第130話

 正直なところ、スティーブンという男を見くびっていた。さらに言えば、見下していたかもしれない。


 まさか援軍を率いて戻ってくるなど、期待していないどころか考えもしなった。


 単独で敵を倒すつもりで無理をしたのであって、援軍が来るとわかっていればもっと慎重に、時間を稼ぐ戦いかたができていたのだが、とディアスは後悔していた。


 しかし、これは完全に結果論というべきだろう。スティーブンという男の本質を見抜くための機会も時間もなく、そもそも本人が覚悟を決めたのが街に戻る直前のことだ。ほとんど赤の他人であるディアスたちに、助けが来ることなど予想できるはずもない。


 アイザックは岩陰にバイクを止めて、スティーブンに状況を説明していた。ディアスも降りてその様子を見守っている。自分にできることはもう何もないと、一抹の寂しさを感じながら。


「はぁっ!? 21号が潰されたって、ウソだろう!?」


 スティーブンがすっとんきょうな声をあげた。信じられないという気持ちと、あてが外れたという失望のためだ。戦車隊の中心、戦力の要となる戦車がすでに破壊されていた。ミュータント討伐のことなどよくわからないが、勝利への自信が大きく揺らいだことだけは間違いない。


「残念ながら事実です。ディアスとカーディルはなんとか脱出して無事ですが」


 アイザックはちらとディアスたちに視線を移した。


 無事とは、なにごともないという意味である。戦車を潰され武器も義肢も捨てて逃げ出し、四肢のない女を背負って途方にくれるこの男の様子が無事と呼べるだろうかと考えてしまった。


「右側の戦車砲は半分くらい潰してあるそうなので、出来る限りそっちから攻めてください。それでは……」


「え、もう行ってしまうのか?」


「ここに居ても出来ることはありませんので」


 スティーブンの不安はわかる。たとえ戦えなくともアドバイザーとして残って欲しいのだろう。そうと知りつつ、アイザックは未練を断ち切るように通信機のスイッチを切った。


 疲れた。それが今の正直な感想である。


 アイザックとスティーブンが話している間、ディアスとカーディルも何事かをぼそぼそと相談していたようだ。


「それじゃ、帰るか……」


 アイザックが力なく吐き出すようにいい、バイクにまたがろうとすると、ディアスの肩越しにカーディルが顔を覗かせていった。


「丸子製作所までやって」


「おう、帰ってゆっくり休みな」


 物置小屋を改造したカーディルたちの家は丸子製作所の敷地内にある。だから家まで送ってくれという意味だと解釈したのだが、カーディルは夜叉のごとき鬼気迫る表情でそれを否定した。


「何をぬるいこと言っているの。戦車を借りて、戻って、あのクソミュータントをぶち殺すのよ……ッ!」


 本気かこの女。正気ではないのかもしれない。完膚なきまでに叩きのめされ、敗残兵としか言い様のない姿に成り果てても、まだ闘争心を失わないというのか。


「ミュータントに、舐められたまま終わってたまるか……ッ」


 まだ疲れが抜けたわけではあるまい。土気色の顔をして、眼だけがギラギラと光っている。カーディルに過激な一面があるのは知っていたつもりだが、ここまで憎悪をあらわにするのを見るのは初めてだ。


