第133話

 ディアスたちの参加により戦局は大きく動いた。


 ハンターたちに芽生えた感情は少しの安心と、焦燥しょうそう。後からのこのこやって来た奴に賞金を持っていかれてたまるかという憎悪。


 まず初めに臓物戦車と戦っていたのがディアスとアイザックなので、後からやって来て、という考えはあまり正確ではないのだが。これを積極的に戦っている者たちだけが考えているならまだしも、後方の見物人までもがそう考えているのだから始末が悪い。ハンターの品性とはおおよそこうしたものである。


 そんなハンターたちの思惑など知ったことかとばかりに、22号(仮)は再度攻撃を仕掛けた。


 カーディルは慣れぬ車輌で、神経接続ではなく義肢で操縦桿そうじゅうかんを握っての操作であったが、その動きは鮮やかの一語に尽きる。戦車の操縦が体に染み付いているのだ。無論、神経接続式の21号に比べればその動きは見劣りするが、戦車砲が半分ほどに減った臓物戦車相手に優位に立ち回ることができた。


(私たちが抜けた間、本当によく戦ってくれたのね……)


 見物に徹する70輛は犬のクソだが、前線の15輛は信用できるようだ。最初から何も期待していなかっただけに、信用できる相手がこれほどいるとは予想外であった。


「奴らに賞金を渡すな! 行けぇ!」


 前線の15輛がさらに奮起ふんきし、後方の30輛が遠慮がちに前進し砲撃を開始した。この期に及んで残る40輛はもう完全に他人事である。のんびりと参加賞の使い道を指折り考えていた。


 中型ミュータントであれば数十体は討ち取れたであろう、膨大な鉄量が飛び交う。無尽蔵の回復力を持つと思われた臓物戦車の砲が折られ、肉が抉られ、装甲がひしゃげた。


 ハンター側も損害が大きい。断末魔にも似た砲弾の乱舞に貫かれ、3輛が大破。5輛が異常をきたし後方へと下がった。


 それでも互いに怯むどころか、攻撃はますます苛烈かれつになった。誰もが感じている、今こそ正念場、決着のときであると。


 臓物戦車の正面、60センチ巨大臼砲が放たれた。目標は後方で固まる見物客たちだ。この種の攻撃は相手が密集しているほどに効果が大きい。


 事前にデータはもらっていたので、この攻撃がどれほど恐ろしいかはよく知っていた。どの方向へ逃げるか、などと考える暇もない。彼らは蜘蛛の子を散らすように散開したが、中には操縦桿から手を離して気楽に見物していたような愚か者がいて、反応が遅れて至近距離で爆風に巻き込まれた。


 砲塔が吹き飛ばされ、中身がぐちゃぐちゃになった車輌がある。


 またあるときは数十トンの戦車が高く持ち上げられ、地面に叩きつけられた。


 ひっくり返されるだけで乗員は打ち身や骨折程度で済んだケースもあるが、牽引して助けてやろうなどという親切者はどこにもいなかった。


「ディアス、あれ見て! 肉が……」


「ああ……ッ!」


 砲弾を取り込み、肉が盛り上がり何事もなかったように再生していた臓器が、いまや穴だらけで赤黒い血を流し続けていた。再生能力の限界だ。


 その奥の奥にちらと見えた、鈍色の無機質な物体。


「あれは、エンジンか……?」


 肉と臓器に被われていた心臓部。ミュータントでありながらその本質は戦車であったということか。あれを止めれば倒せる、そんな直感を得た。


 エンジンを狙える位置へと回り込もうとしたそのとき、臓物戦車が吠えた。大気が震えるほどに大きく、おぞましい叫び声。


 誰もが一瞬怯んだ。ディアスたちとて例外ではない。この世に呪いなどというものが存在するのであれば、これを呪縛と呼ぶべきだろう。


 血か、オイルか、腐った肉か。訳のわからぬどす黒い液体を垂れ流しながら臓物戦車はハンターたちを無視して高速で前進した。


(逃げる、のか……?)


 安堵するような空気が流れる。だが、それもほんの数秒のことだ。


 最悪のシナリオに気付いたのはスティーブンだった。マイクを握りしめ、全体回線で叫ぶ。


「奴を止めろ! あの方向に街がある!」


 瀕死の大型ミュータントが街へと行ってどうするつもりか。その巨体でもって蹂躙じゅうりんし、道連れとするのか。


 歴史上のミュータント被害のなかでも最大、最悪のものになるだろう。数千、数万の人間が巨大な履帯、その惨殺兵器に巻き込まれ肉片と成り果てる。


 ここまできて、そんなことを許すわけにはいかない。スティーブンはまるで祈るようにマイクを両手で握っていた。きっちりとセットされていた前髪が汗で額に張り付く。


(誰か、誰でもいい、あの悪魔を止めてくれ……ッ!)


 臓物戦車はその巨体に似合わず、最高速度は恐ろしく速い。並みの戦車では追い付けないほどだ。一瞬の空白が今になって高くついた。


 全車両が一斉に追いかけるが、そのほとんどが引き離された。慌てて撃った砲弾も効果は薄い。すり抜けるか後部に突き刺さったものもあるが、ただそれだけだ。


 比較的足の速い戦車が数輛回り込もうとするが、臓物戦車の戦車砲による一斉射撃によって牽制され、また引き離された。


 突っ込みすぎた1輛がなんとか直撃は避けたものの、履帯を千切られその場で滑って停止した。


 もうどうにもならないのか。スティーブンが諦めかけたそのとき、行動不能となった戦車の脇を通り抜け、砂煙の中から22号が飛び出した。


 戦車砲は撃ち尽くし、次弾装填までタイムラグがあるはずだ。ダメージを与え続けてきた右側に張り付き、砲塔を向ける。先ほど見えたエンジン部には薄く肉が張られていたが、場所はしっかりと覚えていた。


 ディアスは素早く息を吐き出し、止める。音も、時間も止まったような感覚のなかで、発射装置を押した。


 徹甲弾が臓物戦車の体内へと侵入し、肉を巻き込みエンジンを貫いた。


 沈黙。そしてドン、と上下に振られるような衝撃が大地を通して伝わった。内部から出た火によって、臓物戦車が燃え盛る。肉が焼け、黒煙が立ち上る。その光景はまるで、浄化された悪霊が天にかえるかのようであった。


「やった、のか……?」


 誰かが遠慮がちに呟いた。


「おう、やったぜ、やったんだぜ……」

「くたばりやがったクソ野郎がよぉ!」

「酒はないのか!? あの野郎の死に様をさかなに一杯やりてぇ!」

「戦車で飲酒運転はやめとけって……」


 湧きあがる歓声と雄叫び。感極まって泣き出す者までいた。ハンターたちはハッチから身を乗り出して、拳を突き上げ叫ぶ。


 そんな熱狂のなか、ディアスだけが暗い瞳で燃え盛る臓物戦車を見つめていた。歓声から身を遠ざけるように、通信機のボリュームを落とす。


 炎の中から、数体の肉人間が転げ出てきた。その体にも火がついており、助けを求めるように手を伸ばして、倒れた。


 彼らが元は人間であったことは、もう疑いようがないだろう。それがわかったところで救う方法は何もない。


「あんたらは俺が殺した。それだけは、忘れないつもりだ……」


 ミュータントを倒す度に青年の胸中に積み重なるものは名誉ではなく、罪の意識であった。

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