第128話

 5回、10回、15回。

 繰り返し、何度も繰り返し突撃を敢行する。


 砲撃に成功する度、敵の戦車砲の数が減るので楽になりそうなものだがそうもいかなかった。


 まず、ガトリングガンの弾丸が切れた。強力かつ汎用性はんようせいの高い武器だが、ばらまく弾数も桁違いだ。これにより主砲で主砲を叩き折った後の追撃ができなくなった。


 抉った傷口のいくつかは完全には治りきらず血を流し続けているので、敵のダメージも蓄積されているようだ。


 当初はいくらやっても無意味なのではと疑っていたが、効果はあった。だからこそ、ここで追撃を諦めねばならないのは本当に痛い。


 また、ディアスとカーディルに疲労が積み重なっていた。もう何時間も極度の緊張状態を強いられながら戦っているのだ。特に大きなミスはなかったものの、どこか集中力を欠いているようなところはあった。


 砲弾が斜め上から飛来するというのも厄介やっかいな点であった。戦車は基本的に正面に対しても強く、上部への備えは薄い。当たりどころが悪ければ一撃で大破する恐れがあり、それが余計に精神的負担を強いることになった。


 傷口から湧いて出る肉人間の対処はアイザックに任せた。20体、30体と出ながらいまだに枯渇する気配もない。あれが機動要塞を一回り大きくしたようなものであるならば、100人や200人は乗っていてもおかしくはないだろう。


 元は人間であった、人間としての形を残したものをアイザックは淡々と撃ち殺し続けた。


 通信は途絶えた。いつものように冗談を飛ばしあいながら戦うといったこともない。子供のように小さな肉塊を処理したとき、彼がどんな顔をしていたのか察するに余りある。


 辛い役目を押し付けてしまった。そう思うが、してやれることは何もない。


「次、行くわよ!」


 カーディルがかすれた声で叫ぶ。


 繰り返されるヒット&アウェイ。やるべきことは同じだが、条件は同じではない。


 一瞬の浮遊感。しまった、そう感じたときはすでに遅い。右に大きく傾き、衝撃が走る。荒野に大きな亀裂が走っており、戦車の片側がすっぽり落ちてしまったのだ。斜めになったまま、左右どちらの履帯も地面から離れてしまった。


 巻き上がる砂ぼこりで亀裂が見えなかったのだ。加えて、降り注ぐ砲弾で穴だらけになり、臓物戦車の巨大な履帯で抉られたりと、地形データがぐちゃぐちゃになって参照しようとしてもエラーを吐いてまともに使えなかった。


 不注意といえば不注意。いつか起こったであろう当然の成り行きといえば当然。今さらほぞを噛んでもどうにもならない。


(え、私たち、ここで死ぬの……?)


 カーディルは高速で履帯を走らせなんとか脱出しようとするが、いかに強力な足であろうと地についていなければどうにもならない。


 ハンターは常に死の危険と隣り合わせだ。どこか他人事のように感じていたそんな言葉が今、現実味を帯びて襲いかかってきた。


 敵がこの機を逃すはずもない。21号へ向けられた戦車砲から、非情の一撃が放たれる。


 しかし、ディアスの行動はそれよりも早かった。無数に突き出された戦車砲のうち、どれがこちらに向けられているかを割りだし、射線を合わせて砲撃したのだ。


 結果、砲弾と砲弾とが空中で衝突し爆発した。臓物戦車にもし心があれば、思考停止するほどに驚愕していたことだろう。


 ディアスにしてみれば、こちらに向けられた砲を先に潰しておこうとしただけであって、放たれた砲弾を撃ち落とそうと考えていたわけではない。空中衝突はあくまで偶然だ。いずれにせよその正確さと判断力あってのことであり、並大抵のものではない。


 ここで拳を突き上げて『よっしゃあ!』などと叫ぶような男ではない。結果を見届けることもそこそこに、次の行動に移っていた。


(すまない……ッ!)