 さらに意外なのは、ディアスが黙って従っていることだ。この男、カーディルの安全こそ第一ではなかったのか。


「お前さんはどうなんだ。こんな状態のカーディルをまだ危険に晒そうってのかい?」


「俺たちがミュータントと戦うのは――」


 少し間を置いて、ディアスはいった。


宿命さだめ、みたいなものだ」


 今日だけで他人の意外な一面を何度も見てきたが、これが一番理解不能であった。宿命、運命、神、哲学。そうした言葉を冷笑するような男ではなかったのか。


 砲撃音がアイザックの思考を遮った。ハンター連合と臓物戦車の戦いが始まったようだ。ここでのんびりと問答している暇はない。




 丸子製作所の格納庫に戻ると多くの職員たちが出迎えた。誰もが不安げな顔で。ひとりだけ好奇心丸出しで。


 人の山をかき分けて整備班長のベンジャミンがずいと前に出てきた。


「なんで3ケツしていやがるんだ。21号はどうした?」


「破壊されました」


「げぇ……ッ」


「踏み潰されて炎上したので、回収もできません」


「がぁぁぁぁぁぁあッ!」


 最高傑作が破壊されてしまった。信じたくない、とばかりに頭を抱えて叫び出すベンジャミンであった。


 そんな彼の苦悩を無視して、ディアスは格納庫内をぐるりと見回した。


「班長、あの戦車を貸してください」


 使い込まれた、鈍色の重戦車を指差す。


「貸してくださいってお前、まさかすぐに出撃するつもりか? というかだな、あれは客から預かっているもんだぞ」


「そんなこと言っている場合じゃないでしょう。ハンターたちが街を守るために命を賭けているんだから少しは協力してください」


「ぐっ……」


 キツイ、だが正論でもある。ベンジャミンとて最大限のサポートをするべき場面だとわかっているが、それはそれとして客のものを勝手に使うことに抵抗があった。


「いいじゃないか、貸してあげれば」


 丸眼鏡をかけた白衣の男が進み出ていった。


「マルコ博士……よろしいので?」


「いいさ、ディアスくんのいう通り非常事態だ。もしも壊れたら客にごめんなさいして新品を渡しておけばいい」


 マルコはどこか楽しむような口調であった。


 最高傑作であり、人と機械の融合という理論の集大成である神経接続式戦車が敗北したということに不安も不快感もあったが今回の場合、好奇心がそれを大きく上回った。


 一体、どんな化け物が相手なのか。そして彼らはどう戦うつもりなのか。せっかくやる気になってくれたのだ、戦車が使えないなら帰って寝ますなどといわれてはつまらない。


「しかしこれは神経接続式じゃないけど、いいのかい?」


 聞くと、ディアスに背負われたカーディルが、ひょいと顔を出した。


「博士、ついでに義肢も貸してください。動きさえすれば何でも構いません」


「手動で動かすってことかい?」


「やることは同じですよ。大丈夫、世界中で私ほど戦車の気持ちがわかるハンターはいません」


 マルコの薄笑いが、恍惚としたものに変化した。素晴らしい、実に素晴らしい馬鹿どもだ。最強の武器を失い、慣れない戦車で再出撃しようというのに、微塵も恐れを感じさせない。


「班長、出撃準備だ。燃料弾薬を補給し、走行前チェックを」


「了解です!」


 やると決まれば後は早かった。モーターレースのピットクルーのように、各人が己のやるべきことを理解し最速で、最高効率で動き、わずか十分後には全ての準備が整いディアスとカーディルも乗り込んでいた。


 カーディルの腕に付いているのはケーブルむき出しの、武骨な5本アームだ。今はそれで構わない。


 操縦桿そうじゅうかんを握ると、微かに戦車と繋がったような感覚を覚えた。これならいける、そんな確信を得た。カーディルの唇に軽い笑みが浮かぶ。


「22号、出るぞ!」


 相変わらずセンスの欠片もないディアスのネーミング。その宣言と共に猛スピードで飛び出していった。残された者たちは、ディアスたちが戻ってきたのが夢だったのではないかと本気で考えてしまったほどだ。


 そもそも、車体に描かれたトランプのエムブレムがエースとクイーンだったから合わせて21だったわけで、その次に乗ったからといって22号と呼ぶのはどうなのだろうか。いやいや、この非常時にネーミングを考えて遅れましたというのも馬鹿馬鹿しい。ついでにいえばあの戦車はディアスのものではなく、客がオーバーホールの為に預けたものを勝手に乗り回しているだけで――。


 ベンジャミンは思考を中断した。考えるだけ無駄だ。


「あいつら、勝てますかねぇ……?」


 レンチで肩を叩きながら聞くと、マルコは事もなげにいった。


「勝つよ」


 いってからマルコは苦笑した。その言葉に何の根拠もないことに気づいたからだ。にもかかわらず、彼らは勝利するだろうという確信が揺らがないことが、たまらなく可笑おかしかった。

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