第129話 糸の切れたマリオネット ~スティーブン~

 さかのぼること数時間前。


「お客さん、着きましたよぉ」


 街の入り口に着き操縦手のルールーがおどけていうが、同乗者の野郎二人は黙りこんで何の反応も示さなかった。


(ま、仕方ないか……)


 ルールーにもその気持ちはよくわかる。無事に帰ってきたところで、手放しで喜ぶ気分ではないだろう。


 要人を街まで護衛する、それはとても重要なことで誰かがやらねばならないことだ。それはわかっている。わかってはいるが、いかなる理屈や道理を並べたところで逃げ出したのだということに変わりはない。誰が認めてくれたとしても、自分自身が納得できるものではなかった。


 カーディルさんに憧れている。ディアスさんを尊敬している。アイザックさんと話ができて光栄だ。常々そんなことをいいながら、結局は彼らの仲間として最後まで一緒に戦うことができなかった。


 我が身のあまりのみじめさに、泣き出したいくらいだ。


 外周の貧民街を抜け、ハンターオフィスや丸子製作所のある一般居住区にやってきたが、どこへ行けとも指示はされていない。ルールーも特に口を開きたいような気分でもないので、


(ロベルト商会の格納庫に入れときゃいいか。そこで解散、後は勝手にしろって流れで……)


 と、少々投げやりかつ無気力な考えであった。


 そのとき、スティーブンが何事かを呟いた。声が小さかったわけではないが、どこへ向けられた言葉なのかわからなかったのでルールーにはよく聞き取れなかった。


「あの、今なんと?」


「一番近いハンターオフィスへやってくれ、そう言ったのだ」


 卑屈ひくつさと傲慢ごうまんさが同居したような人間、スティーブンに対してそんな印象を持っていたのだが、今はまったくの別人のように感じた。腹をくくった男の声だ。ベテランというほどではないが、それなりに経験を積んだハンターであるルールーが、その迫力に気圧されそうになったほどだ。


「わかりました、13番ハンターオフィスへ向かいます」


「うむ。それとノーマン、奴の映像データを寄越よこしてくれ。あるんだろう?」


「え、あ、はい!」


 奴というのが何を指すのか聞くまでもない。ノーマンは反射的に答え、爪の先ほどの大きさのデータチップを取り出し渡した。


 ハンターとして、初めて出会うミュータントのデータを集めることは当然のたしなみである。また、街の権力者である父とその悪友がこうした映像を好むのでしっかり撮っていたのだ。渡してから、後で返してもらえるのだろうかと不安になったが、そんなことを言い出せる雰囲気でもなかった。




 ハンターオフィスに到着すると、スティーブンはまっすぐにバーテンダーの元へと向かい、端末を借りて腰かけた。


 昼間から酒場にたむろするハンターたちはスティーブンに注意を払わない。誰も会長の顔など知らないのだ。以前ならばそれを不快に感じていただろうが、スティーブンは気にする様子もなくふところからIDカードを取り出して端末に読み込ませた。


 何だろうかと首をかしげるルールーへと向き直り、スティーブンは薄く笑った。


「会長権限でね、これで64箇所全てのハンターオフィスと繋がるのだ」


 そんな機能があったのかと顔を見合わせるノーマンとルールー。当事者であるスティーブンにしても、これを使うのは初めてだ。


 どのハンターオフィスにも基本的に大型モニターが何台か取り付けられており、安っぽいドラマや兵器のコマーシャル、ハンターランキングなどがBGM代わりに一日中流されているものだが、それが一斉に身なりのよい中年男性の上半身へと切り替わった。


 困惑、不満、罵声。好意的な反応はひとつもない。気の短いハンターが立ちあがりチャンネル切り替えスイッチを連打するも、画面に一切変化はない。電源を落とすことすらできなかった。


「初めましてハンター諸君しょくん。私はハンター協会会長のスティーブンだ。突然ではあるがこの街は今、未曾有の危機に晒されている!」


 こうして彼の演説が始まった。新たな大型ミュータントが現れたこと、恐るべき火力を持っていること、今もディアスたちが戦っているということを、臓物戦車の映像を別枠で流しながら熱弁をふるい協力を呼び掛けた。


 これは名演説と呼ぶべきなのだろうな、とかたわらに立つルールーはどこか冷めた目で見ていた。


 理路整然かつ、堂々とした演説だ。立派なものだとは思う。だが、心にまでは響かない。ハンターたちにだって街への愛着くらいはあるだろうが、それはともかく大事なのは金だ。


