第131話
「それじゃ俺も行ってくらぁ。何の役に立てるかはわからんが、せめて近くで見届けたいからな」
アイザックが手をひらひらと振りながらバイクに跨がった。
「いいねぇ。僕も行きたいもんだ」
マルコが羨ましそうにいった。冗談半分、後の半分は本気だ。
「やめとけって。博士が外に出ると必ず面倒ごとに巻き込まれるんだからよ」
「そうなんだよねぇ」
自覚ならばありすぎるほどある。どこで命を落としていても不思議では無いくらいだ。それでも時間が経てばまた行きたくなってしまうのだから困ったものである。
「ところでひとつ気になることがあるんだが――」
と、ふいに表情を引き締めていった。
「戦車90
「90? 60輛じゃなかったか?」
「集合時間には間に合わなかったけど後を追っていった奴が結構いるのさ。これで金がもらえるかどうかわからないのに、ご苦労なことだ。……それで、どうなんだい?」
「ふむぅ……」
アイザックは少しヒゲの伸びはじめたアゴを撫でながら考え込んだ。この得体の知れない不安の元はなんだろうかと。大型ミュータントというのは、単純に中型が大きくなった奴との戦いと考えてよいのだろうか?
否、これは城攻めだ。戦車で要塞を落とそうというのだから一筋縄ではいくまい。それでも90輛が一斉にかかれば火力で圧倒できるだろう。だが、それはあり得ない。
参加さえすれば金がもらえるのだ。ならば無理をせず敵の射程外を適当にうろうろしていようという
大型ミュータントに止めを刺して莫大な懸賞金をいただこうという野心を持つ者にしても、できれば他人がダメージを与えて弱ってから美味しいところをいただきたいと考えることだろう。今ごろ、仲間同士で
アイザックはハンターのことをよく知っている。だからこそまったく信用していなかった。烏合の衆、という言葉が相応しい。
ちょっと被害が出たくらいで逃げ出す奴が出て、それに呼応して一気に崩壊する、という最悪のシナリオさえ十分にあり得ることだ。そうなれば二度と立ち直れないだろう。臓物戦車を倒す機会は永遠に失われる。
スティーブンがごろつきどもを
一斉攻撃など夢のまた夢。いかに数が多かろうと散発的な攻撃がどれほど効果があるものだろうか。
だからこそ、英雄が必要なのだ。勇猛果敢に突撃し、的確にダメージを与え、この戦いは勝てると思わせる存在が。
誰もが死にたくはないが、負けたから報酬は無しと言われてもこまるのだ。勝てる、そうした雰囲気を作れば風見鶏どもを戦闘に巻き込むこともできるだろう。
以上のことをアイザックは整理しながらマルコに語ると、マルコは眉をひそめながらいった。
「どうしようもない連中だな……」
「まったくだ。だがハンターの立場からすりゃあ、わからんでもないんだよな」
どちらの気持ちもわかる。だからこそアイザックは苦笑して見せることしかできなかった。
よし、と気合いを入れ直し、爆音を鳴り響かせながら飛び出していった。
アイザックの姿は一瞬で消え、漂う排気ガスにベンジャミンが罵声を浴びせた。
「ちくしょう! あの馬鹿、またマフラー外しやがった!」
腹の底まで響くような音がしないとバイクに乗っている気がしない、などといって消音機を勝手に外す悪癖がアイザックにはあった。ハンターのなかではまともといっても、あくまて比較的という話であり、やはり彼もハンターであった。不条理、身勝手、理不尽。ありとあらゆる悪口の体現者である。
マルコは信頼するハンターたちが戦場へと舞い戻ったその格納庫の扉、地獄の門を目を細めてじっと眺めていた。
大型ミュータントの登場により、戦車に求められる性能は変わってきた。砲弾はより遠く、より強力に。巨大生物を見上げる形になるので射角も大きく取れるようにしなければ。
ディアスとカーディルが帰ってきたら新しい戦車を用意してやらねばなるまい。彼らのリクエストを聞きながら、未知の領域へと踏み込む戦車を作り上げるのだ。
考えるだけで楽しくなってきて、くっくと怪しげな含み笑いが漏れた。
「班長、僕は執務室に戻って図面を引いているから。後はよろしく」
「悪巧みですか?」
「そんなところさ」
技術的、物理的、倫理的に問題のありそうなアイデアを浮かべては消し、消しては浮かべながら、マルコは足取り軽く立ち去って行った。
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