第125話

 街へと向かうTD号のなかに会話はなく、ただエンジン音が響き渡る。


 沈鬱ちんうつな表現で黙りこむスティーブンに、ノーマンは何か話しかけようとしたが言葉が見つからなかった。


 ディアスやアイザックがどう考えているかは知らないが、ノーマンはスティーブンに対し同情し、親近感すら抱いていた。


 与えられた役割をこなすというのは、それはそれで楽ではない生き方だ。なんの保証もなく荒野に放り出されるのも、責任やしがらみといったものでがんじがらめにされて生まれてくるのもそれぞれの苦労があり、どちらが上か下かと単純にいえるものではない。


 ノーマンのみたところ、ディアスに限らず苦労を重ねて這い上がってきたハンターたちは金持ちや権力者といった人種に対して身構えるようなところがあった。


 あの場で素人に好き勝手させるわけにはいかないというディアスの主張はわかる。わかるが、それにしてもスティーブンの立場、境遇をあまりにも無視した一方的な言いぐさではないか。


「ええと、その、あいつの言うことはあまり気にしないでください。つまりその、あいつはああいう奴なんです」


 自分でも何を言っているかよくわからないが、とりあえずこの場合は話しかけることと、あなたのことを気にかけていますよというアピールができればそれでいいだろう。


 しかし聞こえているのかいないのか、


「私の、私の役目は、やるべきことは……」


 と、呟くばかりであり、会話を成立させることは諦めた方がよさそうだ。


「ノーマンくん、街が見えてきたよ」


 ルールーに言われて顔を上げると、遠目には鉄くずの山としか思えぬ懐かしき故郷が見えた。一緒に戦いたかったなどと言いつつ、こうして街に戻れば安心してしまうことに、自嘲じちょうするしかなかった。




 臓物戦車が近づくと、さらにプレッシャーが増した。大型ミュータントとの戦いを何度か経験しているにも関わらず、ディアスの手は緊張で汗に濡れ、何度も膝で拭った。


 どうやら自分は緊張すると手に出るタイプのようだが、はてそれはスナイパーとしてどうなんだろうかと、頭の片隅でぼんやりと考えていた。


 雑居ビルほどの高さの臓物戦車が、重圧感のためか山のような錯覚を覚える。こんなものに戦車やバイクで立ち向かおうなど、巨人に見立てた風車に突撃するドン・キホーテそのものだ。


 しかし、ドン・キホーテは狂っていたとはいえ巨人と戦う勇気は持ち合わせていた。彼らもまた、この期に及んで逃げ出そうとはしない。他人に指差されて笑われるかも、などと考えもしなかった。


「アイザック、あなた生身をさらしているわけだけど、マジでやるわけ? 今なら逃げても笑わないわよ」


 カーディルが心配というより、興味深げに聞くと、


「一発当たればお陀仏って意味で生身も戦車も変わらねぇよ」


 強がり半分で言いきった。道理ではあるが、心理的な違いは大きいだろう。


 ディアスが静かにいった。


「直線でスピードが出るとはいえ、小回りが利くとは思えないな。バイクで撹乱かくらんというのはむしろ、ありじゃないか?」


「お? おう、それだよそれ! わかっているじゃあねぇか」


 それは作戦提案というより、ディアスなりの励ましのなのだと気付いたのは数分後のことである。相変わらず、優しさがわかりづらい。


 臓物戦車攻略のために狙うべきはどこか。やはり、臓器らしきものが剥き出しになった部分だろう。装甲で覆われた部分こそ大事なものを守っているのではないかとも考えられるが、それにしては臓器部分と装甲部分の配置に規則性がない。膨れ上がった臓器が、内側から装甲をいくつか弾き飛ばした、そういったイメージだ。


 小回りが利かず、斜め上を向いた巨大砲弾も接近戦ならば役に立たないだろう。ならばやれるか、などといった理想はすぐに捨て去った。


「そんなお優しい相手じゃないよなぁ」


「アイザック、大型ミュータントというのはな……」


「おう」


「悪趣味だ」


「おぅ?」


 忠告になっていない忠告を残して、21号は猛烈に走り出した。敵との距離、5キロメートル。


 ディアスたちが向かって左側に回り込んだので、アイザックは右側へと走った。


 間近で見ると赤黒く脈打つ臓器は恐ろしく不気味であり、ある意味で魅力的でもあった。自分もあの肉のなかに取り込まれたくなるような、危険な錯覚におちいりそうだ。


 心臓の動くリズムとは人にとって心地よいものらしいが、巨大なものとなると催眠効果のようなものがあるのかもしれない。


(あれこれ考えても仕方ねえ、とりあえずブッ放して相手の出方を見るか!)


 ハンドル部分のスイッチを押すと、コードで繋がれた、バイク前方に取り付けられた機銃が待っていましたとばかりに弾丸を連射した。


 これだけ大きければ外しようもない。全弾、吸い込まれるように臓器へ着弾した。表面が弾けてどす黒い血が吹き出たが、すぐに肉がうごめき傷を塞いでしまった。今は何事もなかったように、脈動を続けている。蠢き盛り上がった肉が一瞬、人の顔のように見えたのは気のせいだろうか。


(おいおい、冗談だろう? 12.7ミリ弾だぞ。小型ミュータントの頭が軽くフッ飛ぶような代物を、プシュッと血が吹いただけでおしまいかよ……ッ!?)


 戦いの最中さなか、どんな攻撃も通用しない、何をやっても無駄だという思考にとらわれることが何より辛い。


 疑念を振り払うように全速力で走り出した直後、臓器が大きく波打ち、ぶぼっという汚い水音混じりに血を撒き散らしながら内側から突き出たものがあった。戦車砲だ。


 臓器を突き破ると即座に発射し、3秒前までアイザックがいた地点を抉り取った。固い生唾を飲み下し、アイザックは敵を凝視する。なんだ、これは。


 ぶぼ、ぶぼ、ぶぼぼっ、と不快な水音をたてて次々と戦車砲が飛び出した。出てくる場所も、角度も無茶苦茶である。幼児が粘土の山にボールペンを適当に刺せばこうなるだろう、といった無秩序な造形だ。


 その数、実に36門。


 冗談じゃない、やめてくれ。そんな願いも虚しく一斉に砲弾が放たれた。


 大気を震わせるどころか、歪めるような轟音。どの方向へ飛ぶかもわからぬ砲弾の雨。戦車の一個中隊に狙われたような恐怖心を抱えてアイザックは舞い上がる砂埃のなかを逃げ回った。


 回避でも後退でもない、まさに逃避であった。祈る神を持たぬ男が祈りながら逃げ回る様子さまが、逃避でなくてなんであろうか。


 臓器を突き破った砲の根元からは血が流れ続け、車体を伝わり大地を濡らす。


 アイザックは過剰と思えるほどの距離を取り、息を整えながら、ディアスの忠告を思い出した。なるほど、大型ミュータントは悪趣味だとしか言いようがない。


 最低最悪の想像をしろ。

 敵は常にその上をいく。

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