第124話
大型ミュータントから距離を取ることで、軽口を叩く余裕も出てきた。
ハンターたちが冗談を好む傾向にあり、敵と対峙しているときでさえジョークを言い合うのは彼らの頭がおかしいからではない。どんな絶望的な状況も笑い飛ばし、恐怖心を薄めるという目的があった。
もっとも、事情を知らぬスティーブンからすれば、頭のおかしい連中にしか見えないのだが。
こいつら大丈夫か、という不安と苛立ち混じりにスティーブンは聞いた。
「それで、これからどうするんだ?」
「どう、とは……?」
聞き返したのはルールーであったが、誰もが同じ疑問を抱いていたことだろう。このおっさん、何を言い出すんだと。
「だから、あいつをどうやって倒すんだってことだよ!?」
そういうことかと納得し、呆れもした。さて誰がどうやってこの部外者に説明するかと悩んでいると、こうしたときに頼れる男がその重い口を開いた。
「倒しませんよ。今日はこのまま会長を街に送り届けます。それでおしまいです」
ディアスであった。
「なぜだ、君たちはハンターだろう? 目の前にミュータントがいるというのに倒さないのか!?」
「ハンターだから、です。情報を持ちかえり、賞金がつけられるのを待って、リスクとリターンの折り合いがつけば戦うかもしれませんね」
どこか他人事のように言うディアスに対し、スティーブンは会話が成り立っているのに噛み合っていないような苛立ちを感じていた。そうじゃない、勇ましく戦って欲しいのだと。お前は英雄ではないのか、トップハンターではないのか、と。
「あいつが街に入り込んだら大変なことになるぞ。いやいや、さっきの砲撃を見ただろう? 近づいただけでも百や二百では済まない犠牲者が出てしまうのだぞ!?」
「餌をちらつかせてハンターをやる気にさせるのはあなた方の仕事でしょう?」
カーディルが冷たく言い放った。
ディアス、カーディル、そしてアイザックの三人は以前、中型ミュータントが街に入り込んだことを思い出していた。
あのときは中央までは入って来ないということで中央議会が楽観視し、緊急討伐依頼が出るわけでも、特別報酬がかけられるわけでもなかった。結局、事態を重く見たマルコがディアスたちに依頼し、独自に動いていたアイザックと協力して討伐したのであった。
被害を最小限に抑えた結果、中央議会は『やっぱり大したことのない相手であった』という認識しかしなかった。あの一件は中央議会とハンター協会への不信感という形で三人の腹の奥に残り続けている。
ハンター協会の最高責任者が危機感を覚え、街の防衛を語るのは正しい。正しいが、三人からすれば『何をいまさら……』という醒めた感想しか出てこなかった。
「街に戻ります。会長の身になにかあれば、我々の責任になりますから」
ディアスが改めて諭すようにいうと、
「私を言い訳に使わないでいい! 奴を倒せ、会長命令だ!」
と、スティーブンは叫んだ。勇ましく叫んだはいいが、それがハンターたちの心に響くことはなく、失笑を買っただけであった。
「我々が恐れているのはあなたの肩書きだけです。あなた自身の意見など、どうでもよろしい」
ディアスのあまりにも露骨な物言いに、スティーブンは言葉を失い黙りこむしかできなかった。
(さすがにそりゃあ言葉が過ぎるだろ……)
通信機を通してしか雰囲気はわからないが、アイザックはしょげかえるスティーブンを想像して胸が傷んだ。何かフォローしようかと考えたが、何も思い付かなかった。ディアスの言葉は、言いすぎではあるが間違いではない。少なくとも、アイザックはそう解釈した。
ディアスは別にスティーブンに対して八つ当たりをしたわけではない。この場で黙らせ、従わせるには高圧的に出るしかなかった。
カーディル以外の人間に嫌われることなど虫に刺されるほども感じぬ男だが、無意味に他人を傷つけたいわけでもない。
