもいなかった。
ディアスとしては余計な恨みを買わないように、などという処世術には最初から興味はなかった。ひとりで倒したわけではないから皆で分けた、 そんなシンプルな理由である。
大金がかかった話なのでカーディルにも相談したが、彼女は金を惜しむよりも愛する男が公正な人間であることこそを喜び、二つ返事で了承した。
ちなみに、ろくに働かなかった70輛に関しては完全に無視、居ないものとして扱った。結果として余計な恨みをたっぷり買うことになったのである。
こうして彼は街のハンターたちから、
『公正で話のわかる男』
『
という、真逆の評価を得るに至った。
もっとも彼はそんな評判など、どうでもよかった。倉庫を改築した部屋のなかでカーディルの豊満な胸に顔を埋め、
「ディアスの射撃はすごいよねぇ。最後の一発なんてもう、芸術よ、ゲージツ」
などと褒めてもらえれば心がとろけるほどに満足していた。
ハンターオフィスでは彼の評価をめぐって何度も口論がなされ、時には殴り合いにまで発展したが、当の本人は預かり知らぬことである。
22号(仮)は丸子製作所が客から整備のためにと預かっていたものを、臓物戦車討伐に勝手に使ってしまったものだ。
ハンターは武器を他人に触られることを極端に嫌う。細かい調整、ちょっとした不備が命取りになるからだ。整備のために預けるのと、勝手に使われるのでは話がまるで違う。
当然、本来のオーナーは激怒した。無事に帰ってきたからよいという問題ではない。これは信用に関わる話だ。
しかし整備班長のベンジャミンが説明し、これが大型ミュータントを倒した実績という箔がついたと知ると怒りは鎮まり、こちらの不備なので後金は結構ですと言われると、
「次から気をつけてくれよ」
といった台詞をにやけ顔で吐いて客は去っていった。
大型ミュータントを倒すためには戦車だけでなく、一流の射手と操縦手が必要なのだが……とも考えたが、客が満足しているようなのであえて黙っているベンジャミンであった。
今回の功労者であるスティーブンであるが、彼はハンター協会会長の職を
ハンターたちをミュータント討伐に駆り出すために金をばら撒くなど前代未聞であり、その件が中央議会で問題視されたのだ。
これから先、大型ミュータントが現れる度に大盤振る舞いを要求されるのではたまったものではない。スティーブンが勝手にやったことだという形で処分は必要なことだ。
一時は死罪にするべきだという声が上がったが、スティーブンを擁護する者もそれなりにいて議論は紛糾、会長職から外すことを落としどころとした。
この際、効果を発揮したのがロベルトの取り出したデータチップだ。
ロベルトは巨大スクリーンに映し出された臓物戦車の映像を背景に、大型ミュータントがいかに危険な存在であるか、これが街に入り込んでいたらどうなっていたか、スティーブンの行動は最善ではないかもしれないが最悪ではなかった、といった熱弁を振るった。
処分を求めた者たちは納得したというより、ロベルトの熱量に圧されたところが大きい。
会議終了後に簡単な荷物整理をしてIDカードを返納すると、自分は本当に中央議会とは無関係の人間になったのだなという実感が湧いてきた。
喪失感はある。だが想像していたほどではない。自分が意外に冷静であることに驚いてもいた。
以前は肩書きを失ったら生きている価値がないとまで思っていたのだが、いざなくしてしまえば、
(まぁ、こんなものか……)
といったところであった。
受付のゴミを見るような視線を背中に感じながら外に出ようとしたところで、いきなり肩を捕まれ引き寄せられた。
「よう、大将。お疲れさん」
振り向くと、ロベルトのにやけ顔が間近に迫る。少し遅れてマルコもやってきた。こんな場所でも白衣の男はやたらと目立つ。
「ロベルトさん、先ほどは擁護していただき、まことに……」
礼を述べようとすると、ロベルトは面倒くさそうに手をひらひらと振っていった。
「いいから、いいからそういうの。時間の無駄だ。おっさん2人が議会のロビーでどうもどうもってか、あほくさ」
相変わらず見も蓋もない言いぐさである。だったら何で話しかけたんだよ、という言葉を飲み込んで、代わりにふと思い付いた疑問を口にした。
「そういえばあの大型ミュータントの映像、いつの間にあんのなもの撮ったんですか?」
「いつもクソもあるかい。お前さんもずっと一緒だったろうが」
「え?」
「うちの孝行息子の戦車にカメラが取り付けてあんのさ。おいしい映像が撮れたらパパがおこづかいあげようって決まりでな」
なんとなく見覚えのある映像だとは思っていたが、戦車内のモニターから見ていたものと同じであったか。途中で気付いてもよさそうなものだが、自分は本当に心に余裕がなかったのだなとスティーブンは自嘲気味に笑った。
「とはいえ、ずっと遠くから眺めているだけの映像だから記録映像として価値はあるが、迫力には欠けるけどな」
「はは……ディアスたちの戦車にカメラが付いていれば、さぞかしおいしい絵が撮れたのでしょうね」
「積んでいたんだ……」
マルコが、財布を落としたってこうはならないだろうというくらい悲し気にいった。
「あ、はい……」
スティーブンは21号が踏み潰され、炎上していた光景を思い出した。潰されただけならまだデータが残っている可能性もあっただろうが、燃えてしまったのではどうしようもない。
これは後から知った話だが、マルコは諦めきれずに回収車を向かわせて残骸を調べさせたのだそうだ。やはり、駄目だった。
「なくしたもんは仕方ねぇだろ。ところでスティーブンさんよ、俺たちはこれからデータの検証というか鑑賞会をやるわけだが、お前さんも一緒にどうだい? 議会に提出しなかったマル秘写真なんかも沢山あるぞ」
ロベルトの気楽な物言いに、スティーブンは自分でも意外に思うほどの不快感が一気に湧いてきた。安全な位置から映像や写真を見て、ああだこうだと話し合いミュータントを知ったような面をする。金持ちの悪趣味な道楽だ。
以前はなんとも思わなかったことが、ハンターの戦いを知った今ではとても付き合う気にはなれなかった。
「いえ、私はもうハンター協会とも中央議会とも何ら関係のない人間ですから……」
適当に断ろうとすると、ロベルトは試すようにいった。
「臓物戦車、だったか。あれがどこで作られ、その街が今どうなっているのか、気にならなねぇかい?」
「あ……」
あれがミュータントに乗っ取られたものだというのであれば当然、どこかにそれを作った者がいるということだ。スティーブンは臓物戦車を倒したことで全て終わった気になっていたことを恥じた。
終わったところではない、新たな問題の始まりだ。
「そういうのも含めて、資料を見ながらこれからどうするか相談しようって話だ。場合によってはよその街まで遠征しなけりゃなるまいな。この一件から手を引きたいってんなら、強制はしないけどよ」
私はもう何の権限もなく、お役に立てそうもないので……と、いう言葉が喉まで出かかった。違う、そうではない。本当に自分がやりたいことは何だ。
スティーブンは表情を引き締めて答えた。
「是非、お願いします」
雑用でも何でもいい。どんな形でも結末を見届けたい。
義務はない、責任もない。これは己の願いだ。
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