第126話
アイザックが臓物戦車に機銃を撃ち込み絶望していたその頃、ちょうど反対側でもディアスが主砲の狙いを付けていた。
まずは一撃与えて出方を見よう、というのはアイザックと同意見である。
自慢の108ミリ滑空砲から、充分な加速を得た徹甲弾が飛び出した。それは銀の軌跡を描いてまっすぐに剥き出しの臓器へと突き刺さった。
命中した部分の肉が弾け、バケツ数杯分ほどの赤黒い血が吹き出す。
……ただ、それだけであった。
「なにぃ……ッ?」
貫通せず、体内組織を破壊し尽くすでもなく、徹甲弾は途中で止まってしまったのだ。肉が
戦車の主砲をまともに食らって、損傷軽微。普段からろくに動かぬディアスの表情、その細い眼が
今まで徹甲弾を止めた相手がいなかった訳ではない。筋肉がはち切れんばかり、異様に発達した中型ミュータント、
大型ミュータントならば
足元が突然ぐにゃりと歪んだような気分だ。自信や常識といったものが粉々に砕かれて、どこかふわふわと、心が浮いて飛び散ってしまいそうで――………。
「ディアス、起きて!」
カーディルの呼びかけにより一瞬で現実に引き戻され、歪んだ視界も元に戻った。ああそうだ、呆けている暇などない。徹甲弾が通じなかったのは初めてだが、ミュータントの理不尽さに付き合わされるのは毎度のことだ。
(そういえば、いつかマルコ博士に聞いたことがあるな。心臓はある意味、筋肉の塊だと)
心臓は生物にとって最も重要な器官のひとつであり、本来は弱点であるはずだが、あれだけ巨大なものとなると話が違ってくるのだろうか。そもそも、心臓の構造が他の生物と同じであるという保証もない。
徹甲弾が止められた理屈はわかった。依然として突破できないことに変わりはないが、納得を得られたことで少しだけ気分が落ち着いた。なにもわからないことほど、恐ろしいものはない。
「ねえ、ひとつ気になったんだけどさ……」
「どうした?」
「さっき撃った徹甲弾、今はどこにあるのかな、って」
貫通はしていない。ならば体内に留まっているか、あるいは消化されたかだ。しかし以前に戦った皺赤子のように、血が強酸性というわけでもなさそうだ。残されたまま、という可能性が高い。ならば2発、3発と撃ち込んでやればそのうち臓器が破裂するかもしれない。
狙ってやるのは不可能だろうが、先に撃って肉にめり込んだ砲弾の根元にさらに当ててやれば奥まで押し込めるのではないか。弓道でいうところの、継ぎ矢の形だ。
かもしれない、そうかもしれない。全ては可能性の話だ。だがやってみる価値はある。少なくとも怯えて立ち
2発目の発射準備を整えたとき、”それ”はこちら側でも起こった。
ハリネズミのごとく突き出された戦車砲の数々。てんでバラバラの方向に向けられた戦車砲から、轟音と共に無数の流星が降り注ぐ。
どんなときでも攻撃よりも回避を優先しよう、ディアスとカーディルはそう取り決めていた。コンピュータの弾道予測が直接カーディルの頭に叩き込まれる。軽い頭痛を覚えながら、針の穴のような安全地帯に滑り込んだ。
空気の振動を感じるほどに砲弾がすぐ脇を通り抜ける。一瞬遅れて、爆風が巻き起こった。
直撃さえしなければその余波など21号にはどうということもない。
距離を取らずに回避することができた。好機である。ディアスが再度、臓器に向けて発射すると、一門の戦車砲に直撃し根元からぽっきりと折れて血しぶきにまみれながら大地に落ちた。
「まだまだぁッ!」
肉が盛り上がり再生しようとする部分にガトリングガンを叩き込む。傷口が無惨に抉られて、おびただしい血の噴出と共に、赤黒い肉の塊まで落ちてきた。
いける、ダメージを与えられないわけではない。そんな確信を得られたのは大きな収穫だ。
さらに追撃しようとするも、砲撃の気配を感じ取りカーディルは急速後退した。今度は安全な隙間がなかったようであり、一息つきたいところでもあった。
「おいディアス、カーディル、生きてっかぁ!?」
通信機からアイザックのだみ声が聞こえる。こんな声でも今は聞ければ安心するものだ。
「ま、なんとかな」
軽く説明をしながらデータを送信した。砲口が攻撃手段であると同時に弱点でもあるというのは、あらゆる兵器の共通項であるらしい。
「おう、とりあえずあれを全部ブチ折ってやりゃあいいんだな!?」
心なしか、アイザックの声にも力が込められたようだ。
やるべきことは決まった。
だが、どこまでやればいい?
どうすれば完全に倒せるのか?
21号の主砲搭載砲弾数40発。不足を感じたことのないこの数字が、今はひどく頼りなく思える。
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