第132話

 臓物戦車との戦いは一進一退。ハンターたちの消極的攻勢が続いていた。


 しかし、アイザックが危惧したほどにどうしようもない状況でもなかった。戦う意思のある者たちが確かに存在したのだ。


 とにかく金が欲しい。

 ディアスを追い落としてトップハンターになりたい。

 会長の目に留まり後ろ楯を得たい。

 さらに希少ではあるが、純粋に街を守りたいと願う者もいた。


 そして、勇敢な者から先に死んでいく。


 積極的に戦う車両は20輛。そのうち、5輛が既に大破していた。初めて戦う大型ミュータント。頭上から乱射される砲弾は避けづらく、今までとは勝手の違う相手に苦戦していた。


 2輛は動かなくなると同時に戦車を放棄した。


 1輛は当たりどころが悪く、炎上した。脱出するところは誰も見ていない。


 1輛が戦車を捨てて逃げることに躊躇ちゅうちょして、なんとか動かそうとしているうちに踏み潰された。


 1輛が脱出しようと上部ハッチを開け身を乗り出したところで、赤黒い肉人間に襲われ首の骨を折られた。


 糸が切れたように車内に崩れ落ちる男。続いて訳のわからぬ叫び声をあげながら滑り込む肉人間。悲鳴、銃声、やがて訪れる沈黙。


 車内に残ったものは2つの死体と、肉塊。そして発狂したハンターが1人。


 たった1体のミュータントが地獄を作り出す。それが大型、あらゆる常識が通じぬ異形の存在だ。


 スティーブンはモニターを見ながら口元を押さえ、沸き上がる悪寒に耐えていた。詳しい死に様が分かるわけではないが、多くのハンターが犠牲になったことだけはわかる。


(私があおって、死地へと向かわせたのだ……ッ)


 戦車という密室のなかで息苦しくなってきた。気を抜けば重圧で意識を失ってしまいそうだ。


 アイザックたちの態度がどこかよそよそしいものであった、その理由がようやくわかった。この地獄絵図こそが戦いの本質だ。


 ハンターの元締めである自分が気まぐれで戦車に同乗し、弾をばらまいてはしゃいでいる様をさぞかし苦々しく思っていたことだろう。今ならばわかる。謙虚な気持ちで1からハンターの心得というものを語りたい、聞いてまわりたい。


(アイザック、ディアス、カーディル……ああ、彼らは無事に街へとたどり着けただろうか)


 心配と、なぜここに居てくれないのだという気持ちがせめぎあう。身勝手な言いぐさと自覚はしているが。


「会長、どうぞ」


「ん? あ、うむ。ありがとう」


 銀髪の少女が差し出した水筒を震える手で受け取り、水を喉へと流し込んだ。ぬるい、そして不味い。それでも緊張を少しだけほぐすことができたようで、一息つくことができた。


(なんていい子だ。どうしてこいつは私の娘じゃないんだ、クソッ)


 精神状態が怪しげな領域へと入り、怒り方まで理不尽になってきた。


 水筒を差し出した姿勢のまま、ルールーが不安げに顔を覗きこんでいることに気付く。スティーブンは何でもないような顔を――少なくともそう振る舞う努力は――して、水をもう一杯飲んだ。


 落ち着け、落ち着こう、よし落ち着いた。


 ある程度気持ちの整理がつくと、今度は日和見の70輛に対して苛立ちが湧いて出てきた。


 当たりもしない砲弾を放ち、無意味に前後に動く。言い訳を用意しているならまだマシな方で、完全に停止している車両まであった。


 ああした連中は必死に戦っている者を指差して、馬鹿な奴だと嘲笑わらっているのだろうか。


 奴らには報酬はなし、としたいところだがそれはできない。参加するだけで報酬を出すといったのは他ならぬスティーブン自身だ。


 ハンターと協会の関係は金銭で繋がっているだけであり、虚偽や未払いといった金銭的な信用を失うことは即ち、防衛の制度そのものの崩壊を招く。後になってから条件の付け足しなど許されないのだ。


 これだけの戦力を集めたときは少し浮かれた、自惚うぬぼれた気分もあったが、今はそんなもの霧散してしまっている。集めることと、動かすことはまったくの別物だと思い知らされた。


「ノーマン、少し前進しよう」


「え?」


「スポンサーに死んでもらっては困るはずだ。私が前に出れば奴らも動かざるを得ない。そうだろう?」


 沈黙。そしてすぐにノーマンは首を振った。


「総大将が軽々しく動けば、全軍に動揺が走ります。それこそ、必死に戦っている奴らにまで余計なストレスを与えかねません。それに万が一、本当に会長の身に何かあれば戦線は崩壊します」


「私にできることは何もないということか!?」


「耐えてください。トップの役目とは、そういうものです」


 なおも言い返そうとするが、ノーマンの苦渋に満ちた表情が薄暗い天井灯に照らされるのをみると何も言えなくなった。今すぐにでも突撃したいと思うのは彼も一緒だ。


(わかっている。私はこのプレッシャーから逃げ出したいから前進しようなどと、おためごかしを言った。そうした部分が無いと言い切れたか……?)


 耐えねばならない。仲間が何人やられようと、どっしりと構えていなければならない。だがそれで勝てるという保証はあるか?


 わからない。何が正しいのかわからない。そもそも、誰かが正解を用意してくれているわけがない。全て己が、己の責任で決めなければならないのだ。


 ただそこにいる。それだけのことが、あまりにも辛い。


「後方から金属反応! 戦車1輛、ものすごい速さです!」


 ルールーがレーダーを見ながら叫ぶ。スティーブンとしては、だからなんだよとつばでも吐きたい気分であった。遅刻した奴が慌てて追いかけて来たといったところだろう。そんな奴がいまさら何の役に立つのだ。


 スティーブンは忌々しげにレーダーに目を移すと、おやっと呟いた。レーダーの見方はよくわからないが、確かに速い。緑色の粒が一直線に向かって来ている。


「邪魔だ、どけ!」


 全体回線で聞こえた、鋭く叱責する男の声。迫り来る戦車の5.56ミリ機銃が吠え、見物に徹する1輛に衝撃を与えた。装甲の厚い部分を狙い撃ちにしダメージは少ないにせよ、やられた方はたまったものではない。


 何のつもりか、あいつは敵なのか。困惑する者たちの間をすり抜け臓物戦車へと挑みかかる。


 ノーマンはこの時点で、あの戦車に乗っているのが誰かハッキリとわかった。この場面で味方に平然と機銃を撃ちかけるような奴を1人しか知らない。苦い思い出とともに、安堵の息を漏らした。


 臓物戦車は闖入者ちんにゅうしゃへと砲を向け一斉に発射した。砲弾が降り注ぎ、戦っていた15輛が距離を取った。だが突撃した戦車だけは敵の弾道を全て見切り華麗に1回転してかわし、カウンターの一撃を食らわせる。


 戦車砲が折れ、鮮血が吹き出す。その戦車は折れた戦車砲が地につかぬうちに熱い砂埃を巻き上げ射程外へと走り抜けた。あまりにも鮮やかな一撃離脱に、誰もが目を見張った。


「女王機兵、これより参戦する」


 それだけを淡々と述べて、再度突撃を敢行かんこうするべく車体を反転させた。


 スティーブンは腹の底から笑いが込み上げてきた。


 誰が戦い、誰が逃げ回っているか、そんなこと最初から彼らには関係のないことだ。己のやるべきことをやる、ただそれだけなのだろう。


 王者の戦いとはそうしたものかと、ひどく納得した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る