 愛国心で人を動かしたいのであれば中央議会の私兵を出せばいい。もっとも、彼らは自分たちの身に危険が迫るまで私兵を動かそうとはしないだろうが。


「無論、私も諸君らの勇気と献身に全力で応える用意がある! 具体的には――」


 ここでスティーブンは一瞬、言葉に詰まった。言えば身の破滅を招く、そうとわかっていながらやらねばならない。勇気と蛮勇の違いはどこだろうか、そんなことを考える知恵など今は必要ない。


「参加チーム全てに、中型ミュータント一体分の褒賞金を出そうではないか!」


 ざわ……と、全てのハンターオフィスが異様な空気に包まれた。その目にはいまだ懐疑的なものが宿っているが、誰もがモニターに顔を向け無視することはできなかった。


 たまらずノーマンがスティーブンのもとへと駆け寄った。


「会長、つまりそれは参加するだけで中型ミュータントを倒したのと同じだけの賞金が貰えるってわけですよね? あの化け物を倒せなくても」


「そうだ。もちろんあの大型に止めを刺した者には加えて大型の褒賞金を出す。それとノーマン、君も今カメラに写っているぞ」


 慌てて、そそくさと離れるノーマンであった。ちょっとしたハプニングであったが、これが大きな宣伝効果があった。なぜならノーマンの疑問、念押しこそ誰もが聞きたかったことだからだ。


「敵は強大だ、参加者は戦車を持つ者に限る。参加する意思のある者は30分後に北側ゲート前へと集まってくれ。以上だ」


 それだけ言うと、スティーブンは立ちあがり外に停めてあるTD号へとさっさと歩き出した。ハンターたちが彼に様々な疑問質問を投げかけるがそれらは全て無視した。言うべきことは、全て言った。後は行動できるか否かだ。


 30分というのは準備時間としてあまりにも短い。これから仲間を集め、戦車に乗り込み、指定の場所に集まる。場合によってはガソリンを給油し弾薬等も補給しなければならないだろう。だがスティーブンとしてもそれ以上待つわけにはいかなかった。ディアスたちがいつまで耐えられるかわからないからだ。


 今、大型モニターには誰もいないテーブルだけが映されている。そこに銀髪の少女がひょっこりと現れ、マイクを握って叫んだ。


「聞いた通りだ、ごろつきども! 金が欲しけりゃ1分1秒に人生を賭けろ!」


 それだけ言うとルールーはマイクをテーブルに叩きつけ、走ってスティーブンの背を追いかけTD号に乗り込んだ。


 北側ゲートへと向かう戦車のなかで、スティーブンの持つ携帯通信機が不快な電子音を響かせる。彼の秘書からだ。


「会長、先ほどの放送はなんですか!? 我々に何の相談もなしに、勝手なことを!」


「私が会長だからだ。それで、何の用だ?」


 いつものようにおどおどと苦しい言い訳を並べられるものと思い込んでいた秘書は、ばっさりと切り捨てるような物言いに、しばし返答に困った。通信機の先にいるのは一体誰だ、と。


「ハンターどもが本部前に集まり、あれは本当なのかと騒いでおります。兵を出して取り押さえるにしても、数が多すぎて……」


「全て事実だと伝えてやれ。本部からの声明であれば疑い深い連中も少しは納得するだろう」


 それだけ言うとスティーブンは携帯通信機の電源を切って、面倒くさそうに車内の小物入れに放り込んでしまった。


「あの、会長。ひとつお聞きしてもよろしいですか?」


 ノーマンが不安そうな顔で聞いた。


「なんだろうか?」


「あんな約束しちゃって大丈夫ですか? 参加者……参加車、全てに中型ミュータントと同じだけの金を出すとか」


「大丈夫なわけないだろう」


「えぇ……」


「でも、やるしかないんだよ」


 毎年の予算には限りがある。ハンター協会の予算は各企業からの寄付で成り立っているのだ。こんな勝手な、悪く言えば雑な使い方をすればただでは済まないだろう。勝っても負けても中央議会で吊し上げにされることだけは間違いない。


 先のことを考えれば身が震えるほどの恐怖が湧いてくる。だが、それだけではなかった。胸の内から湧いてくる、もっと別のものがある。


「私はハンター協会の会長として、相応ふさわしい行動ができただろうか……?」


「え? ええ、そうですね。今最高に会長ぅ、って感じですよ」


 笑顔でルールーがよくわからない返答をし、スティーブンは満足げに頷いた。

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