第127話
もう一度攻撃を仕掛けようと気合いを入れ直したとき、カーディルが恐怖と
「ディアス、車体に何かくっついてる! 外に、外に!」
各種センサー類とも
彼女にそんな声を出させる奴はどこの馬鹿だ。ディアスがモニターに憎悪のこもった眼を向けると、彼もまた声を詰まらせた。
人間らしきものがべったりと張り付き、よじ登っている。
赤黒い塊であるそれは、皮膚がどろどろに溶けて肉が剥き出しになった人間のようであった。飛び出し充血した眼球がぎょろぎょろと激しく動く。
なにごとかを
「この、離れろぉ!」
カーディルは肉人間を振り落とそうと無茶苦茶に走るが、相手の全身がなめくじのように張り付いており、びくともしない。
ディアスは銃の感触を服の上から確かめた。外に出て直接殺さなければならないかもしれない。しかし、ハッチを開けた瞬間に奴は襲いかかってくるだろう。よほど上手くやらねば――。
いかにしてやるべきか。考えていると、突如として肉人間の頭部が破裂し、ずるずると滑り落ちていった。
カメラを切り替えると、そこに映っていたのはバイクに
「アイザック、助かった!」
「お、おぅ、そりゃあいいんだけどよ。あれは一体なんだってんだ?」
撃っておきながら戸惑うアイザックであった。敵と判断すれば考えるよりも先に撃つ、それはハンターとして正しい行いであり、こういったところはさすがにベテランだと信頼できる点だ。
なんだと聞かれても答えようがなかった。わかるはずがない。未だに混乱から立ち直りきれてもいないのだ。今まで人間がミュータントに変化したものはいくらか見てきた。しかし、今回の相手はあまりにも生々しすぎた。
そういえば臓物戦車の戦車砲をへし折ったとき、肉塊のようなものが落ちてきたが、あれだったのだろうか?
「わからない。敵戦車から出てきたのだと……思う」
「マジか……」
敵の正体についてのんびりと議論している暇はない。臓物戦車がスピードを上げて迫って来たのだ。
21号とアイザックバイクは再び散開した。敵は先ほどのような一斉射撃こそしてこないものの、35門の戦車砲から無茶苦茶に乱射してきた。これがとにかく
通常、戦車には砲が一門しかなく、発射する前に狙いをつけて砲塔を動かす必要がある。しかし、臓物戦車にはそうした予備動作がほとんどないのだ。大量に突き出た戦車砲のなかから、相手に当たりそうなものを適当に撃てばいい。そして根元が肉であるが
砲塔の向きから弾道予測するのではなく、相手が撃つのを見てから回避するしかない。これは神経接続式戦車21号とカーディルの超反応があってこそ可能な芸当である。
アイザックもなんとか援護を、と考えるが、敵の射程ギリギリをうろうろと動くしかできなかった。実にもどかしい。苛立ちが募るが、軽率に動くことこそ厳禁だと理解していた。
21号は突撃しようとして、危険を察知して後退というのを5回ほど繰り返してから、ようやく攻撃の機会を得た。
再度、戦車砲を叩き折り傷口をガトリングガンで広げてやる。一気に奥の奥まで抉ってやりたかったが、反撃の気配を感じ取り後退した。
おびただしい血が噴出し、肉塊が3つほど落ちてきた。
それはもぞもぞと動いたかと思えば人らしき形を作り、2体がおぞましい奇声をあげながら、すさまじい速さで走ってきた。
残りの1体は向かってこなかった。走るための下半身がなかったのだ。
走るうちに形もはっきりとしてきた。一方は若い女、もう一方は太った中年男性らしきシルエットだ。
後退しながらディアスは機銃で女の頭を吹き飛ばした。
アイザックの拳銃で男の足が破裂し、倒れこんだところをバイクで轢かれ上半身と下半身で真っ二つにされた。
後味が悪い。ミュータントを撃つのとも、敵対した人間を殺すのとも違う、哀れな犠牲者に追い討ちをかけてしまったような罪悪感。発射装置を握る手に、べったりと血がついたような幻覚に襲われた。
臓物戦車の射程外に出てから震える声でカーディルがいった。
「ねぇ、さっきの男……らしき人、太っていたわね?」
「ん?ああ、そうだが……」
「太っているのは、それなりの地位にある人ってことよね?」
食糧を十分に確保できる。あまり汗をかかない。そうした人間はこの世界では基本的に裕福な者だけだ。少なくとも、ハンターと物乞いに肥満体はいない。
「つまりあれはさ、どこか別の街でロベルトさんの機動要塞と同じようなものを造って……」
「ミュータントに侵食された、か」
「あくまで可能性、そうしたこともあるかなってだけの話よ? 断言はできないからね?」
カーディルは慌てたようにいうが、ディアスはそれでほぼ間違いないだろうと考えていた。
(俺たちは一体、何と戦っているんだ……)
ハンターがミュータントと戦い死亡する、あるいは利用されることは自己責任と、ある程度納得はできる。しかし、民間人の犠牲となると話は別だ。とても割りきれるものではない。ディアスの顔が苦渋に歪んだ。
中型ミュータントが街に入り込んだときもマルコ博士の依頼だからというだけでなく、そうした犠牲を嫌って討伐に乗り出したのだ。臓物戦車が街に近づいたらというスティーブンの不安は冷たくあしらったものの、いざ実際にそうした場面になれば、なんだかんだで出撃していたことだろう。
(やるしかない。この場に俺たちしかやれる者はいない……ッ)
見ぬふりよりも、
悲壮な決意を胸に、カーディルへさらなる突撃の指示を伝えた。
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