第123話

「21号より全車、2時方向30キロ地点に巨大な金属反応!」


 水晶でできた鈴のような透き通った声に、硬質の緊張感が混ざる。1名を除いてこれはただ事ではないと、一瞬で警戒体勢へと気分を切り替えた。


 アイザックは未発見の遺跡でも発見したのだろうかと考えたが、すぐにそれは打ち消した。下見で来たときはそんなものはなかったはずだし、スティーブンが遺跡の探索もしたいなどと言い出せば確かに面倒だが、カーディルの緊張はそうしたものとは別種のもののように思える。


「で、その金属反応だけど……動いているのよ、こっちに向かって」


「それじゃあ、戦車じゃねぇの?」


 ノーマンが首を傾げながら言った。ただ他のハンターに出くわしただけだ、そう思った。いや、そう思いたかった。楽観的な言葉とは裏腹に、喉はからからに乾いて痛いくらいであった。自分で言っておきながら信用できない。


 21号に少し遅れてTD号のレーダーも金属反応を捉えた。何かが、おかしい。


「それと金属反応に混じって、巨大な生体反応もあるのよね……」


「どこからッ!?」


「だから、混ざっているのよ、同じ所からよ!」


「どういうことだよ!?」


「知らないって! わかっているのは、わけがわからないってことだけよ!」


 カーディルとアイザックの言い争いをよそに、ディアスは黙って21号の砲塔を2時方向へと向けた。明らかに敵対行為である。彼はカーディルの『未知なる驚異』という報告を微塵も疑わず実行に移した。


 アイザックもそれに続き、ノーマンたちも少しだけ迷いを見せるがすぐに続く。少しばらけてから目標方向へと車体を向けた。いつでも撃てるよう、そして逃げられるように。


「待て待ておい待て! 君らは何をしているんだ、まだ敵と決まった訳じゃないだろう? 友好的な人間だったらどうするんだ、他の街からはるばるやってきた商隊とかさ……外交的なアレはその、困るぞ!」


 まだ状況の飲み込めないスティーブンが叫ぶ。ディアスは当たり前のことだとばかりに、


「間違っていたら謝ります」


「許してもらえなかったら!?」


「殺して埋めます」


 と、さらりと言ってのけた。


 こいつは異常だ。スティーブンは息を飲むが、他の誰からも抗議の声はあがらない。疑わしきは撃て、それが荒野に生きる鉄則だ。


 動く巨大金属反応が人間のものであるという可能性は十分にある。実際、ノーマンの父親で街の権力者でもあるロベルトが所有する機動要塞などがレーダーに映ればそう見えるだろう。


 荒野の横断が難しいならば要塞ごと動かしてしまえばいいという発想自体はそれほど奇抜なものではない。実行するには金と、時間と、ほんの少しの狂気が必要なだけだ。


 他の街で同じようなもの造ったとして、その街の権力者が乗る戦車に先制攻撃を加えたとしたらどうなるか。この場に同席するスティーブンの未来が明るいものだとは到底思えない。


 スティーブンは中央議会の壁に吊され、舌を出し糞尿を垂れ流しながら風に揺られる己の姿を幻視し、ぶるりと身を震わせた。人間同士の争いに発展させないためなら、お飾り会長の命など安いものだろう。吊されるのが自分でなければ中央議会はいくらでも非情な判断を下せるはずだ。


 せめて人間かミュータントか、その見極めは慎重にやってくれ。そうしたスティーブンの悲壮な願いは、戦闘体勢へとスイッチの切り替わったハンターたちから完全に黙殺された。


 巨大な金属反応というだけならディアスも慎重に動いただろう。だが、カーディルの『生体反応が混ざっている』という報告が気になった。


 拭えぬ違和感。異形、異常の反応。


 総合的な判断というほど理性的なものではない。これはディアスの、ハンターとしてのカンだ。敵は大型ミュータントである、と。


 射程内に入るまでまだ時間はある。ディアスが一息ついて、手の汗をズボンにこすりつけたその時、


「敵車両、飛翔体発射! 来るわ!」


 カーディルが叫ぶ。


 飛翔体、つまりは何だかよくわからないものが飛んできたということだ。レーダーに映るほどの質量、遠くから聞こえる空気を無理矢理に引き裂くような音。頭上からの攻撃に慣れていないハンターたちであったが、これはまずいと肌で感じ取った。


 全車、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。そう、逃げたのだ。回避や撤退などといったスマートなものではない。周囲の警戒も忘れて一目散に、ただその場から離れることを目的として走り去ったのだ。


 結果として、その判断は正解であった。


 皆が離れて数秒後、その地点に巨大な砲弾が放物線を描いて落下した。大気を震わせる爆音、巻き上がる砂煙。無惨に砕けた、こぶし大の石つぶてが雨霰と降り注ぐ。一瞬にして地形そのものが変化し、半球体のクレーターができあがった。


 幸いにしてディアスたちに物理的なダメージはない。影響といえば全員に程度の差はあれど精神的なショックを与えたことと、アイザックが爆風の余波で吹き飛ばされかけたがなんとか持ち直したことと、ルールーのトイレパックが少し貯まったくらいだ。


「全車撤退! ピクニックは中止だ!」


 雑音混じりの通信機からアイザックの怒号が響く。巨大な砲弾が降ってくるのだ、天候不良どころの話ではない。


 カーディルが21号の車体を街の方角へと向けたとき、光学カメラにちらと迫り来る敵の姿が映った。


 それは戦車と呼ぶにはあまりにも巨大、血の色をした地上戦艦とでも呼ぶべき代物であった。


 ところどころ装甲が剥がれ落ちた部分から、赤黒く膨れ上がった肉と、妖しく鼓動する臓器のようなものが見えた。


 兵器と生命体の融合。そうした敵を彼らはよく知っている。奴は間違いなく大型ミュータントだ。


 最悪、という言葉の意味がまた更新された。

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