 緊急排出。そう書かれた赤く不吉なボタン。拳でキャップを叩き割り、ボタンを押し込んだ。


「あが……ッ!」


 カーディルの全身に電流と激痛が走り、びくんと大きく仰け反った。舌を出したままぐったりと失神している。四肢に繋がれていたチューブが外れ崩れ落ちる女を、男は優しく抱き止めた。


 戦車との接続を切り離すのは本来、手順を踏んで時間をかけてやるものである。神経が繋がったものを強制的に切り離せば一気に負担がかかるのも道理であった。


(また彼女を傷つけてしまった……)


 舌の奥に残る、苦い後悔。だがそんなものに浸っている暇はない。反省も後悔も、生きてこそだ。


 ディアスは素早くハッチを開けて、四肢なきカーディルを抱き抱えて脱出した。芸術品のような義肢も、愛用のライフルも置き去りである。


 カーディルを背に回し、ひもくくり付け走り出す。どこまで逃げられるかわからないが、逃げるしかない。


 敵は細かく狙いを付けてくるようなタイプではない。的が小さければむしろ安全なのではないか。そんな都合のいい考え、むしろ妄想と呼ぶべきものに心をゆだねながら走り続けた。


 アイザックバイクがタイヤを滑らせながら目の前で急停止した。


「ディアス、乗れ!」


 あれだけ危険だと言っていた敵の射程内にわざわざ入ってきてくれたのだ。ありがたい、口のなかで呟き後部に飛び乗った。


 脱兎の如く急発進し、なんとか射程外へと逃れることができた。


 敵は追撃してこない、というよりも興味を失ったかのようにゆっくりと街のある方角へと走り出した。


 もののついで、とばかりに21号は踏み潰され爆発、炎上した。数多くのミュータントを相手に猛威を振るった最強の戦車が、実にあっけなくスクラップにされてしまったのだ。


 正面から戦って、負けた。


 去り行く臓物戦車、燃え盛る21号を3人はただ遠くから黙って見つめるしかできなかった。


 カーディルは混濁した意識のなかで、自分のミスで敗北しディアスを危険にさらしてしまったと己を責めていた。


 ディアスはカーディルにばかり負担を押し付けてしまったのだと後悔していた。


 アイザックは結局、ディアスとカーディルに正面からの戦いを任せ、ちょっとした手伝い程度しかしていなかったと卑屈な思いを抱いていた。


 誰もが全力を尽くした。それぞれやるべきことをやった。それでも後悔ばかりが残る。敗北するとはそういうことだ。


「……行こうか」


 アイザックは空に向かって呟き、バイクを発進させた。


 臓物戦車は街に向かっているようだが、もうどうしようもない。戦わずに滅びるというのであれば勝手に滅べばいい。そんな投げやりな気分すら湧いてきた。


 その時――。


 ピコン、とアイザックバイクの簡易レーダーが金属反応を捉えた。街の方角から向かって来ている。ひとつ、ふたつと次々に増え続け、その数は60を越えた。


「な、なんじゃこりゃあ!?」


 やがて竜巻でも起こったのかと見紛みまがうような砂煙が肉眼で確認できた。人気のない古井戸を覗きこむような気分で恐る恐る双眼鏡をあてると、そこに見えるものは戦車、戦車、戦車。色も形も統一性のない戦車の群れであった。


 先頭に見慣れた戦車を発見した。TD号だ。


「はっはっは! どぉだアイザック!? これが私の、ハンター協会会長の力だ!」


 雑音まじりだが聞き間違えようのない、スティーブンの得意げな声。


 なにがなんだかよくわからないが、とにかく状況が好転したのだろうか。アイザックは全身から力が抜けてしまったようで、何度かマイクを取り落としそうになりながら、なんとか応じることができた。


「……お見事です、会長」


 ぶふぅ、とマイクに息を吹き掛けるような音が聞こえた。『その言葉が聞きたかった』とばかりに満足したスティーブンの鼻息であったとは、アイザックには知りようもなかった。

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