重苦しい空気の中、戦車隊は突き進む。いまいちスッキリとしない終わりかたではあるが、会長にミュータントの脅威を知ってもらえただけよしとするべきだろうか。あんな奴を街に入れるわけにはいかない、その言葉を引き出せたのは大収穫だ。アイザックはそうやって自分を納得させようとしていた。
異変に気がついたのはやはりカーディルであった。
「後方から巨大金属反応!あいつが追ってくるわ!」
「こっちはほぼ全速力だぞ!あのデカブツが追い付くってのか!?」
「信じたくはないけどねぇ!どんどんスピードあげてんのよ!」
心落ち着かせる暇もなく、光学カメラで捉えられるほどの距離に迫ってきた。ちょっとした雑居ビルほどの大きさの鉄と肉の塊が、岩を粉砕し小型ミュータントを轢殺し、一直線に襲いかかる。
「意見具申! どこか谷間に逃げ込みましょう!」
ルールーが舌をもつれさせながらもなんとか言いきった。巨大な敵が入り込めないような狭い道に行けばひと息つける。そのまま諦めて帰ってくれれば最高だ。その甘美な誘惑にアイザックはうなずきかけたが――。
「いや、ダメだ」
「なんでぇ!? ですかぁ!?」
「奴に岩壁を破壊する能力があることを忘れるな。下手すりゃ俺たち全員、生き埋めにされるぞ」
ちょっとひと息つきたい。そんな人として当然かつ、ささやかな願いが死に直結する罠であった。ならば、生き残るためにはどうすればよいか。答えは単純、ひとつしかない。
アイザックは肺の空気を全て絞り出すように大きく息を吐いてからいった。
「ディアス、カーディル。悪いが付き合ってもらうぜ」
「ああ、承知した」
「りょーっかい」
この絶望的な状況で、戦うしかない。事情も状況も全て理解し飲み込んで、愚痴のひとつも言わずに、ふたつ返事で引き受けてくれた。
ありがたい、心からそう思う。
「ノーマン、お前らは会長を連れて街に戻ってくれ」
「ぬぅ……」
ノーマンとしては一緒に戦って欲しいと、そう言って欲しかった。俺だって仲間なのだから。あの化け物が恐ろしいことに変わりはないが、一言だけ戦ってくれと言ってもらえれば勇気が湧いてくるはずだ。だのに、何故そう言ってくれないのか。
そんな思考を、ノーマンは軽く頭を振って追い出した。わかっている。会長を無事に送り届けることこそが最重要任務だ。
そして、自分の腕がディアス、カーディル、アイザックらに比べてワンランク落ちるということも。
「砲弾接近! でかいの来るわよ!」
逃がさないという意思表示のつもりか、巨大砲弾が戦車隊の頭上を越えて、進路を塞ぐように着弾する。轟音、爆風、巻き上げられ降り注ぐ砂と石つぶて。後に残るのは半球形に抉られた地形。
ああ、彼らはこんな奴と正面から戦うというのか。そして自分は彼らを残して逃げ出さねばならないのか。
「ノーマン、ルールー、よろしくね。ある意味、あなたたちの役目が一番重要よ」
雑音混じりのスピーカーから、カーディルの優しげな声が聞こえた。
「ちっ……おう、任せとけ!」
マイクに向かって叫び返す。通じているかどうかはわからないが、自分のやるべきことを宣言することで、少し気が楽になった。
TD号のエンジンが唸りを上げ、街へ向けて一直線に走りだした。ほんの少しだけ未練を残して。
21号とアイザックバイクはそれぞれ時計回り、半時計回りに旋回し巨大ミュータントと対峙した。その距離、20キロメートル。
血の色をした装甲、所々で脈打つ肉が剥き出しになった臓物戦車。
カーディルが大写しになった映像を見ながらぼそりと呟く。
「あれってさ……」
「どうした?」
「戦車なのか自走砲なのか、あるいは要塞なのか。分類はどうなのかな、って」
ディアスとアイザックはしばし、返答に困った。見た目は戦車であり、大きさは要塞であり、巨大砲弾を超長距離から放物線を描いて放つ戦いかたは自走砲のものだろうか。そもそも、肉と融合している時点で通常兵器のカテゴリに入れてよいものか、どうか。
「いずれにせよ……」
やがて、ディアスが薄く笑っていった。
「30分後には、ただの鉄くずさ」
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